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15.出会い
しおりを挟む「わっ!」
お義父さんへのプレゼントが決まったことで気分良くレインより少し前を歩いていた私は、ドンと誰かにぶつかり、そのまま尻もちをついた。
「アレン!?」
落としそうになったエプロンはとっさに抱えなおしたから無事。
紙に包んでもらったから例え落としたとしても中は無事だけど、プレゼントとして渡すのだから、綺麗な状態で渡したいから落とさなくて本当に良かった。
「大丈夫か?」
「うん、平気だよ。ほら」
へらりと笑って腕の中のプレゼントを見せると、レインは少しあきれたように溜息をついた。
「ばか、アレンがだよ。ほら、立てるか?」
手を差し出してくれたレインに、お礼をいいながら手を重ねたときだった。
「すまない。怪我はしなかったか?」
低い男の人の声に顔を上げると銀色で固そうな鎧に身を包む騎士の人が立っていた。
顔はヘルメット?兜?で見えないけれど、身長はお義父さんと同じくらい。
門番の人もこの人と同じように鎧姿だったけれど、あの時怖くてちゃんと見れなかった私は思わずじっと見てしまっていた。
どうして今回は怖くないとというかというと、この騎士の人の声がとても優しげだったからだ。
「わぁ…」
鎧がかっこよくて騎士を憧れる子供が多いのもなんとなく分かった気がする。
鎧姿に内心興奮しながらも惚けていると、レインの手に重ねている手とは逆の手を持ち上げられ、そのまま引っ張り上げられるのと同時に腰を支えるように手をそえられて立たせられていた。
一連の流れがスマートだ。
私みたいに転んでしまった子にも、こういう感じで助けているのかな?
「怪我は?」
立ち上がるとやっぱり騎士の人は大きくて、騎士の人の腹か胸辺りまでしか身長がなかった私に、騎士の人は膝をついて優しく私のズボンをほろってくれた。
「どこも痛くないです。…あの、ちゃんと前向いてなくて…、ぶつかってしまってごめんなさい」
「いや、……今後は君が怪我をしないよう注意して歩いてくれればそれでいい」
騎士の人は立ち上がった後、慣れてないぎこちない手つきで私の頬を撫でた。
(全身鎧なのかと思ってたけど、手の部分は皮の手袋をしてるんだ…)
私は騎士の人から一歩距離をとって頭を下げる。
「はい、ありがとうございました。今後気を付けます」
特に咎められることはなさそうだと感じた私は、お買い物を再開しようと後ろにいるレインの方を振り向こうとしたところで肩を掴まれる。
勿論騎士の人にだ。
「…え?」
やっぱり謝罪だけでは不味かったのだろうかと不安に思ってしまったが、どうやらそうではないらしい。
少しの沈黙の後、言われた言葉に困惑したけど。
「…こ、この後予定はあいているか?」
「え?…あ、あの買い物の途中で…」
レインに同意を求めようと振り返ると、びっくりしてしまった。
目の前の騎士に、右手を左胸に、左手を腰に回し、そして地面に片膝をつけているレインがいたからだ。
「れ、レイン?」
「見習いの者か…。先程買い物の途中といったが、…君はその男とはどういう関係なんだ?」
鎧で表情を読み取ることが出来ないが、少し機嫌を悪くしているのか先ほどとは違う、少し低くなった声に小さく息をのむ。
「あ、…私たちは兄妹なんです。久しぶりにレイン…兄さんが帰省したので、二人で出掛けているんです」
私の返答に騎士は成程と頷き、頭の鎧を外す。
「私は、ヴォルティス・フォンティーヌ。イヴェール地域の第二騎士団団長を務めている。
折角の兄妹水入らずの時間を邪魔をして申し訳ないが…、別れる前に君の名前と家の場所を教えていただけないか?」
私が怯えたことが伝わったのか、それとも私の勘違いだったのか、騎士の口調に柔らかさが戻る。
(ヴォルティスって、レインがさっき言ってたこの町を守ってくれている騎士の偉い人だ!)
