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「……してもいい、ですよ」

「え」

「私も、ギルベルト様が好きだと、やっとわかったんです。
でも付き合うのはまだ待っていてほしい……私、過去を清算したいんです」

「過去を清算?」

「そう。私、トラウマを植え付けたスプリント伯爵令息が許せない。
だからこのデビュタントでケンカを売りに行こうと思うのです」

「じゃあスプリント伯爵令息を片付けた後に、俺と付き合うってことだね。
気持ちを切り替えるために」

「そうです」


ギルベルト様の言葉にはっきりと言って見せると、ギルベルト様は面白そうに笑った。
そして言う。


「ふははは!いいね!それ!
エリーナの心にどんな形でも存在してる男がいたら、俺は許せそうにない。
それに、気持ちを切り替えるといったけれど、それだけじゃないよね。
エリーナは過去を清算した姿を俺に見せて、気持ちが離れてしまうのが怖い」


そうでしょ?と問いかけられて、私は思わず目が泳いだ。
そして至近距離で私の顔をみているギルベルト様はそんな様子の私をしっかりと見る。


「大丈夫。俺は絶対にエリーナに愛想をつかさない。だってこんなに好きなんだから。
寧ろその元凶に殴りかかって、崖から投げた姿を見たとしても、俺はエリーナに恋したままだよ。
でもエリーナがそうしたいならそうしよう。
付き合うのはデビュタントまで我慢する。
…俺は年齢的に会場に入れないけれど、会場の前で待つことは出来るから、用が済んだらすぐに俺のところに来て。
そしてすぐに交際宣言しよう」

「その場で?」

「その場で。そしたらエリーナに求婚してるやつらに釘をさせるでしょ。
エリーナは俺の事が好きなんだって。付け入る隙なんてないぞって」

「私に求婚している人たちなんて、爵位目当てばかりのものですよ?」

「そうでもないよ。少なくとも俺の知っている範囲では、エリーナは人気なんだ。
だからこそちゃんと見せつけたい」

「わ、わかりました」


にっこりと笑ったギルベルト様は、ここでやっと私の顔から手を離し、適切な距離をとることができた。
正直、ずっと整っている顔が間近にあるあの状況に耐えられそうになかったから、ほっとする。
だって、キス、していいって許可を出していたから。
話の流れでしなかったけれど、許可を出した手前、間近にいられると身構えてしまう。


「あと」

「あと、なんですか?」

「ダンスでは父君以外踊らないで欲しい」


そういわれて思わず噴き出した。
笑う私にギルベルト様は頬を膨らませる。


「だって嫌でしょ。俺だって年齢の所為で我慢を強いられているのに、俺のエリーナを他の男に近寄らせたくなんてない」

「ふふふふ、ギルベルト様ったら、嘘を告白したら途端に可愛くなりましたね」

「大人っぽい方が好きならそうするけど?」

「いいえ。素直な感じが好ましいのでそのままでいてください」

「いいよ。約束する。俺はエリーナの前では偽らない。
全てを君にみせるから、エリーナも俺に全部見せてほしい」

「わかりました」


互いに約束すると、何故かじっと見つめてくるギルベルト様の視線をひしひしと感じる。
訝しげに見つめるその瞳に、私は不思議に思い問いかけると、再び距離を詰め寄られた。


「エリーナ、全然わかってない」

「わ、わかってないって…、何がです?
というか近いです」

「近づいてるんだから近くて当たり前だよ。
それよりエリーナの全部を見せてほしいと言ってるんだから、俺のことを呼び捨てで呼んで。
あと敬語もいらない」

「それは付き合ってからじゃ…」

「気持ちはもう繋がってるからいいじゃないか。
それにエリーナも全てを見せるって約束したでしょ」


なんじゃそりゃあと思ったけれど、ギルベルト様の「キス、しちゃうぞ」という言葉に私はグッと言葉を飲み込んだ。


「あ、そういえばもう許可はもらったんだったね」

「へ、なん…___んっ!」


ちゅっと可愛らしい音を立てながら、返事をする前に重ねられた唇は、本で読んだ以上に柔らかかった。








名前を呼びあげられ、私はお父様と共に会場に入場した。

煌びやかシャンデリアが会場中心部に大きく構え、明るい照明が会場を照らす。
デビュタントする者たちだけでなく、様々な貴族が出席する中、私はお父様と共に階段を下りていく途中多くの視線を感じた。

デビュタントを迎える前には、母親が子供と共にパーティへと出向くことがあるが、それはこういったデビュー時に粗相をしないようにするため。
私は女性だけのお茶会や、小規模なパーティには参加したことがあったが、男性がいるパーティーには一度も参加したことがなかった。
その為物珍しさに余計多くの視線を感じることになった。


「大丈夫か?」

「はい。思ったより平気です」


心配するお父様に尋ねられ、私は思ったよりも問題ない自分の心情を確認した。

ギルベルト様との出会い、そして心を通わせられたことで、自分が大きく成長したのだと実感する。
今では街中を歩くことは平気になったが、これほど多くの人の視線を浴びることは今までなかったのだ。
それも男性の視線を集めていると考えただけで、脂汗が出て、呼吸も不安定になっていただろう。
それはもう起こらない。

