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「ウェンディ様。ブラックという方が訪ねてきましたが、どうされますか? ウェンディ様のお父様だと言っておりますが……」

 あれから一年が経過したある日。
 使用人が私にそう告げた。
 
「……じゃあ応接間で待ってもらって。すぐに支度していくわ」

「かしこまりました」

 去っていく使用人の背中を見ながら、とうとうここにやってきたかと覚悟を決める。
 
 一年でこの家は没落貴族を脱出し、急成長を遂げた。
 現婚約者であるジャンの協力によって、多くの貴族とパイプを持つことができた私は、経営支援の事業を興し、見事それを成功させた。
 今では連日のように経営不振の貴族から立て直しを頼まれている。

 ……私が応接間に入ると、そこにはまるで浮浪者のような装いとなった父がいた。

「ウェンディ……久しぶりだなぁ……」

「ええ、お久しぶりです。お父様」

 慎重に父の向かいのソファに腰を下ろすと、父が口火を切った。

「お前がいなくなってから大変だったんだぞ。雇った使用人に訴えられ、家の評判はがた落ち。ティアナは王子と婚約破棄して、エルキーと一緒に姿を消した。金も無くなって、爵位も剥奪されて……今は……」

「もう結構です」

 家族が使用人から訴訟されたことは新聞を読んで知っていた。
 家族は自分たちに非はないと主張していたみたいだが、そんなのが通るはずもない。
 食事も睡眠も満足にできないほどに働かせるなんて、悪質にもほどがある。

「ウェンディ……戻ってこないか? もう一度やり直そう。もう一度家族になろう」

「いえ、なりませんけど」

 私が冷徹にそう言うと、父は顔を歪めた。
 
一体どこまでこの人は馬鹿なのだろう。
 あんなに私を道具みたいに扱っておいて、挙句に捨てて、それなのに自分が困った時は助けてもらおうとしている。
 
「お父様。私があなたの元に戻ることは決してありません。今はベルマーレ夫妻が私の新しい両親です。そして婚約者もいます。諦めてください」

「は?」

 父は立ち上がると、怒りの籠った瞳を私に向ける。
 身の危険を感じたので、私は手を二回叩いた。
 即座に応接間の扉が開き、兵士が数人入ってくる。

「この男を捕らえて下さい」

 兵士は素早い動きで父を拘束する。
 父は「離せ!」と声を荒げるが、屈強な兵士に敵うはずもない。
 結局抵抗することを諦め、その場に膝をついた。

「ウェンディ……ゆ、許さんぞ……実の父にこんな仕打ち……ぜ、絶対に許さん」

「それはこちらのセリフですよお父様」

 今までの辛かった記憶がふいに蘇る。
 まるで走馬灯のように一瞬で駆け巡るそれは、私に当時の悲しみと怒りを思い出させてくれた。

「私はあなたたちを絶対に許しません。たとえ私が死んでも、悪霊となって、あなたの来世の魂を呪います。そして永劫の苦しみと絶望を与えてあげます」

 うんと低い声でそう言うと、父は真っ青になり、「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
 それを見て少しだけ気が晴れた私は、ついでに母と姉のことを教えてあげることにした。

「そういえばお母様とお姉様ですが、半年前にここを訪ねてきましたよ。しかし二人とも金がないといって暴れ始めたので、捕らえました。お父様も同じ牢屋に入れてあげますね。ふふっ」

「そんな……」

「連れていって」

 私の声の後、父は兵士に連れられていった。
 最後まで何か叫んでいたが、私は一言も言葉を返さなかった。

 しかし父が見えなくなった後で、私は一言呟く。

「今までありがとうございました」

 家族には憎しみしかなかった。
 私を自分の利益のためだけに教育して、操り、奴隷のような生活をさせた。
 そして家を追放され、完全に恨みしかないはずだった。

 だが、今になって少しだけ楽しかった記憶が蘇る。
 私がまだ小さかった頃、大人でも解けないような難しい問題を解いた私の頭を、両親が撫でてくれた記憶。
 姉が泣きじゃくる私に、自分のケーキをこっそり半分分けてくれた記憶。

 それはたった一回しかなかった記憶だが、今になってなぜか思い出す。
 不幸なことがありすぎて忘れていたが、幸せだったことも僅かにあるのだ。
 だからこそ、家族を完全に憎むことはできないのだろう。

「ウェンディ、大丈夫だったかい?」

 婚約者となったジャンが応接間に入ってくる。
 彼は私の手を取ると、心配そうな目を向ける。

「ええ、大丈夫」

 私は頷いた。
 昔よりは上手くなった笑顔と共に。
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