眠りの魔法の使い方~運び屋の魔法使いは催眠魔法で世界を生きる

ふる

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あなたは誰をゾンビにしたのですか 8

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(私達の部屋に行かなきゃ、そして、お父さんをどうにかしないと。)



 アンリが部屋を出ると、アッシュはすでにアンリ達の部屋のドアを開け放ってアンリを待っていた。



 開かれたドアから部屋の様子が見える。



「うっ。」



 部屋の様子を見たアンリは思わず嗚咽を上げた。



 部屋の中では、アンリとアンリの母親が使っているベッドがズタズタに裂かれていた。そして、裂かれて飛び出た綿が部屋中に散らばっていた。



 部屋の中には床に倒れた父親の姿が見えた。その近くには包丁が転がっている。



 アンリはすぐに、父親がベッドを切り裂いたのだということを理解した。



 もしかすると、ベッドを切り裂いているときにアッシュの魔法が効いて眠ったのかもしれない。



 アンリは自分が普段寝ている場所を包丁で切り裂かれたということに恐怖した。



 普段もっとも安心できるはずの場所を壊されることは、他のモノを壊される以上に身体的な恐怖を感じるものだった。



 アンリは仰向けで眠っている父親に近寄った。



 父親はぐっすりと眠っていて、先ほどまで暴れていた人間とは思えないほどだ。



 アンリは父親に恐怖とは別の嫌悪感を抱いた。



(自分の部屋は壊さない癖に、私達の部屋は壊すなんて。)



 アンリは自分勝手な振る舞いをしてきた父親に怒り、アッシュから借りていたナイフで父親を刺そうとした。



 だが、ナイフを構えたアンリをアッシュがとめた。



「ちょっと待って。やるなら僕がいないときにして。」



「なんでよ!」



 アンリはアッシュに怒りをぶつけた。それは、アンリの父親が自分勝手なことをして家を壊するなかで、アッシュもまた自分勝手な考えでアンリのことを止めたように感じたからだった。



 しかしながら、怒るアンリに対してアッシュはドライだった。



「僕のいるときに殺されたりしたら、僕のせいになるかもしれないでしょ。無理矢理やるなら君のことも眠らせるよ。」



「ぐぐ。」



 アンリは反論しようとしたが、何も思いつかず唸り声をあげた。



(気に食わないけど、いちおう助けてもらってるし、我慢だ。)



「わかったわよ。」



 アンリはナイフを下ろして怒りを鎮めた。



 アンリが折り畳みナイフを畳むのを見てから、アッシュはアンリと父親の近くに寄っていった。そして、



「うん。じゃあ、少しその人の調整をしようか。」



 そういうとアッシュは父親の頭に手をかざすようにした。



「何してるの?」



 アッシュのしようとしていることがわからず、アンリはアッシュに質問した。



「このままだと眠り続けて死んじゃうから、思考能力を停止して、日常生活だけはできるくらいに調整するの。」



「つまりどういうこと?」



「ゴシみたいにゾンビみたいにするってこと。」



 ゾンビにするという言葉をきいて、アンリは納得がいった。



 そして、もともとアッシュを頼ったのは父親をゾンビのようにすることが目的だったことを思い出した。



(そういえば、最初はその予定だったんだっけ。)



 家の様子が思った以上にひどくて忘れていた。もしかすると、アッシュは律儀にアンリとの約束を果たそうとしているのかもしれない。



(お父さんを止められれば、そこらへんはどうでもよかったんだけどな。)



 そう思ったが、今後のことについてはお母さんとも話をしたいし、ゾンビの状態にしてもらったほうがいいのかもしれないと考え、アンリはそのまま様子をみることにした。



 アッシュは父親に手をかざしたままなにも言わない。



「もういいよ。」



 少しすると、アッシュは手を放して言った。



 家に入る前にアッシュが魔法を使ったときと同様に、アンリにはアッシュが手をかざしていること以外には何も感じられなかった。



しかしながら、アンリの父親は先ほどとは異なり、目を開いていた。



「……。」



 アンリはその様子に父親が目を覚ましたのではないかと思ったが、すぐに父親の様子がおかしいことに気づいた。



 アンリの父親は目を開いているが、そこに意思は感じられなかった。倒れている姿勢のままで、立ち上がるどころか姿勢を変える素振りもない。



(ほんとうにゾンビみたいになってる。)



 アンリは、アッシュがそういう魔法を使えると認識はしていたが、実際に目の前で人をゾンビのようにしてしまったのを見て恐怖を感じた。



 アッシュはやることが済んだといった様子で、壁際に立って体重を壁に預けるようにしている。



(やめよう、今はアッシュが危険とか考えている場合じゃない。)



