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「妻を演じる……え?」

 意味の分からない言葉に、私はただただ困惑していた。
 顔合わせや結婚式の時は、アーサーはこんな風ではなかった。
 私に笑顔を向けて、結婚を待ち望んでいるように見えた。
 
 しかし、今の彼からはその感情が微塵も感じられなかった。
 まるで物を見るような冷たい視線を、妻である私に向けていた。

「ローラ。君は頭が良い人間なのだろう? なら僕の言ったことが分かるはずだ。僕は君に愛情を持ち込むつもりはない。ただ表面上妻として生活してくれれば……」

「ど、どうして!? どうしてそんなことを言うのです! 何か理由があるのですか!」

 こんなに声を張り上げたのは久しぶりだった。
 喉がチリチリと痛むが、構わなかった。
 アーサーは鼻で笑い、言葉を続けた。

「ふんっ……強いて言うなら、体裁かな。僕は公爵家として妻を選ぶ必要があった。ローラよりも位の高い女性はいたが、あえて君を選んだ。なぜだか分かるかい?」

「……」

 私は黙って首を横に振る。
 もうアーサーのことは何も分からなかった。
 彼はニヤリと笑うと、何かに陶酔したように言う。

「君が男爵令嬢だからだよ。公爵令息が身分の低い男爵令嬢を妻にしたなんて話……感動的で面白いじゃないか。おかげで僕の株は上がったし、狙い通りだよ」

「は……」

 今鏡が傍にあったなら、自分はどのくらい醜い顔をしているのだろう。
 気になってしまうほどに、私は自分の顔を歪めていた。
 
「だから愛のある結婚は諦めてくれ。別に浮気とかして大丈夫だからさ……話はこれでいいね、じゃあさっさと出て行って」

「っ!」

 返す言葉が見つからなかった。
 深い喪失感と共に、激しい怒りが心に湧いて出てきた。
 私は踵を返すと、部屋を飛び出した。

 足がとても重かったが、何とか自室に到着した。
 急いで中に入り、扉を乱暴に閉めた。
 体中が熱でもあるみたいに熱かった。

「どうして……」

 私はベッドに腰を下ろし、思い切り拳をベッドに叩きつけた。
 
「信じてたのに……アーサー様に憧れていたのに……」

 アーサーみたいな素敵な人と結婚したかった。
 そんな思いを抱えた私の縁談相手はなんてアーサー本人で、私は衝撃と共に、限りのない喜びを感じた。
 しかし現実は残酷だ。
 彼は私のことなんて愛していなくて、結婚も体裁を守るためにしたものだった。

「うっ……」

 ついに私は泣きだした。
 顔を手で覆って、ひっそりと。
 こんな時に限って、アーサーとの結婚式が思い出された。
 誓いのキスをした彼は、間違いなく太陽よりも眩しい笑みを浮べていた。
 
「くそっ……!」

 私は再びベッドを殴る。
 そんなことしても何かが変わるわけではないのに、自分を止められなかった。
 その後も何度も殴ったが、やがて私は疲れを感じ、横になった。
 
「もういい……」

 色んなことがどうでもよくなった。
 それと同時に瞼が重くなり、抗う気力も湧きおこらない。
 私は自然に任せ瞼を閉じると、そのまま深い眠りについた。

 ……私は全てに絶望した。
 そして男爵令嬢の私にはどうすることもできないのだと気づいた。 
 私が何か言葉を発した所で、それは公爵家のアーサーにからめとられ、ゆがめられる。
 アーサーは体裁を守るためなら何でもするだろう。

 結婚生活に諦めがつき、長い日々が過ぎた。
 気づけば結婚してから二年が過ぎていて、私はアーサーの言った通り、ただの飾りの妻となっていた。
 もうそれでいいのだと思った。
 考えることも、抵抗することも、涙を流すことにも疲れ果てていた。

 しかしそんな私に追い打ちをかけるように、仲良くしていた使用人が言う。

「ローラ様。先日アーサー様が他の女性と会っているところを目撃してしまいました」
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