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10.忘れ形見(視点変更有)

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涙を流す王に私は戸惑い、助けを求めるように周りを見渡した。
このような王の姿を一度目の人生でも見たことが無かったのだ。
慌ててしまうのも無理はないだろう。
そして、周りの者が我に返った頃、バタンと何かが倒れる音が謁見の間に響き渡った。

「へ、陛下!?」

わらわらと倒れた王に周りにいた者たちが群がった。
一番早くに駆け付けたのは、私の前方に立っていたジョセフさんである。
ジョセフさんは床に倒れ伏せた王の体を起こし、表情を確認した。
そしてその瞬間誰もが安心したのだ。
スースーと気持ちよさそうな寝息を立て、心地よさそうに寝ていたからだ。

私は王に駆け寄ることはしなかったが、少し遠くから王を見ていた。

(いくら睡眠障害に悩まされていたと言っても、歌を聞いた瞬間倒れるように寝てしまわれるなんて………)

一度目の人生ではありえなかった王の状態に、胸がドクドクと大きくなる。

「癒しの神子、アリシア様。
陛下に癒しを与えていただき、誠に感謝申し上げます」

ジョセフさんは王を抱えたままの姿勢で深く頭を下げて礼を告げた。

「とんでもございません。
私の力が必要であれば、……いつでもお呼びください」

王城は嫌い。
王宮も嫌い。
私を騙して処刑した王も王妃も嫌い。

けれど、私は倒れる王を目にし、そのまま踵を返すことは出来なかった。

倒れるまで苦しまれていた王を見て見ぬ振りが出来なかった。

「本当にありがとうございます。
そしてお見送りが出来ず申し訳ございません」

王が倒れたことで、私を見送ることが出来なくなったジョセフさんは謝罪の言葉を口にした。
私は謝罪を受け入れて、そのまま一礼をした後謁見の間を出る。

(そういえば、ルーク王子いなかったな……)

出来れば姿を見たかったけれど、そういえば一度目の人生でルーク王子が生まれたのは私が九歳の時だったことを思い出す。
もっとも今も前回も、正確な私の年齢はわかっていないけれど。
でも九歳というのが正しければ、私はまだ九歳にはなっていないし、ルーク王子が生まれたときは国中がお祭り騒ぎだった。
いくらなんでも王子が生まれた情報を聞き漏らすことはないだろう。

つまりルーク王子はまだ生まれていないのだ。

癒しの神子として王の病気の改善の力になれたことを示したのだから、これからルーク王子が生まれた後も会う機会はあるだろう。

きっとそうだ、と私は王城を後にした。



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(視点変更)


「お前はどう思った?」

王城にある執務室。
眠りから覚めた王が口にした言葉に、一人の男が眉間にしわを作った。

「どうもこうも……、似すぎです」

瞳の色は違うが明るいまるで花びらのようなピンク色の髪の毛をした女性の周りに、花びらが舞う光景なんてまるであの方のようだと口にするジョセフに、王はふっと口元を緩めた。
正確にはアリシアの周りに舞ったのは花びらではないが、色づいた光の粒はまるで花びらが舞い落ちているかのような光景だった為、ジョセフの言葉も的を得ていると思ったのだろう。

「……俺が患っていた症状は、この国の危機を知らせるものだったんだ」

王の言葉に書面を割り振るジョセフの手が止まる。

「一体どういうことですか」

ジョセフの顔は困惑に満ちていた。
無理もない。国の危機と言われれば、他国の戦争が真っ先に思い浮かぶ。
だが他国とは友好関係を築いてきていると思っている為、その考えは違うのだろうと推測する。

第一この国の頂点である王の身に、何故国の危機が迫ると症状が現れるのか、そんな話初めて聞いたとジョセフは思ったし、実際王が患っていた頭痛と睡眠障害について、数々の優れた医師でさえも原因不明だと頭を悩ませていた。
この数年間、仕事面ではなく王がもたらした過酷な環境の中で耐えてきたジョセフや他の臣下たちは思うだろう。
解決策を知っていたのなら早く言ってくれと。

癒しの神子が表に出始めたのはここ最近の事であったが、約三年ほど前には神殿で保護されたと報告があったのだ。
きっと神殿側も応じてくれていただろう。
国の存亡に関わることならば、きっと。

「この国は神の恩恵を受けている」

「……他国に比べると我が国は気候も良く植物が育ちやすい。また自然災害など滅多に起こることはありませんからね」

「そうだ。それらは全て神の恩恵によるものだ。
だが、神の意志に反する行動をとると一瞬で崩れ去る」

「神の意志に反する…、ですか?」

王はゆっくりとした動作で座っていた椅子から立ち上がると、窓辺まで歩き空を見上げた。
雲一つない晴天だ。
きっと外に出れば心地よい日差しと風を堪能することができるだろう。

「この国には様々な神子が生まれる。
戦いの神子、予見の神子といったようにな。
その中でも一番大事に扱わなければならないのが神の愛し子の存在だ」

ジョセフの脳裏には、先日力を見せてくれたアリシアと、かつて王が愛したアリエルという女性の姿が思い浮かばされた。
花びらが舞い落ちる光景など、他の神子にはない現象だったのだ。