思わず見上げると、兜をかぶるなんてもったいないくらい綺麗なさらさらの金髪に、お義母さんより薄い透き通るような空色の瞳があった。
そしてすっと高い鼻に、小ぶりだが形のいい唇、それぞれのパーツも配置も完璧な、まさに美形と評される男がそこにいた。
きっとこの男の人に甘い声で語られ、微笑まれたら、落ちない女性はいないだろう。
いや女性だけじゃなくて、男性も落ちてしまうかもしれない。
「アレンといいます。…あの、家、ですか?」
「アレンか、私の事は是非“ヴォル”と呼んでくれ。
初めて会った人間に家を教えることを躊躇する気持ちがわかるが、私はぶつかった詫びをしたいだけだ。
どうか教えてくれないか?」
私に目線を合わせ屈む騎士のヴォルティスと名乗った人に悪意は感じない。
それに騎士団長が悪い人だと思わないけれど、でも勝手に教えてもいいのだろうかと躊躇い無意識にレインの様子を伺う。
そんな私の様子に気付き、いまだに膝をつき礼の形を崩さないレインにヴォルティスさんは顔を向けた。
「レイン、と言ったな。私が君らの家を訪ねて問題はあるか?」
「いえ、御座いません」
「そうか。…アレン、問題が無いようだが…教えてはもらえないか?」
即座に応えるレインの返答に、満足そうに微笑むヴォルティスさん。
レインの立場から、否定的な言葉がでるわけがないと私だってわかることなのに、なんて強引な人なのだろう。と少しだけ意外に感じた。
意外だと感じたのは、転んでしまった私に手を伸ばしただけではなく、膝をついてほろってくれたからだ。
それに優しい声色に、触れた手も優しかった。
その行動がなければ、今頃ヴォルティスさんに少し否定的な印象だけが残っていたと思う。
躊躇していた私は、結局教えることにした。
以前お義母さんが“騎士が来るお店として箔がつく”と、初めてあったあの日門番さんにそう言っていたから。
だからレインの言うとおり、問題はないはずだと考え家の場所を教えた。
「あ、あの、この第四通りの門近くに、見た目は赤茶色のレンガで、イートという飲食店があります。そこが私たちの家です」
私の返答にヴォルティスさんはありがとうと伝えると、屈んでいた姿勢を正し兜を被りなおす。
「ヴォルティスさん!あの…私お義母さん達のお手伝いしているんですが、開店中は凄く忙しくて、来ていただいても…その…」
ヴォルティスさんは詫びにくるといったが、イートはお店だ。
営業中はお客さんの対応にかかりきりになる。
御飯時なんて目が回る忙しさだ。
しかも、いきなり騎士が訪れることで、通常でも忙しいのに更に混乱を招く事態になるかもしれないのだ。
ちなみに話を楽しみたい常連客は、開店直後か閉店近くの閑散とまではいかないが、ピークを過ぎた時間帯にくる。
何がいいたいのかというと、ヴォルティスさんが例え鎧を脱いでお客さんを名目に尋ねて来店しても、相手をできる余裕がないということだ。
それをどう伝えようかと言葉を選んでいると、察してくれたのかヴォルティスさんが被りなおそうとしている手を止め、再度片膝をつく。
「では、騎士寮に招待してもいいだろうか?アレンさえよければ、明日の日没後、ご両親へ事情を説明しに伺いたい」
日没といえば閉店後の片づけを終えている頃だ。
事前に話しておけば、食事中に来客ということはないし、少し急げば食事だって終えている頃だろうと考え頷きかけるが、ピタっと止まる。
「今2期ですよ?日没後は真っ暗で…危ないと思いますが…」
「問題ない。日没後も私たちは巡回している。慣れたものだよ」
「あ……」
ヴォルティスさんの言葉にお義母さんが説明してくれたことを思い出した私は頷いた。
「今日帰ったらお義母さん達に話しますので、それでお願いします」
「ありがとう。アレン」
では明日。といって去って行ったヴォルティスさんにお辞儀をしながら見送る。
「はあ~…」
両手を地面につけて大きくため息をつくレインは、若干疲れてそうだったが、それでも口元がニヤニヤとしていた。
気の所為か微妙に瞳が輝いているようにも見える。
「大丈夫?」
「ああ……、それにしても第二騎士団長なんて噂には聞いてたけど、初めて見たぜ…」
「噂?」
さっきとは逆に私がレインに手を差し出して、立ち上がらせる。
「そう。ヴォルティス・フォンティーヌ団長は王都内にいるようなスゲー貴族で、あ、今第二騎士団だからこの町に配属されてんだけどな。
性格も物凄い真面目で、貴族なのに全然威張ってなくて、寧ろ国は国民があってこそって考えの人だから、平民の俺たちから凄い支持されててさ、しかも実力もかなりあるんだぜ!。
ほら、王都で見習いによる闘技会で認められたら、五年見習いをやらなくても騎士になれるって教えたろ?
その闘技会で早々に騎士になった実力の持ち主なんだよ!
その後も、騎士団ってのは貴族とか関係ない実力主義なのにすぐ昇級して、20代前半で第二騎士団の団長に選ばれたぐらい凄い人なんだ!!」
すげーよなと目を輝かせながらヴォルティスさんのことを教えてくれるレインは、誰が見てもヴォルティスさんに憧れてるんだなと分かるほどだった。
さっきの私が感じたレインへの威圧感…みたいなものは気の所為だったのかなと思い直す。
「それにしても、ぶつかっただけで詫びがしたいって、噂以上に真面目な人なんだな」
「だね」
怪我もしてないし、寧ろ前方不注意だった私に非があるのに。
(強引な人なのかもって思って悪かったな…)
ヴォルティスさんがどういう人かを知らなかったにしても、今のレインの話を聞いて罪悪感を感じてしまう。
レインの言う通りな人なら、先程のヴォルティスさんとのやり取りも不思議に感じない。
(真面目だからこそお詫びしたいと思っただろうし…)
それにそんなに評判のいい人ならお義母さん達に話しても、問題なさそうだ。と頷いていると、ぎゅうと手を握られる。
「それより、早く母さんへのプレゼント選びに行こうぜ」
少し頬を赤くしながらニカっとお義父さんみたいに笑うレインに、私も手を握り返した。
「うん!」
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