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馬車から降りた私たちを待っていたのは、立派な貴族の屋敷だった。
さすが公爵家だけある。
私が昔住んでいた家よりも三倍は大きい。
「すっげ……うわっ……すげぇな……」
隣に立つジャンは神様でも見たかのように口をぽかんと開け、屋敷の大きさにただただ驚いていた。
用心のため連れてきたが、やはり間違いだっただろうか。
毎回こんな反応をされていては、面倒くさくてしょうがない。
「さあ行くよ」
クララの父親が歩き出すと、母親が後に続き、私とジャンもついていった。
ジャンは辺りをキョロキョロしながら歩いていたので、時々躓いていたが、周囲を見るのをやめなかった。
元貴族の私としてはそんなに驚きはしないが、ずっとあの街で生きてきたジャンには夢のような光景なのかもしれない。
私は呆れながらも、彼が躓きそうになった時は、声をかけてやることにした。
……応接間の扉が開かれ、中央に置いてあったソファーにクララの両親が腰かけた。
その向かいに私とジャンも座る。
「それで、なぜ私がクララの代わりにならないといけないのかしら?」
「おい、リリアン!敬語!敬語!」
ジャンの心配をよそに、クララの父親は淡々と告げる。
「昨夜、クララが死んだ。遺体が川で見つかったらしいから警察は自殺と判断した」
「……え?」
高慢ちきな彼女が死んだ?
殺しても死ななそうな感じなのに。
今度はクララの母が口を開く。
「私たちはたくさん泣いたわ。そしてある結論に行きついた。彼女ならまだ生きているってね」
母の目はどこかおぼろげで、現実を見ていないように感じられた。
彼女に賛同するように、父も頷く。
「クララから聞いていた君の存在を思い出してね。君がクララになればいいと思ったんだ」
「うっ……」
なんだか気味の悪い考え方に、背筋がぞっとした。
隣を見ると、あの馬鹿なジャンですらも小刻みに震えていた。
クララの父が前のめりになり、私に鋭い目を向ける。
「……クララになってくれるよね?」
次いで母も続く。
「なってくれるわよね?」
二人から恐怖の視線を浴びせられ、頷く以外の選択肢などなかった。
私がぎこちない笑顔で頷くと、二人は逆に屈託のない笑顔を浮かべた。
「よかった。これで全部解決だな」
「そうね。うふふふふっ」
「あ、はは……」
一緒になって笑ってみるが、心は穏やかではなかった。
どうやら娘の死に、この両親は狂ってしまったらしい。
クララはもういないのに、私を代わりにすることで、まだクララが生きていると思いたいのだ。
気の毒に思いそうになるも、寸での所で恐怖が勝った。
私は気づいたら立ち上がっていた。
「あ、あの……ちょっとつ、疲れたので……へ、部屋に行っていいですか?」
「ああいいとも。階段を上がったところにあるよ。扉に君の名前が彫られている。ジャン君はその隣の部屋を使いなさい」
「夕食は夜の七時よ。それまで部屋でトランプでもしていたら?ほら、あなた使用人たちとよくトランプして遊んでいたじゃない」
もう私はクララとして扱われるみたいだ。
異を示すのも恐ろしかったので、とりあえず頷いておく。
ジャンはガクガク震えて未だ立ち上がれないでいたので、肩をポンと軽く叩いてやる。
「ほらジャン、行くよ」
「あ……あ、あぁ……そうだね……はは」
ジャンはゆっくりと立ち上がった。
……クララの部屋に入ると、意外に片付けられていて驚いた。
あんな性格をしているのだから、もっとくちゃくちゃかと思ったのに。
とりあえずベッドに座ってみると、今まで自分がどれだけ粗悪なものを使っていたのかがよく分かった。
私と共に部屋に入ってきたジャンは、そうっと扉を閉めると、焦ったように早口で言った。
「リリアン!や、やばいよ!今すぐ逃げよう!危険だ!あいつら絶対……」
「大丈夫よジャン。私がクララとして生きている間は何もしてこないと思うわ」
「そんなの分からないじゃないか!クララが自殺したのだってきっとあの両親が関係しているに決まってる!」
「ふん……どうだか……」
クララの自殺の話を聞いた時、私の両親のことが思い出された。
二人は何もかも上手くいかず追い詰められて命を絶った。
幼い私を残し、自分勝手に消えたのだ。
思い出したくもない、最悪の記憶だった。
「とにかくあんな街で暮らすよりは、よっぽどいい暮らしができるじゃない。用心棒としてあなたをここに連れてきてあげたんだから感謝しなさいよ」
「うっ……でも……」
まだ四の五の言うジャンに、私はベッドから怒ったように立ち上がった。
「でもじゃない!あなただって貴族の暮らしに憧れていたじゃない!美味しいパンが食べたいんでしょ?なら大人しくしていなさい」
「……わ、分かったよ」
ジャンは納得していないようにそう言った。
さすが公爵家だけある。
私が昔住んでいた家よりも三倍は大きい。
「すっげ……うわっ……すげぇな……」
隣に立つジャンは神様でも見たかのように口をぽかんと開け、屋敷の大きさにただただ驚いていた。
用心のため連れてきたが、やはり間違いだっただろうか。
毎回こんな反応をされていては、面倒くさくてしょうがない。
「さあ行くよ」
クララの父親が歩き出すと、母親が後に続き、私とジャンもついていった。
ジャンは辺りをキョロキョロしながら歩いていたので、時々躓いていたが、周囲を見るのをやめなかった。
元貴族の私としてはそんなに驚きはしないが、ずっとあの街で生きてきたジャンには夢のような光景なのかもしれない。
私は呆れながらも、彼が躓きそうになった時は、声をかけてやることにした。
……応接間の扉が開かれ、中央に置いてあったソファーにクララの両親が腰かけた。
その向かいに私とジャンも座る。
「それで、なぜ私がクララの代わりにならないといけないのかしら?」
「おい、リリアン!敬語!敬語!」
ジャンの心配をよそに、クララの父親は淡々と告げる。
「昨夜、クララが死んだ。遺体が川で見つかったらしいから警察は自殺と判断した」
「……え?」
高慢ちきな彼女が死んだ?