「愛し子とは……、もしかしてアリシア様のような方、…でしょうか?」

「そうだな」

「………もしかして、あの方も神子、だったのでしょうか?」

ジョセフがあの方と呼ぶ人物はただ一人。
王の愛した女性だ。
平民という身分であったため、別れを決め、そして王が手放した女性。

「恐らく……だがな」

一度王は花びらが舞う理由を尋ねたが、アリエルは決して教えてはくれなかった。
神子は神殿で保護されるという言葉が変な風に伝わっている為か、花びらの話になると別の話にそらされてしまっていたのだ。
だが十中八九あの花びらを生み出していたのはアリエルだろう。

だが、何故アリエルは言わなかったのか。
それは神子と発覚しても、権力は与えられないというのが理由の一つだろう。
愛し合っていた二人が身分の差で別れることになったのだ。
神子なのだと公言して、身分の問題が解消されるのであればアリエルだってきっとそうしたであろう。
だが神子だといわなかったのは、王、いや当時王子だった男との交際を認められることはないことと、そして神殿預かりになってしまうからだろう。
あれほどまでに自由が似合う女性はいないのだ。

だが、国の存亡に関わる程に重要な人物であれば、平民だったとしてもアリエルはなによりも大事にされていたはずなのだ。

「…………」

「アリエルの消息がおえなくなった頃、俺に頭痛と睡眠障害が現れるようになった。
これは神の愛し子であるアリエルに何かが起こったためと思われる。
そしてこの症状は治まらなかった。先日癒しの神子アリシアが現れるまでは」

「…状況はわかりました。
アリエル様が神子、それも神の愛し子であった事実。
そのアリエル様に何者かが手を出し、生存の危機に陥られてしまった。
そしてそれを伝えるかのように症状として陛下に現れたが、消息はいまだに不明。
長年にわたり続いていた症状をアリエル様の次の愛し子であるアリシア様が治してくださった。
……ですが何故陛下だけに症状が現れるのですか!?
普通に考えればあの方に手を出したもの達が見舞われるべきでしょう!?」

声を荒げるジョセフに、王は外へとむけていた視線を室内に、そしてジョセフへとむけた。

「王としての義務だろう」

「王としての義務?」

「そうだ。王位を継ぐ際、俺は神殿で儀式を受けた。
恐らくこの神殿での儀式によって、俺だけに症状が現れたのだろう。
元凶がいようとも関係ない。そう考えた方が自然だ」

王の言葉にジョセフは目を見張ったまま動かない。
王はふぅと小さく息を吐き出した。

「…何故、何故そんな平然としていられるのですか?
陛下はあの方を愛していたでしょう!?今までこの国のどこかで生きていると、あの方が幸せに暮らしているのならそれを守ろうと、王として励んできていたじゃないですか!?」

「平然でいられるわけがないだろう!?
王として父である前王から愛し子のことが書かれた書物を渡され、頭痛の原因が分かった俺はアリエルを探した!
だが見つからなかった!見つからないなら全ての国民が辛い思いをしないで済むよう奴隷制度を無くし、平民の教育水準を上げた!
この頭痛がアリエルの生存を教えてくれているのだと!だからこの頭痛がなくなる迄国を良くすれば、アリエルは幸せになれるんだと信じていたんだ!!!」

なのに…、と小さく呟かれた言葉にジョセフは胸が痛んだ。

王は座っていた椅子に崩れるように再び座り、片方の手で顔を覆った。

「…愛し子が現れるのは一人限り。
アリシアが現れた以上、アリエルはもうこの世にはいない…」

続けられた言葉に、もうジョセフは声をかけることが出来なくなった。
王になったその時に真実を知ることが出来る。
だがそれはあまりにも遅かった。
せめて王だけではなく全ての王族にも伝えられていれば、愛し子の存在をもっと早く知り、そして別れる事なんてなかった。
アリエルが死ぬことも回避できたかもしれないのだ。

静かな沈黙が室内を駆け巡る。
「……アリエル…」と小さく呟かれた言葉が、静まり返った室内に響くようだった。

「…陛下は今後どうなされるおつもりですか?」

ジョセフのその言葉に王は笑みを浮かべた。

幼い頃は遊び相手として側にいたジョセフは、この全く目が笑っていない口元だけを上げた自分の主の今後とる行動をとても理解していた。
理解していたつもりだ。
だからこそ、全身に鳥肌が生まれた。

やられたらやり返す。
それも相手が再起不能になるまで。

(…これは、嵐になりそうだな…)

だが、ジョセフもアリエルの踊りに癒しを貰った一人。
恋情はなくとも、恩を抱いていたことは事実である。
だからアリエルが死んだこと。そして王がここまで怒るというなら、死んだというよりは殺されたと考えたほうが正解だろうと認識した。

そうすると誰がと考えれば自然と絞られる。
アリエルは平民だ。
貴族として社交界に出ていたわけでもない為、貴族のように至る所に敵などいない。
となれば、怪しい人物は王が王子だった時、アリエルと会っていた時に候補として上げられていた婚約者候補の誰かだろう。
またそれが今の王妃であれば、少し面倒なことになりそうだと、ジョセフの目が遠くなったことを確認した王は、面白そうに笑った。

自分をよく知る相手に、詳細は伝えていないがこれから自分が何をしようとしているのかを理解しているだろう幼馴染に、王の気分が上がる。
だが、決して上がりきることはない。
自分の愛した女性と永遠に会えなくなったこと、そしてその女性の子供であろうアリシアの今までの境遇を考えれば、喜べる状態ではないからだ。

「…まずは、あの子を娘として受け入れる状態を作らなければならないな」




(視点変更終)
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