眠りの魔法の使い方~運び屋の魔法使いは催眠魔法で世界を生きる

ふる

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大聖女が来る! 後

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「私の名前は、大聖女、ヒストリオン・カンパネラです!!以後、お見知りおきを!」



(声が大きい。)



 カンパネラの覇気のある声にアッシュは耳を塞いだ。そして、本能的にカンパネラに苦手意識を感じていた。



 カンパネラはそんなアッシュを無視して、アッシュとローマンの間に割り込みローマンの前に立った。



「な、なんですか。」



 ローマンがうろたえながらカンパネラに質問する。



「落ち着きなさい!」



「ひっ。」



 びしっ、とカンパネラがローマンに指を突き付け、ローマンは怯えたように悲鳴を上げた。



(何をしようとしているのかわからないけど、さすがにとめないと。)



 カンパネラをとめるためにアッシュがイスから立ち上がろうとする。しかし、アッシュが立つよりも早くカンパネラがアッシュの方を向いて大声を発した。



「喝っ!!」



(っ!!?体が動かない!!?)



 カンパネラの大声による圧なのか、何かの力なのか。アッシュはカンパネラの声で体が動かせなくなってしまった。



「落ち着きなさい!私がすることを静かに見守るのです。」



 カンパネラは何事もないかのように言い放ち、ローマンの方へ体を戻した。



「あなたは大きな病に侵されていますね。しかしながら、それに絶望することはありません。」



「なぜならこの私、大聖女カンパネラが来たからです!」



「そ、そうですか。」



 胸を張るようにしてカンパネラが言う。ローマンはカンパネラに圧倒されて頷くばかりだ。



(いったい何を言ってるんだこの女は?)



 アッシュはカンパネラが何を言っているのかわからなかった。おそらくローマンもそうだろう。



 大聖女というのも意味がわからないし、ローマンの病気は薬でも魔法でも治すことができなかったのだ。だからこそ催眠魔法で眠ることだけはできるようにしているのに。



 そんな疑問を全て無視して、カンパネラは両手をローマンに掲げるようにした。



「はぁあああ、聖女パワーーーーー!!!!」



 ゴワァアアアアア



 カンパネラの掛け声とともに、カンパネラの体からまばゆい光が放たれる。



「うわぁああああ!」



「ま、まぶしい!」



 カンパネラが放つ光はとても強く、あまりのまぶしさにカンパネラの姿が見えなくなるほどだった。



 まるで光線のような光を受けて、アッシュとローマンの2人は目を閉じた。



 バシュウウウウ



 しばらくして、光が徐々に収まっていく。



 アッシュがなんとか目を開くことができるようになったとき、アッシュの前には先ほどと変わらない様子のカンパネラと、先ほどより血色がよくなったようなローマンの姿が見えた。



 そして、カンパネラは自信満々な様子でローマンに話しかけた。



「あなたの病気は取り除きました。さぁ、体を起こしてみなさい。」



「そ、そんなばかな。」



 声を出したのはアッシュだ。カンパネラは普通の人間とは違う雰囲気があるが、だからといって簡単に病気が治ったら苦労しない。



 アッシュはあらためてカンパネラを取り押さえようと考える。



 しかしながら、その前にローマンが行動を起こした。



 ローマンは光が収まってからずっと無言だったが、ゆっくりと体を起こしたのである。



(嘘だ。)



 アッシュはその姿を見て驚愕した。ローマンは病気で体の痛みがひどく、1人で体を起こすことができない状態だったのである。



(それが、うめき声を発することもなく体を起こせるなんて。)



