コアラ先生

詩川貴彦

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第2話 コアラ先生 対 N〇K

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 この物語は、あの政党ができるずっと以前のことですので、何の関りも意図もありませんのであしからず。

 コアラ先生はN○Kが大嫌いでした。
 ですから受信料を払うことなんか微塵も考えていませんでした。当時は、しつこいことでは有名だったN○Kの集金係の方々とコアラ先生との攻防が、のどかな山村の学校の風物詩となっておりました。

 コアラ先生は、公立中学校の数学の教員です。つまりれっきとした公務員でありました。現在では、何かと公務員に対して風当たりの強いご時世ですので、どんな些細なことでもネットで悪口を言われて場合によっては処分されることもありますが、当時はのどかでおおらかなじだいでした。B型でマイペースで空気の読めないコアラ先生にとってはどこ吹く風のことでしたので、田舎ののどかな中学校の玄関先では、次のような攻防か繰り返されておりました。
  ワシがこの中学校に赴任した時点で、N○Kの集金人の方はすでにコアラの家(教員住宅)を訪問して集金することをあきらめ、職場(学校)に直接来るようになっていました。
 玄関先に集金人が姿を現すと、職員室でポケーッとしていたコアラは颯爽と立ち上がり「さあ、今日もやっちゃるかあ。(今日もやってやろうではないか。)」
と張り切って出て行くのでした。
一般的に、我々公務員は波風が立つのを極端に嫌います。薄給ながら、自分を殺してじっと我慢して、何でもハイハイといっていれば一生安泰です。だから公共料金の滞納なんか絶対にしませんし、スピード違反で捕まったりした日には、たとえどんなに理不尽な取り締まりだと思っても、深々と頭を下げて罪を認めすぐに反則金を払ってとっとと終わらせてしまいます。それが公務員として安全安心に生きていくコツなのです。
 職員室から来客を確認する小窓を通して、コアラと集金人が言い争っている姿が見えました。ワシはどんな会話をしているのか興味がありましたので、そっと近づいて聞き耳を立てました。というか、コアラ先生との声は極端に大きいので、嫌でも聞こえてくるのですが。コアラ先生は、絶対に内緒話ができないタイプなのです。

N○K「・・・・・」
コアラ「じゃから、わしは払わんいうたら払わんのんです。(私は払わないといったら払わないのです。)」
N○K「なぜ払わないんですか。」
コアラ「わしは払わん主義ですけえ。主義じゃけえですよ。(私は払わない主義なのです。主義だからですよ。)」
N○K「主義ですか・・・。それは仕方がないですねえ。」
それからしばらくして○HKさんはすごすごと帰って行きました。コアラは意気揚々と職員室に引き上げてくると
「またやっちゃりましたいね。(またやってやりましたよ。)」
と何の悪びれもなく大声で叫びました。
職員室にいた校長、教頭を始め先輩同僚の方々は見なかったり聞かなかったふりをして、忙しそうに、パソコンの画面とにらめっこをしていました。
 その後、この戦いはどうなってしまったのか僕はよく知りません。コアラが支払ったかどうかも分かりません。ちらっと本人から聞いた話では、その集金額がすでに10万円近くまで膨れ上がっているとのことでした。普通の人間なら、少しは不安になるところですが、それを自慢げに職員室で吹聴しているところに、コアラ先生の器の大きさを感じざるを得ませんでした。
 季節が春から夏、秋へと移っても、あいかわらずコアラ先生は元気でN〇Kの集金人の方々と堂々と悪ぶれることもなく、極めて冷静に正義はすべて自分にあるかの如く、気持ちのいいくらい堂々と攻防を繰り広げていました。
季節とともに変わったことといえば、学校の玄関のところに横付けされるN○Kの集金の方の自動車がだんだん立派になってきたことです。それに伴って、その方々の服装もだんだん立派になってきたことです。つまり、だんだんと大物(上の方)が来るようになったということじゃあないかと思います。
この結末がどうなったのか、とても興味がありますが、その後ワシはコアラ先生よりも先に転勤することになったのでわかりません。

 つい最近のことですが、ワシの同僚のところにN〇Kの受信料関係の方が突然やってきたそうです。その先生は、独身で転勤時に面倒なので、極力家具や電気製品を持たないことにされています。
さっそく上がり込んで、テレビの有無を確認されたと言っていました。
N〇K「いまどき、テレビがないのですか。」
「はい(きっぱり)」
N〇K「それじゃあスマホを見せてください。テレビの受信ができるでしょう。」
   「はい。」
N〇K「今どきガラケーなんですか。」
   「(大きなお世話です。)テレビはついていませんよ。」
N〇K「それじゃあクルマのナビを見せてください。受信できるでしょう。」
   「はい。どうぞ。」
 
N〇K「ナビもついていないんですか。」
   「はい。」
N〇K「・・・・・。」
 それで、仕方なく納得して帰られたそうです。ちょうど裁判に勝ったというニュースが大々的に報じられていた頃でしたので、N〇Kの方も気合が入っていたのだと思いますが、ワシはこのやり方はあまりにも横柄だと思いました。と同時にコアラ先生の気持ちが少しは理解できたように感じました。この方は社会性も常識もあるいつも冷静な先生でしたので、このぐらいで済んだのだと思います。もしコアラ先生だったら、ひと騒動あったことは容易に想像できます。もしかしたら、あの議員の方のように政党を立ち上げたかも知れませんし動物版2.26事件とか起こしたかもしれません。
 法をバックに、集金しないと沽券にかかわるとばかりにある意味個人のプライベートや人権をおろそかにしてまで集金に命をかけるN〇Kと何の法的な裏付けもなく、ただ個人の主義だけでこの巨大な国家組織に平気で対抗しようとしているコアラ先生。ワシはただの動物にも関わらず、一歩も引こうとしないコアラ先生をある意味尊敬しておりました。同じことがワシにできるかといえば、絶対にできません。ワシは吉田松陰先生のように信念に生きるコアラ先生が大好きでした。

 この勝負 コアラの勝ち!

追記
 あれから二十年以上経過しました。コアラ先生はいまだにN〇Kの受信料を払うことを拒否しているのでしょうか。先日久しぶりに会いましたが、恐ろしくて聞けませんでした。

 


 


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