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第四十八話:梅雨の晴れ間
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「思ったのだが、禍ツ鬼第二鬼皇子の烏羽玉と葦原国現皇帝が血縁者だという証拠は、暴かれにくい〈器〉に隠されているのかもしれんな」
奎星楼の図書室に再び戻って来たわたしたちは、葦原国初代皇帝の直系子孫に関する噂や伝承などが書き記された書物を読み漁っていた。
「翠雨様の玉札の半分がその体内にあり、ご遺体を梓汐様が丁重に隠していたのと同じかもしれないってことですか?」
「ああ、そうだ。烏羽玉が持っているものはすべて〈写し〉で、印形も書状も本物は廃后の姫君の双子の兄弟姉妹がどうにかして隠し、子孫たちに守らせているのではないだろうか。そうでなければ、もうとっくに葦原国が烏羽玉に奪われていてもおかしくはないからな」
胡仙が記憶をたどって見つけた噂話によると、初代皇帝の皇女は、左大臣による暗殺が実行された夜、失われし言語〈桃華文字〉で書かれた書状と印形とともに、自分の子供たち二人を乳母に預けて国の外へと逃がしていたという。
その双子の片割れが烏羽玉と葦原国現皇帝の母親である廃后の姫君なのだ。
烏羽玉はまずは純血の人間である弟を皇帝にのし上げた。
それにはおそらく写しの書状と印形が使われたと思われる。
もし本物を持っているのなら、烏羽玉は自分が皇帝になったはずだからだ。
なぜそうしなかったかは竜胆を見ていればわかる。
禍ツ鬼はその強大な力故にわずかながら瘴気が漏れ出してしまうのだ。
それではすぐに〈人間〉ではないことがバレてしまう。でも、もし本物の書状があれば例え人間ではなくとも皇帝になることは可能だ。
正統なる血筋が証明できるのだから。
「なんとしても先に見つけ出さないとですね……。子孫の方々の身も心配です」
「廃后の姫君の片割れに関してはほとんど情報がないからのう。性別すらわかっておらぬ。そもそも、廃后の姫君の行方すらわからないのだからな」
「姫君の方は息子である烏羽玉が匿っているのかもしれませんね。禍ツ鬼の王が封印されて数千年……。著しく生命力が弱っていても不思議ではありません」
胡仙はその後も何度か記憶を巡ってくれたが、やはり当時の噂程度では真実の鍵にはならなかった。
「でもさぁ、どうして姫君の双子の片割れは自分の身分を主張しなかったんだろうね?」
「確かに……。それに、姫君を見つけ出してその当時の皇帝にあてがった人物も謎のままだな。その頃人間界に何の後ろ盾も持たない烏羽玉が、自分の母親を入内させることが出来るとは考えられないからな。ある程度の権力と富を持つ貴人でなければならない。まぁ、大方、姫君が廃后になったときにその人物は夜逃げするか処刑されただろうが……」
わたしは『処刑』という言葉に、あることを思いついた。
「もし処刑されているとすれば、地獄に記録があるはずですよね? きっと天津国へは行ってないでしょうから」
「……なるほど! それは気づかなかった。うむ。葦原国の地獄を統べる閻魔大王に聞いてみるのはありかもしれんな。あの方はすべての亡者を覚えておる。それに、葦原国の地獄は亡者の記録がしっかりしているからな。書庫や裁判記録にも手がかりがあるだろう」
「では、わたしは地獄に行ってまいります」
「もちろん、私も行く」
「では、二人とも一旦、葦原に帰らなくてはな。寂しくなるな……。妾はこちらで調べものを進めておこう」
「ありがとうございます。本当に、何から何まで……」
「何を言うか。助かったのは妾の方だ」
「地獄へ行った後、またこちらに報告に来ます」
「いや、今度は妾が葦原国に行くとしよう」
「嬉しいです。たくさんおもてなししますね」
「うむ。楽しみにしておるぞ」
わたしと竜胆は見送りに出てきてくれた胡仙やその弟子たちに後ろ髪をひかれつつ、空へと飛び立った。
行きと同じく十二時間後、わたしと竜胆は無事に葦原国上空へと戻って来た。
昨夜遅くに出たので、すでに太陽は昇りきり、昼時。
「火恋を呼びましょうか」
「そ、その前にご飯食べない? もう、へろへろだよ……」
「ああ……」
その時、タイミングよくわたしのお腹もぐぅっと鳴ったので、とりあえず近くの料理店へと入ることにした。
もちろん、竜胆には女性に変化してもらってから。
「……胸が重いわ。男の身体は楽だったから忘れてた」
「……嫌味ですか?」
「あ、ごめん翼禮」
わたしは自分の胸元をチラッと確認し、小さくため息をついた。
「翼禮も着替えてらっしゃいよ。旗袍のまんまじゃない」
「あ、それもそうですね」
わたしは空枝空間に入り、いつもの水干に素早く着替えて出た。
「それにしても……」
「暑いわねぇ。洋装にしない? 半そでのブラウスとか」
「竜胆はそうしてもいいですよ。でも、ご飯を食べた後に行くのは地獄です。もっと〈熱い〉ですし、人間用のブラウスだと燃えてなくなっちゃいますよ」
「……不便! なんて不便なの⁉」
「さぁ、ご飯を食べに行きますよ」
本格的な梅雨の合間に訪れた貴重な晴れ間ではあるが、湿気で汗がひかず、肌も空気もべたついている。