「痛みがないでしょう。」



「は、はい。」



 驚愕するアッシュをしり目に、ローマンとカンパネラは2人の世界に入っているかのようだった。



「痛みを取り除いただけではありません。あなたはもう健康な体になっています。」



「ほ、本当ですか!?」



「本当です。体に異常を感じないでしょう?」



「は、はい。本当に、長い間感じてきた痛みや寒気がまったくありません。」



「そうでしょう。これが聖女の力なのです。あなたはもう大丈夫です。」



「あ、ああぁ、ありがとうございます。」



 ローマンの目から涙がこぼれる。



 ローマンの様子を見るとどうやら、本当に病気が治ってしまったらしい。



「さぁ、次はベッドから立ってみなさい。あなたならできます。」



「ほ、本当ですか?……いえ、やってみます。」



 ローマンはそう言うと、覚悟を決めた顔をした。そして、ベッドの縁に手を掛けてグッっと力を込めるようにすると、ゆっくりとベッドから立ち上がった。



 カンパネラが当然というようにうなずく一方で、アッシュはその様子を茫然と見ていることしかできなかった。



「な、なんてことだ。本当に立てた。こんなことが出来るようになるなんて、あ、ありがとうございますカンパネラ様。」



「よいのです。人々の幸せこそ私の望みなのですから。」



 ローマンは泣きながらカンパネラにお礼を言っている。ローマンはすっかりカンパネラの信者になってしまったようだ。



 不治の病を治してもらったなら、そういう気持ちになるのも当然かもしれないが。



 ローマンの病気が治ったことはアッシュにとってもうれしいことのはずだったが、アッシュは寂しさか、あるいは疎外感のようなものを感じていた。



「そこのあなた!」



「わっ。」



 突然、カンパネラに指をさされてアッシュは驚いた声を上げた。普段のアッシュならありえないことだ。



「人を眠らせるなどというのは、一時しのぎのまやかしにすぎません。人を救いたいならきちんと治癒魔法を勉強しなさい!」



「は、はぁ。」



 カンパネラの言葉にアッシュは何も言うことができなかった。続けてカンパネラはローマンの方を向いた。



「あなたも。これからは魔法で眠るなんてこと、しなくてよいのですよ。」



「は、はい。ありがとうございます。」



 ローマンはカンパネラに大きくお辞儀をした。そして、今まで見たこともない元気な笑顔でアッシュを見た。



「アッシュさん、今までありがとう。けど、どうやら私は病気が治ったみたいです。これからは魔法なしで眠っていきたいと思います。」



「そ、そうですか。」



 ハキハキと話すローマンに対して、アッシュはそれしか言うことができなかった。



「はい!話をしている場合ではありません。これからは歩く訓練をしますよ。」



 パン、パン



 とカンパネラが手を叩き会話が中断される。



「はい、カンパネラ様。」



 ローマンはアッシュから目を離して、壁に手を付けながらいそいそと歩く準備を始めた。



「がんばりなさい。あなたなら出来ます。」



「はい、ありがとうございます。」



「慌てる必要はありません。一歩一歩足を動かすのです。」



「はい、ありがとうございます。」



 歩く訓練を始めたローマンとカンパネラの目には、すでにアッシュの姿は映っていないかのようだった。



 アッシュとしても、今まで自分に感謝していた患者から、健康になったので自分の魔法がいらなくなったと言われてしまっては何もできない。



 アッシュは茫然自失になりながらその様子を見つめた後、何も言わずに部屋を出て行った。



 それはアッシュが自分の人生を破壊された日であった。



 アッシュは今まで、まともな仕事や稼ぎを得ることが出来ず、その末に病人の最後を看取ることが自分の使命だと考えていたのだ。



 それが大聖女と名乗る女のせいで全てが終わってしまった。



 カンパネラの行動はローマンに対するものにとどまらず、カンパネラは街で難病にかかっている病人をことごとく治していってしまった。



 1週間もしないうちに、アッシュが看るべき患者は街に1人もいなくなっていた。



 そしてアッシュは街から出て行ったのだった。



 もしかするとアッシュはカンパネラから逃げようとしていたのかもしれない。



 アッシュはその後も街を転々としていったが、大聖女が近くに来ているという話が出たときには、それが噂話であっても即座にその街を出て行くようになっていた。



 アッシュは自分の催眠魔法に絶対の自信を持っており、強盗や魔物に対しても恐怖を抱くことはなかった。



 しかしながらアッシュは、自分とは本来、敵でないどころか人々の味方であり、苦しむ人を救う大聖女に対してこそ、恐怖を感じたのだった。



 それはあるいは、大聖女の力をもってしてもアッシュのことを救うことができないことを示していたのかもしれなかった。
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