私は本当にトラウマを克服したのだと認識した。


階段を降り切る頃には次に入場する者の名が呼ばれていく。
その頃になると視線の数はがくんと減り、私はお父様から離れて友人達を探した。


「エリーナ!こっちよ!」

「ソフィア!リナ!」


手を顔横まで上げて私の名を呼ぶ二人に、私は近づいた。
入場は爵位事に呼ばれていくため、男爵家であるソフィアと子爵家であるリナは先にいたようだ。
というと、アイリーンとイザベアは侯爵家だからこの後来るだろう。


「待っていたわ!ターゲットはあそこにいることは確認済みよ!」

「でも大丈夫?あの男は、貴女のトラウマ…でしょ?」

「大丈夫よ。今の私は見返してやりたいって気持ちが強いから」


それから全ての者が入場入りを果たし、それぞれ陛下への挨拶、そしてダンスを踊った。
勿論私はお父様と一緒に踊る。
何度か足を踏んでしまったけれど、お父様は嬉しそうに笑って許してくれた。
踊り終えると成人した私と踊れたとうれし涙を流すお父様にハンカチを差し出して、私は再び友人たちの元へと戻るついでに、ターゲットの近くに向かう。


「エリーナ、このスイーツ美味しそうだわ」

「ええ、ほんと。輝いているみたい」

「ソフィア達もあっちの席で食べれていたらいいわね」

「問題ないと思うわよ。テーブルにあるメニューは同じだから」


そんな感じでデザートを片手に友人たちと話していると、一人の男が近寄ってきた。
コニール・スプリント伯爵令息
私のトラウマの原因となった男で、そして今回ケンカをぶっかける男である。


「お前、エリーナ・スタレンだろう!?」

「そうですが……」


思わず扇を開き、鼻を覆った。
どれだけ飲んだのか、アルコール臭が凄い。
他の大人たちをみていないのか、かなりの量のお酒を飲んだと思われるこの男に私だけではなく他の周囲の人たちも嫌悪に顔をしかめた。

というより子供のころにあったとはいえ、こうも馴れ馴れしく話しかけるだなんてと、私は不快感で眉をひそめる。
そんな私に気づいていないのか、男はフンっと鼻を鳴らし偉そうに腹を突き出した。


「お前と婚約してやる!光栄に思え!」

「………申し訳ございませんが、どこの令息でしょうか?
見覚えがありませんの」

「なっ!お前の婚約者だった者の顔を忘れたのか!?」

「私には一度も婚約者はいませんわ」

「ふざけるな!…ああ、ブスでデブなお前に婚約したいと名をあげるものがいな過ぎて、過去を捏造したか。
俺はコニール・スプリントだ。どうだ。思い出したか」


偉そうに胸も腹も突き出すその男に、私は少しだけ考えたフリをしてから答えた。


「………ああ、幼少期のころにそんな人を紹介された覚えがあります。
あまりにも酷い態度で、我が家を追い帰された、あの時の令息ですよね」

「お前!!!」


頭に血が上ったのか、凄い勢いで迫るコニール・スプリント伯爵令息に私は驚き目を見開いた。
だが、あっけなく周りにいた者たちに取り押さえられる。
私は驚きで早まった心臓を落ち着けてから、コニール・スプリント伯爵令息に近づいた。


「……そもそも、ブスというのは個人の主観によりますが、デブというのは納得がいきませんね。
どうして私がデブなのですか?毎年の検診ではやや痩せ気味と判断されていますが、それでも健康的な範囲内だとお墨付きですのよ?」

「はっ!お前のどこがやせ型だ!どうみてもデブじゃないか!」


取り押さえられながらも反論するコニール・スプリント伯爵令息に私は首を傾げた。


「うーん。私がデブならあなたは何なのですか?」

「は!?どういう意味だ!?」


広げて口元、というより鼻を守っていた扇を閉じ、私は扇の先をコニール・スプリント伯爵令息のお腹に向ける。


「その筋肉とは思えない脂肪の塊を全身にぶら下げ、いえ、纏わせているアナタはどうなんですか?」

「~~~っ!」


自分でも自覚していたのか顔を真っ赤に染めたコニール・スプリント伯爵令息は、無言で私を睨みつけた。
そして更に言葉を重ねようとしたところで、側にいたアイリーンとジュリア、そしてイザベアが前に出る形で私を背後に隠す。


「言えるわけがないわ。エリーナ」

「そうね。さっきから聞いていましたけれど、エリーナを馬鹿にできるほど貴方はいい男なのでしょうか?
私にはただ他人を卑下したいだけの醜い豚…あ、いえ醜い脂肪の塊にしかみえませんでしたわ」

「貴族とあろうものが、醜い醜態をみせないでくださいまし。
私達には下の者の手本となる責務があり、だからこそ幼いころから厳しい教育を受けておりますの。
僻みのような言葉の羅列を、成人としてデビューするこの美しい場所で喚き散らさないでくださいません?」


そう告げる三人に、コニール・スプリント伯爵令息はぶるぶると震え始める。
あまりの振動で、抑えていた者たちの手が外れそうになった。


「お、お前らぁぁぁ!!どいつもこいつもブスでデブの分際でぇえぇ!」




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