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その3
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森を抜けていくと、そこには光り輝くピアノが置かれていた。たしか、グランドピアノとかいうバカでかいピアノだ。頭上には月が輝いていた。
歩はピアノのふたを開けると、銀に輝く鍵盤が現れた。試しに音を鳴らしてみると、ポロンという音色が静かな森に響いた。
「すごい……」
歩は椅子に座ると、見よう見まねで両手を動かしてみた。するとどうだろうか。ピアノの鍵盤を滑らかに、指が後から後から動いていくのだ。歩はその音がショパンの『雨だれ』であることに気付いた。
「僕、ピアノ弾いてる……」
音は後から後からあふれていく。歩の指は無意識に動き、そして音を奏でていくのだ。信じられなかった。初めてピアノに触ったのだ。弾けるはずなどなかった。
「僕、実は天才?」
一曲を弾き終えると、高揚感が抑えきれなかった。今度は『革命のエチュード』だ。
ダーン! 音が静まった森へ響く。そして滑らかな音色が後から溢れ、怒りや悲しみとなって音を走らせていく。
ここで歩は気付いた。自分が天才なのではない。ピアノが素晴らしいのだ。ピアノはきっと魔法のピアノだ。魔法のピアノは月が自分への願いに答えた結果、現れたに違いない。
興奮したまま、帰路に着くとこっそりと家の中へ入った。両親はもう眠っているのか、家は静かだ。自分の部屋へ戻ると、オーディオの音量を最小にしてCDをかけた。先ほど弾いていた曲が、古びたスピーカーから流れてくる。
試しに窓枠で指を動かしてみるものの、先ほどのようには動かなかった。
「やっぱり、あのピアノが魔法なんだ。すごいや……」
興奮も冷め止まぬまま、歩は眠りについていった。ショパンのアルバムを聴きながら――。
◇◇◇
今日の授業には、体育がある。憂鬱な気持ちで学校を目指し、歩は町のほうへ進んでいった。
体育では案の定、二人のペアを作り体操するようにと指示があった。皆が各々にペアを決めていく中で、はやり歩が一人残った。歩は一人で恰好だけの体操を始めた。クスクスという笑い声が聞こえだし、歩の中では『革命のエチュード』が暴発していた。
学校を終えると、歩はあの森へ入っていった。森は静かに草木を揺らすと、広がった草原が現れた。ピアノのあった場所だ。今はない。
「夢だったのかな」
歩はがっくりと肩を落とすと、トボトボと自宅へ向かったのだった。
家には誰もおらず、寂しげに『ノクターン 作品55の第1番』が流れていく。曲もタイトルももう覚えてしまった。
両親が帰宅し、夕飯を終え夜になると、再び月夜になった。歩はもう一度月へ祈りをささげた。しかし、月はうんともすんとも動かない。それどころか光も発しなかった。
「やっぱり夢だったのかな」
あの高揚感が忘れられなかった歩は次の日、意を決して音楽室へ向かった。誰もいない音楽室には、ピアノだけがある。シーンとした音楽室の外からは、放課後の部活動の音が聞こえていた。吹奏楽部でもあれば音楽室は使われていただろうが、あいにく歩の中学校に吹奏楽部はなかった。
ポロン。鍵盤の音が当たり前のように鳴った。しかし、指が軽やかに動くことはなかった。右手と左手が同時に動いてしまい、軽やかさのかの字もなかった。
「やっぱり、魔法のピアノじゃなきゃダメだ」
ショックを受けつつも、気分良く優雅に弾きたい欲求にかられた歩は、もう一度ピアノの鍵盤を押した。ポロンという音が鳴るが、それが何の音かすらわからない。
そもそも、譜面も読めない歩にとって、ピアノを弾くなどもってのほかだった。
歩はピアノのふたを開けると、銀に輝く鍵盤が現れた。試しに音を鳴らしてみると、ポロンという音色が静かな森に響いた。
「すごい……」
歩は椅子に座ると、見よう見まねで両手を動かしてみた。するとどうだろうか。ピアノの鍵盤を滑らかに、指が後から後から動いていくのだ。歩はその音がショパンの『雨だれ』であることに気付いた。
「僕、ピアノ弾いてる……」
音は後から後からあふれていく。歩の指は無意識に動き、そして音を奏でていくのだ。信じられなかった。初めてピアノに触ったのだ。弾けるはずなどなかった。
「僕、実は天才?」
一曲を弾き終えると、高揚感が抑えきれなかった。今度は『革命のエチュード』だ。
ダーン! 音が静まった森へ響く。そして滑らかな音色が後から溢れ、怒りや悲しみとなって音を走らせていく。
ここで歩は気付いた。自分が天才なのではない。ピアノが素晴らしいのだ。ピアノはきっと魔法のピアノだ。魔法のピアノは月が自分への願いに答えた結果、現れたに違いない。
興奮したまま、帰路に着くとこっそりと家の中へ入った。両親はもう眠っているのか、家は静かだ。自分の部屋へ戻ると、オーディオの音量を最小にしてCDをかけた。先ほど弾いていた曲が、古びたスピーカーから流れてくる。
試しに窓枠で指を動かしてみるものの、先ほどのようには動かなかった。
「やっぱり、あのピアノが魔法なんだ。すごいや……」
興奮も冷め止まぬまま、歩は眠りについていった。ショパンのアルバムを聴きながら――。
◇◇◇
今日の授業には、体育がある。憂鬱な気持ちで学校を目指し、歩は町のほうへ進んでいった。
体育では案の定、二人のペアを作り体操するようにと指示があった。皆が各々にペアを決めていく中で、はやり歩が一人残った。歩は一人で恰好だけの体操を始めた。クスクスという笑い声が聞こえだし、歩の中では『革命のエチュード』が暴発していた。
学校を終えると、歩はあの森へ入っていった。森は静かに草木を揺らすと、広がった草原が現れた。ピアノのあった場所だ。今はない。
「夢だったのかな」
歩はがっくりと肩を落とすと、トボトボと自宅へ向かったのだった。
家には誰もおらず、寂しげに『ノクターン 作品55の第1番』が流れていく。曲もタイトルももう覚えてしまった。
両親が帰宅し、夕飯を終え夜になると、再び月夜になった。歩はもう一度月へ祈りをささげた。しかし、月はうんともすんとも動かない。それどころか光も発しなかった。
「やっぱり夢だったのかな」
あの高揚感が忘れられなかった歩は次の日、意を決して音楽室へ向かった。誰もいない音楽室には、ピアノだけがある。シーンとした音楽室の外からは、放課後の部活動の音が聞こえていた。吹奏楽部でもあれば音楽室は使われていただろうが、あいにく歩の中学校に吹奏楽部はなかった。
ポロン。鍵盤の音が当たり前のように鳴った。しかし、指が軽やかに動くことはなかった。右手と左手が同時に動いてしまい、軽やかさのかの字もなかった。
「やっぱり、魔法のピアノじゃなきゃダメだ」
ショックを受けつつも、気分良く優雅に弾きたい欲求にかられた歩は、もう一度ピアノの鍵盤を押した。ポロンという音が鳴るが、それが何の音かすらわからない。
そもそも、譜面も読めない歩にとって、ピアノを弾くなどもってのほかだった。
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