離縁して幸せになります

杉本凪咲

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「散々な目にあったわね」

 馬車に乗り込んだ私は、つい愚痴を吐いてしまう。
 今まではこんなこと一度もなかったのに、ライネルの前だと少しだけ素直になってしまうみたいだ。
 向かいに座る彼は、どこか嬉しそうな笑みを浮べていた。

「君がそう言ってくれて嬉しいよ。だって僕も同じことを思っていたから」

「お二人とも、お気の毒でございました」

 と言ったのは、なぜか一緒に馬車に乗り込んできたロロン。
 ライネルの隣に彼は姿勢よく座っていた。

「ロロン。ライネルの付き添いは私だけでいいと言ったはずよ。どうしてあなたまでここにいるの?」

 ライネルの住んでいる宿まではここから一時間ほど。
 彼を送るために私はこの馬車に乗ったのだ。
 ロロンはメガネを指で押し上げながら、口を開いた。

「ライネル様は隣国の大事な王子です。護衛の兵は多い方がいい。エレーナ様も武術はいつくか習得しておられますが、それが役に立たなくなる時もあります」

「睡眠薬で眠らされるとか?」

「それもありましょう。しかし、私の予想ではもっと派手なことが起こるかと。確率は限りなく低いので、起こらないことを祈りますがね」

 釈然としない答えだが、それ以上は追及しないことにした。
 ロロンは昔から少し不思議な所があり、決して答えを言おうとしない癖がある。
 私を成長させるために黙っている場合もあると思うが、その理由は定かではない。
 真相を探ろうとしてたくさんの時間を無駄にしたこともあるので、この当たりが潮時だろう。

 馬車が動き出し、なだらかな道を進んでいく。
 私たちは楽しく会話をしながら、宿への道を進んでいた。
 ライネルとは来月にこの国を発ち、私は彼と結婚して隣国に住むことになっている。
 なので、この窓から見える見慣れた街並も、私を切ない気持ちにさせた。

「エレーナ様!!!」

 ロロンが突如大声を出し、緊張感が溢れた。
 しかし次の瞬間には視界が横になっていた。
 世界が傾き、やがて馬車が回転したのだと知る。

「エレーナ!!!」

 ライネルの声も聞こえた。
 私は絶叫すら上げられずに、体中を撃つ鈍い痛みに襲われ、舞い上がる土煙に視界を奪われた。

 まるで家が崩れたような轟音が両耳に鳴り響き、体の上に重たい何かがのしかかった。
 依然視界は晴れなかったが、気絶しそうな痛みの中、私は必死に考えていた。
 人と馬の叫ぶ声、横転した馬車、舞い上がる土煙、体中に走る鈍い痛み。

 あぁ……そうか。
 おそらく馬車は横に思い切り倒れ、衝撃で客室の木々が割れ、土煙が舞ったのだ。

「ごほっ! ごほっ……うぅっ……」

 暗闇の中を移動しているようだった。
 私は体にのしかかった木をどけて、匍匐前進でそこから抜け出した。
 土煙を抜け立ち上がろうとするが、足に力が入らなかった。
 自分が這い出てきた所を見ると、そこにはぐしゃぐしゃになった馬車の客室があった。
 馬も横に倒れていて、木の破片が突き刺さっていた。
 しかも馬車は二台あった。
 おそらく私たちの乗る馬車に、他の馬車が横から追突してきたのだろう。
 あまりにも酷い惨状に私が絶句していると、ふいに肩に手が置かれた。

「エレーナ!」

 振り返ると、そこにはライネルがいた。
 頭から血を流して、腹も切れていた。
 
「これは……一体……」

 彼も事態が呑み込めていないようで、茫然としていた。
 そんな私たちの隙を突くように、聞き馴染みのある甘ったるい声がした。

「あら、お姉ちゃん。大丈夫ぅ?」
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