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「これでどうでしょう? この一か月の負債表です」

 この家の負債を半分にするなど、私には朝飯前だった。
 詳細な内容が書かれた紙をベルマーレ夫妻に見せると、二人は口をぽかんと開けて驚きを露わにした。

「実家では、これ以上の業務を任されていましたので……」

「ウェンディ……君は一体……」

 公爵はまるで幽霊でも見るかのように私を見つめた。
 夫人も相変わらず信じられないといった顔をしている。

「私はただの貴族令嬢です。それ以上でも以下でもありません。しかし、唯一皆様と違う所があるとすれば、たくさん勉強をしてきたことです。ベルマーレ夫妻、私にこの家のことを任せて頂けますね?」

 私の淡々とした言葉に、二人は何度も頷いた。

 ……それから私はこの家の再建に尽力した。
 負債をとことん削り、新たに資産を生み出せるように様々な策を講じた。
 結果は日を追うごとに良くなっていき、三か月が経つ頃には、財政状況は黒字となっていた。

 しかしそれが一時の平穏であることを私は気づいていた。
 ベルマーレ夫妻は両手を上げて涙でも流す勢いで喜んでいたが、私にはそれが恐ろしいことに思えた。

「さて、どうするか……」

 私は頭を捻り考えたが、今の状況を安定的に続けていく策は思いつかなかった。
 いや、正確には思いついていた。
 しかしそれは、他人を信用していない私にとって、一番難しい方法であった。

 悩んでいる私を見て、公爵が言う。

「ウェンディ。何か悩んでいるならジャンに相談してみるといい。彼はまだ年若い青年だが、多くの人に好かれる才能を持っていて、色んな人の話を聞くのが好きだ。何かヒントをくれるかもしれない」

「ジャン……分かりました。試してみます」

 その数日後、私は自室にジャンを呼んだ。
 部屋に入るなり彼は遠慮なくベッドに腰かけると、立ったままの私を見上げる。

「ウェンディ。話ってなにかな? 僕に出来ることならなんでもするよ」

「そう……でも、あなたに頼る気はないの。基本的に他人は信用しないようにしているから。ただ……」

「ただ……?」

 私は思わず言葉を呑み込んでしまった。
 今まで誰かに頼ったことなんて一度たりともなかった。
 周りは悪い大人ばかりだったし、自分の力で生きていかないといけなかったから。
 助けなんて期待しても、裏切られるのが関の山だ。

 私のその深層を理解したように、ジャンはため息をついた。

「ウェンディ。君の実家のことは知っている……随分と酷い扱いを受けていたようだね。でも、どうか僕を……僕とベルマーレ夫妻を信じて欲しい」

「昔姉はそう言って、私に毒入りのカレーを食べさせたわ」

 ジャンが一瞬狼狽えるが、言葉を続ける。

「僕達はそんなことは決してしない。本当は心のどこかで分かっているんだろ? 僕達がそんな酷い人間じゃないことに。今まで君は安心した暮らしを送ることができた。その素晴らしさが分かっているだろう?」

「私は……」

 言いかけて言葉を止めた。
 確かに私は知っている、ベルマーレ夫妻の優しさを。
 彼らは私に心配をかけないようにと、私に隠れて家のことを話し合っていた。
 
「ウェンディ。ここに君を貶める人間はいない。命をかけて誓うよ。でも、どうしても不安ならいくらでも話を聞くし、組手の相手にでもなろう。君が僕達を信用してくれるまで、僕は全力を尽くす」

 ジャンの目は真剣そのものだった。
 嘘をついているようには決して見えない。
 その目を見ていると、急に色々なことがどうでもよくなってくる。
 私は無駄な警戒心とプライドを貼り過ぎていたのかもしれない。

「……私の相手は骨が折れるわよ?」

 微かに口角を上げると、ジャンは嬉しそうに頷いた。

「望むところさ」
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