 アンリは、アッシュは今は味方のはずだと考えることにして、恐怖を横に置いておくことにした。



 そして父親の方に顔をもどす。



(思考能力がなくなっていたとしても、手足の自由がある状態にしておくのは怖い。きっとお母さんもその方が安心するはずだ。)



 そう考えて父親の手と足を紐で縛っていった。



 危険がないからか、アンリはだいぶ落ち着いて作業をすることができた。ほどなくして父親の拘束が完了する。



「ふぅ。」



 アンリは息を吐くと、部屋を出て居間へ行った。



 居間ではアッシュがイスに座っていた。アンリが作業を終えるまで部屋を出て待ってもらっていたのだ。



「お父さんの拘束は終わったから、もう大丈夫だと思う。」



「そう。拘束する必要はないと思うけど、それで安心するならいいんじゃない。」



 アンリが声を掛けると、アッシュはそう言った。



 もしかすると、アッシュにとっては自分の魔法が信用されていないと思わせてしまっただろうか。



 けれど、アッシュにとっては無意味な行為でも、何かの拍子で魔法がとけてしまったらと思うと不安になってしまう。



「うん。アッシュの魔法は信じるけど、やっぱり怖いから。」



「そう。」



 アッシュはそれだけ言った。そしてイスから立ち上がると、ドアの方に歩き出した。



「それじゃあ、僕のやることは終わりでいいかな。」



「う、うん。」



「じゃあ僕は帰るよ。君のお母さんは今日中には目が覚めるよ。あと、君のお父さんを殺すなら僕のいなくなったあとにしてほしいな。」



「どういうこと?」



 疑問を感じてアンリが尋ねる。



「僕はしばらくしたらこの街を出ていくから、その後なら僕が犯人にされないで済むでしょう?」



「この街を出ていくの?」



「まだ準備途中だけどね。」



 なんということもないように言うアッシュに、アンリは少し気落ちした。



(せっかく今までいじめてきたことを反省して、少しは仲良くなれたかもしれないのに。)



 さらに希望を言うなら、家の片づけまで手伝ってほしい気持ちもあったが、さすがにそこまでは頼めないだろう。



 アンリはアッシュを見送るためにアッシュの後をついて行った。



 そして、アッシュがドアに手を掛けたところで、アンリはアッシュに声を掛けた。



「あのさ。」



「なに?」



 アッシュが足をとめてアンリに向き直る。アッシュは不思議そうな顔をしていた。もう用はないと思っているのだろう。



 アンリはできる限りまっすぐにアッシュを見つめ、そして、真摯な気持ちで言った。



「ありがとう。助けてくれて。」



「……。」



 お礼を言われたアッシュは何も言わずに立ち尽くしていた。



 アッシュがあまりにも何も言わないので、アンリは自分が変なことを言っただろうかと思う。



 しかしながら、アッシュの言葉は意外なものだった。



「あのさ、ありがとうって言われたら、なんて返せばいいのかな。」



「はぁ?」



 アンリは一瞬、何を言われたのかよくわからなかった。



 しかしながら、アッシュは本当に困っているような様子で、下を見て首をひねりながらもう一度言った。



「ありがとうって言われたことないから、なんて返せばいいのかわからない。」



「そ、そう。」



 アッシュの言葉にアンリは言葉をなくしてしまった。



 そして、強い力を持っているにも関わらず、お礼に対する返事に困っているアッシュの様子を見て、アンリは意図せず笑ってしまった。



「なによそれ、本気?そんなの雰囲気で返せばいいのよ。」



「雰囲気……。」



「私も意識したことないけど、どういたしまして。とか、こちらこそ。とか。そういう感じ。」



「よくわからないけど、わかった。」



 アッシュはよくわかっていない様子だったが、納得することにしたらしい。



 そして、アッシュはアンリに視線を戻すと、



「ありがとう。教えてくれて。」



 と言った。



「ちょっとやめてよ。このタイミングでありがとうって言われたら私だって返しにくいよ。」



 アンリは焦ってこたえた。



(変ないじわるみたいなことを言って。)



 アッシュは間違いなく、アンリの反応を見るためにありがとうと言ったのだろう。



「そっか、けど参考になったよ。じゃあね。」



 うろたえるアンリの様子を見てから、アッシュはドアを開けて家を出て行った。



「じゃあね。」



 アンリはアッシュの背に向けて言ったが、その言葉がアッシュに届いたかはわからなかった。



 アンリは小さく息を吐くと、アッシュの座っていたイスに座った。



 他の場所はまだ皿の破片などが散らばっていたし、安全に休むことができるのはそこだけだったのだ。



 お母さんが目を覚ます前に多少は家を片付けたかったけれど、疲れてそんな気力は出ない。



 アンリはイスに座って少しだけ休むつもりだったが、いつのまにかそのまま眠ってしまっていた。
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