行き交う人々が身にまとう薫香の匂いが煩わしく感じる季節到来だ。
今日は熱々の物を食べる気にはなれない。
わたしと竜胆は導かれるように蕎麦屋へと入っていった。
奎星楼の図書室に再び戻って来たわたしたちは、葦原国初代皇帝の直系子孫に関する噂や伝承などが書き記された書物を読み漁っていた。
「翠雨様の玉札の半分がその体内にあり、ご遺体を梓汐様が丁重に隠していたのと同じかもしれないってことですか?」
「ああ、そうだ。烏羽玉が持っているものはすべて〈写し〉で、印形も書状も本物は廃后の姫君の双子の兄弟姉妹がどうにかして隠し、子孫たちに守らせているのではないだろうか。そうでなければ、もうとっくに葦原国が烏羽玉に奪われていてもおかしくはないからな」
胡仙が記憶をたどって見つけた噂話によると、初代皇帝の皇女は、左大臣による暗殺が実行された夜、失われし言語〈桃華文字〉で書かれた書状と印形とともに、自分の子供たち二人を乳母に預けて国の外へと逃がしていたという。
その双子の片割れが烏羽玉と葦原国現皇帝の母親である廃后の姫君なのだ。
烏羽玉はまずは純血の人間である弟を皇帝にのし上げた。
それにはおそらく写しの書状と印形が使われたと思われる。
もし本物を持っているのなら、烏羽玉は自分が皇帝になったはずだからだ。
なぜそうしなかったかは竜胆を見ていればわかる。
禍ツ鬼はその強大な力故にわずかながら瘴気が漏れ出してしまうのだ。
それではすぐに〈人間〉ではないことがバレてしまう。でも、もし本物の書状があれば例え人間ではなくとも皇帝になることは可能だ。
正統なる血筋が証明できるのだから。
「なんとしても先に見つけ出さないとですね……。子孫の方々の身も心配です」
「廃后の姫君の片割れに関してはほとんど情報がないからのう。性別すらわかっておらぬ。そもそも、廃后の姫君の行方すらわからないのだからな」
「姫君の方は息子である烏羽玉が匿っているのかもしれませんね。禍ツ鬼の王が封印されて数千年……。著しく生命力が弱っていても不思議ではありません」
胡仙はその後も何度か記憶を巡ってくれたが、やはり当時の噂程度では真実の鍵にはならなかった。
「でもさぁ、どうして姫君の双子の片割れは自分の身分を主張しなかったんだろうね?」
「確かに……。それに、姫君を見つけ出してその当時の皇帝にあてがった人物も謎のままだな。その頃人間界に何の後ろ盾も持たない烏羽玉が、自分の母親を入内させることが出来るとは考えられないからな。ある程度の権力と富を持つ貴人でなければならない。まぁ、大方、姫君が廃后になったときにその人物は夜逃げするか処刑されただろうが……」
わたしは『処刑』という言葉に、あることを思いついた。
「もし処刑されているとすれば、地獄に記録があるはずですよね? きっと天津国へは行ってないでしょうから」
「……なるほど! それは気づかなかった。うむ。葦原国の地獄を統べる閻魔大王に聞いてみるのはありかもしれんな。あの方はすべての亡者を覚えておる。それに、葦原国の地獄は亡者の記録がしっかりしているからな。書庫や裁判記録にも手がかりがあるだろう」
「では、わたしは地獄に行ってまいります」
「もちろん、私も行く」
「では、二人とも一旦、葦原に帰らなくてはな。寂しくなるな……。妾はこちらで調べものを進めておこう」
「ありがとうございます。本当に、何から何まで……」
「何を言うか。助かったのは妾の方だ」
「地獄へ行った後、またこちらに報告に来ます」
「いや、今度は妾が葦原国に行くとしよう」
「嬉しいです。たくさんおもてなししますね」
「うむ。楽しみにしておるぞ」
わたしと竜胆は見送りに出てきてくれた胡仙やその弟子たちに後ろ髪をひかれつつ、空へと飛び立った。
行きと同じく十二時間後、わたしと竜胆は無事に葦原国上空へと戻って来た。
昨夜遅くに出たので、すでに太陽は昇りきり、昼時。
「火恋を呼びましょうか」
「そ、その前にご飯食べない? もう、へろへろだよ……」
「ああ……」
その時、タイミングよくわたしのお腹もぐぅっと鳴ったので、とりあえず近くの料理店へと入ることにした。
もちろん、竜胆には女性に変化してもらってから。
「……胸が重いわ。男の身体は楽だったから忘れてた」
「……嫌味ですか?」
「あ、ごめん翼禮」
わたしは自分の胸元をチラッと確認し、小さくため息をついた。
「翼禮も着替えてらっしゃいよ。旗袍のまんまじゃない」
「あ、それもそうですね」
わたしは空枝空間に入り、いつもの水干に素早く着替えて出た。
「それにしても……」
「暑いわねぇ。洋装にしない? 半そでのブラウスとか」
「竜胆はそうしてもいいですよ。でも、ご飯を食べた後に行くのは地獄です。もっと〈熱い〉ですし、人間用のブラウスだと燃えてなくなっちゃいますよ」
「……不便! なんて不便なの⁉」
「さぁ、ご飯を食べに行きますよ」
本格的な梅雨の合間に訪れた貴重な晴れ間ではあるが、湿気で汗がひかず、肌も空気もべたついている。
行き交う人々が身にまとう薫香の匂いが煩わしく感じる季節到来だ。
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