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41.子育て編3

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 便りから数ヶ月後。マルべーの両親がやってきたのは、冬の訪れを告げるような肌寒い季節だった。

「ルイーズッ!! リュカッ!!」

 金糸の刺繍が施されたダブレットを着た父親と、絹のローブを羽織った母親が馬車から降りてくる。マルベーとティメオ、そして子ども達、家族で出迎えていたが、ルイーズが飛び出すように駆け寄った。

「おじいさま!おばあさまー!」
「ルイーズ!!」

 馬車の中で既に泣いていたのか、目を充血させた父親がルイーズを抱き上げる。愛おしげにキスをしていた。孫しか見えていない様子の両親に声をかけると、はっとした表情を浮かべた。

「帝国の太陽……ご機嫌麗しゅうございます。陛下」
「……ゆっくりして下さい」
「……ありがとうございます」

 よそよそしい会話が、マルべーの前で交わされる。ティメオは家族の前だと饒舌になるが、義父母には遠慮がちな態度になってしまう。マルべーの親も苦手意識があるのか、手探りで会話をしていた。

(外戚ってことで、権力握れるのにね)

 マルベーがアルテナードの次期後継者を生んだ事により、両親の地位は確固たるものになった。だが政治には極力口出しはしないと決めているのか、控えめな態度だった。

「おじいさまっ! おひげっ! おひげくすぐったい!!」

 祖父に抱き締められていたルイーズが、はしゃいだ声を上げる。強ばった笑みが一転、柔和な表情になった。

「おぉ……ごめんね、ルイ、ルイーズ、可愛いねぇ……おじいちゃんだよぉ」
「おじいさまっ!あのね、ルイね、今日は先生にダンスを褒められたんだけどーー」

 今日あったことを早速話し始めるルイーズに、両親は頬を緩める。ペラペラと喋る娘に隠れて、ティメオは会議があると謝りながら、城に戻っていった。

「リュカ?リュカは元気?」

 うずうずした母親が、手を伸ばす。マルべーは笑いながら、産着に包まれたリュカの顔を見せた。

「リュカぁ~。おばあちゃんよぉ……可愛いわぁ」
「母さん、抱っこしてよ」

 そっと孫を抱く母親は「可愛い」を繰り返す。両親はルイーズとリュカが生まれて以来、「可愛い」が口癖になっていた。

(孫なんて、いくらでもいるのにね)

 末っ子のマルベーが、一番結婚が遅かった。両親は既に何人もの孫に囲まれているというのに、それでもやっぱり孫は特別なのか。アルテナードに来るたびに号泣していた。

「相変わらず荷馬車凄いなー……」
「何言ってるんだ。これは今日の分。明日、また荷馬車が来るからな」

(こんなに……何持ってきたんだ)

 この前訪れた時だって、大量の荷馬車を連れてきた両親。今回も孫のためにと張り切ったのか、馬車から荷物が溢れ出しそうだった。リュカを母親に預けて、荷馬車を見渡す。一緒に来た使用人と護衛の中には見知った人がちらほらいて、マルべーは手を振った。

「あれ? ラフィーは?」
「あぁ、明日になるんだ。奥方と一緒にね……途中で落ち合って、一緒に来るのも良かったんだが……」
「お、新婚さん邪魔しちゃ悪いもんね」

 マルべーの両親にとって、ラファイエットは息子同然。ラーナとの結婚式の時も、豪勢な式にしたいと費用を出していた。新婚を一緒の馬車に乗せるのは気がかりだったんだなとマルべーはニヤついた。

「あー、マルー……その……調子はどうだ?」

 咳払いをした父親が、辺りを見渡す。声を落とした父親は、心配するようにルイーズの頭を撫でていた。マルべーはすぐに、何が言いたいのかピンときた。

「だいじょーぶ。陛下とは上手くいってるよ」
「……そうか……うん……」
「なに、まだ心配してんの? ティメオの噂はデマだよ。最高の夫で父親だよ」
「……」

 胸を張って言えることだった。それでも両親は遠く離れた地で暮らす以上、ティメオがどんな人間か掴めないのだろう。心配そうな顔をされるたびに否定していたが「違うよ」と返ってきた。

「うん?」
「陛下のことじゃなくて……お前のことだよ」
「俺!?」

 両親がうんうんと頷く。一体どういうことだよと、マルベーは首を傾げた。

「え、何? 俺? もう賭博とかしてないよ、娼館にも行ってないし……今は恒例行事とかさ、そういうの多くて遊ぶ暇なくてさー」
「……すぐに帰ってくると思ってたよ」

 ぽつりと父親が呟いた。孫に夢中な両親からの、意外な言葉だった。

「えー……もう二人も産んだのに?」

 苦笑して、ルイーズの頭を撫でる。両親には言っていないが、ティメオとは三人目を作ろうという話になっている。マルべーは賑やかな家庭で育ったので、自分の子どもも兄弟げんかとかしながら育って欲しいというのが希望だった。

「なに、務まるわけないと思ってた?」
「……帰ってきても良かったんだ……お前がこんなに……こんな離れた場所で……立派に……」
「うん? なになに? 立派? 立派って言った?もしかして?!」

 ぐずぐずと涙ぐむ父親を揶揄いたくなって、詰め寄る。ルイーズが不思議そうな顔をしていた。

「おじーさま?」
「ふふ、ルイ。おじーさまヨシヨシして上げて」
「うん!」

 ルイーズが小さな腕を上げて、父親の頭を撫でる。白髪交じりの髪が乱れたが、父親は泣き笑いのような表情になった。

「マー、お前はっ!私が真面目に語っているんだぞっ!」
「ちょっとは俺のこと認めてくれて嬉しいよ、お父様♡」

 父親の頬にキスをして、母親にもキスをした。母は厳しい顔を作りたいのかもしれないけど、口元が緩んでいた。

「マルちゃん……でも、いつでも帰ってきて良いんだからね」
「ふふ……帰る時はそうだな、ティメオも一緒かな」

(変なの。ティメオに嫁ぐ前は、厄介払いができたって清々してたのに)

 両親はいつでも、マルべーの帰りを待っている。外戚として権力を握ることよりも、子どもが実家に帰ってくることを喜んでいるのだ。商売人としては才能のある親も、子どもや孫の前ではどうとでも良くなるのだろう。
 マルべーが耐えきれず、吹き出した。

「うん、ティメオとね。帰るよ」

 それは何十年後になるだろうか。王妃となったマルベーは、よほどのことが無い限り、実家に帰ることは許されない。だから、ティメオが後継者に玉座を譲った後だろう。二人でのんびり大陸を巡る旅をして……そんな甘い妄想をしながらマルベーは暗に、アルテナードに骨を埋めるつもりだと伝える。
 察した両親は、複雑な顔をしていた。

「幸せなんだ……ティメオと結婚できて本当に良かったと思ってる」
「……いつでも待ってるからね」
「うん」

 ルイーズとリュカが成人して……先のことを考えると、寂しいとは感じない。それよりも早く、ティメオと一緒に夫夫水入らずの旅行を想像して、笑みがこぼれた。
 
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