殺しても死ななそうな感じなのに。
今度はクララの母が口を開く。
「私たちはたくさん泣いたわ。そしてある結論に行きついた。彼女ならまだ生きているってね」
母の目はどこかおぼろげで、現実を見ていないように感じられた。
彼女に賛同するように、父も頷く。
「クララから聞いていた君の存在を思い出してね。君がクララになればいいと思ったんだ」
「うっ……」
なんだか気味の悪い考え方に、背筋がぞっとした。
隣を見ると、あの馬鹿なジャンですらも小刻みに震えていた。
クララの父が前のめりになり、私に鋭い目を向ける。
「……クララになってくれるよね?」
次いで母も続く。
「なってくれるわよね?」
二人から恐怖の視線を浴びせられ、頷く以外の選択肢などなかった。
私がぎこちない笑顔で頷くと、二人は逆に屈託のない笑顔を浮かべた。
「よかった。これで全部解決だな」
「そうね。うふふふふっ」
「あ、はは……」
一緒になって笑ってみるが、心は穏やかではなかった。
どうやら娘の死に、この両親は狂ってしまったらしい。
クララはもういないのに、私を代わりにすることで、まだクララが生きていると思いたいのだ。
気の毒に思いそうになるも、寸での所で恐怖が勝った。
私は気づいたら立ち上がっていた。
「あ、あの……ちょっとつ、疲れたので……へ、部屋に行っていいですか?」
「ああいいとも。階段を上がったところにあるよ。扉に君の名前が彫られている。ジャン君はその隣の部屋を使いなさい」
「夕食は夜の七時よ。それまで部屋でトランプでもしていたら?ほら、あなた使用人たちとよくトランプして遊んでいたじゃない」
もう私はクララとして扱われるみたいだ。
異を示すのも恐ろしかったので、とりあえず頷いておく。
ジャンはガクガク震えて未だ立ち上がれないでいたので、肩をポンと軽く叩いてやる。
「ほらジャン、行くよ」
「あ……あ、あぁ……そうだね……はは」
ジャンはゆっくりと立ち上がった。
……クララの部屋に入ると、意外に片付けられていて驚いた。
あんな性格をしているのだから、もっとくちゃくちゃかと思ったのに。
とりあえずベッドに座ってみると、今まで自分がどれだけ粗悪なものを使っていたのかがよく分かった。
私と共に部屋に入ってきたジャンは、そうっと扉を閉めると、焦ったように早口で言った。
「リリアン!や、やばいよ!今すぐ逃げよう!危険だ!あいつら絶対……」
「大丈夫よジャン。私がクララとして生きている間は何もしてこないと思うわ」
「そんなの分からないじゃないか!クララが自殺したのだってきっとあの両親が関係しているに決まってる!」
「ふん……どうだか……」
クララの自殺の話を聞いた時、私の両親のことが思い出された。
二人は何もかも上手くいかず追い詰められて命を絶った。
幼い私を残し、自分勝手に消えたのだ。
思い出したくもない、最悪の記憶だった。
「とにかくあんな街で暮らすよりは、よっぽどいい暮らしができるじゃない。用心棒としてあなたをここに連れてきてあげたんだから感謝しなさいよ」
「うっ……でも……」
まだ四の五の言うジャンに、私はベッドから怒ったように立ち上がった。
「でもじゃない!あなただって貴族の暮らしに憧れていたじゃない!美味しいパンが食べたいんでしょ?なら大人しくしていなさい」
「……わ、分かったよ」
ジャンは納得していないようにそう言った。
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