夏の終わり、波の音、僕は天使に恋をした

桜乃

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 忙しい日常に戻った。

 勉強にバイトにと、時間に追われている日々。


 幸の消息は全くわからない。

 今日も幸が、笑ってますように。
 今日も幸が、元気でいますように。
 今日も幸が、この世の何処かにいますように。

 そう願いながら、今日も僕は眠る。


 夏が終わり、秋が過ぎ、クリスマスソングが賑やかに流れる季節になった。イルミネーションがキラキラ彩る街を幸せそうに歩く恋人たちを見かけるたびに、僕は幸を思い出す。

 12月25日。僕の元に1通の手紙が届いた。

 差出人の名は小野寺葉子おのでらようこ。聞いたことがない名に首を傾げながら、ペーパーナイフで封を切った。

 中には青い便箋が1枚。


 ――はじめまして。いきなりの手紙をお許しください。小野寺おのでらゆきの母です。

 民宿の女将さんに事情を話し、無理を言って貴方の住所を教えてもらいました。どうか女将さんを責めないでください。勝手に教えてもらったこと、申し訳ございません。

 幸は先日天に召されました。

 あの子は、貴方の話をする時は幸せそうでした。桜貝を最期の時まで大事にしてました。幸せをもらったと笑ってました。

 ありがとうございました。――


 手紙とともに、バラバラに割れた桜貝が白い布に丁寧に包まれ、入っていた。

 僕は目をつむり、幸の笑顔を思い出す。

 とうとう僕の天使は天に帰ってしまった。



 あれから20年の時が経った。夏の終わりの今、僕はあの浜辺に立っている。

 振り返ると、僕が歩いてきた足跡が波の音とともに消えていた。波の音は20年前と変わらない。

「パパー」

 駆け寄ってきた5歳の娘に、僕は感傷的センチメンタルな18歳の顔から父親の顔になる。

「どうした、明日香」

「見て! パパ。お空がきれいなのー」

 娘の小さな指が差す方向には天使の梯子はしご……薄明光線はくめいこうせんという気象現象。

「ああ、天使の梯子はしごだ」

 僕が呟くと、明日香は首を傾げる。

「てんしのはしご?」
「天使が舞い降りるんだよ」
「へぇ、パパ、天使に会ったことある?」

 娘の無邪気な質問に僕はにっこり笑った。

「あるさ。とても可愛くて、綺麗で、笑顔が素敵な天使にね」
「あすかも会いたいなぁ」
「そうだな。会えたらいいな」
「あ、ママが呼んでる! パパ行こう!」

 明日香に腕を引っ張られながら、僕は雲を見上げる。

 夏の終わりに出会った天使は、この梯子はしごの上から僕を見ているのだろうか。

 きっと君は笑顔で言うのだろう。

『ほらね! 慎一君、幸せになれたね!』

 うん、僕は幸せになった。


 でも……


 夏の終わりの3日間は君の笑顔がとても恋しい。




 《了》
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