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夜。いつものように比奈の部屋の縁側で、兄妹が並んで座って話をしていると、庭の植え込みが音を立てて揺れた。
「比奈! 下がれ!」
神流は庭に飛び降り、刀を抜いた。
「そこにいるのは誰だ! 今すぐ出てこねぇと、問答無用で叩き斬るぞ」
「ちょ、神流! 俺だって、俺! 黎明だよ!」
「はあ!? 黎明様!?」
声を上げて草陰から出てきたのは、黎明だった。彼は闇夜に紛れるためか、黒い着物を身に纏っていた。
「なんでここに……。さすがの家の場所は教えていませんよ?」
「番頭の見螺に聞いた。それより神流。昼間に、ここの結界、妖怪は入れないって言ってたよな?」
「えぇ。そう、です、が……っ!?」
言っているうちに真実に気づいた神流の目が、驚きで開かれていく。それに黎明が小さく頷いた。
「鬼という妖怪である俺が入れたということは、すべてのモノを弾く結界じゃねぇってことだ」
「だったら、今まで襲われなかったのは、偶然?」
黎明は頭や着物に付いた葉っぱを落としながら、立ち上がる。
「それか、弱い妖怪が入れない程度のってことだろ。鬼は妖怪の中でも最上級の妖力を持っているから、俺は入れたってわけ」
「そんな……」
ようやく妹が安全で安心できる暮らしを送れると思った矢先に、衝撃の事実を知り、神流は言葉を失う。
「あの、兄様?」
兄が侵入者と会話をしているのを見て、比奈は恐る恐ると縁側に出てきた。
「ああ、比奈。大丈夫。危険はない」
「兄様の、お知り合いの方、ですか?」
「あぁ、このお方は」
神流が黎明を紹介しようとすると、本人がぐいっと神流を押し退けて前に出る。
「俺は黎明。神流とは仕事仲間なんだ。俺のほうがちょっとだけ早くそこに在籍しているから、神流は敬語を使ってんだよ」
「そう、なのですか。お初に、お目にかかります。わたしは神流が妹、比奈と申します」
比奈は兄の同僚に会うのも、患者以外の異性と話すのも初めてだった。それでも戸惑いながらではあるが、黎明に名を名乗り、頭を下げた。
「よろしくな」
「黎明様!」
「うるさっ。神流、でかい声を出すなって。迷惑だろ」
「あなたが出させているんでしょうが!」
二人の軽快なやり取りに、比奈は口元を隠して笑う。
黎明は比奈に向き直ると、申し訳なさそうに、眉尻を下げた。
「こんな遅い時間に来てごめんな。神流からきみの話を聞いて、会ってみたいと思ったんだが、なにぶん時間が無くてだな」
「い、いえ。わたしも、朝から夕方まではその、患者さんの治療を、していますから」
「そっか」
そう言うと、黎明は腰に差していた愛刀、童子切を鞘ごと抜いて右手に持つ。そしてそれを縁側に置くと、遠慮もなく座り、比奈を見ながら、ぽんぽんと自分の隣を叩いて、座るように促す。
黎明の意図を察した比奈は、困惑した表情で兄に視線を送る。神流は刀を鞘に収め、妹に頷く。彼女は了解の意を示すと、
「失礼いたします」
と断って、黎明の隣に座った。神流も妹の隣に腰掛ける。
「比奈って、呼んでいいか?」
「はい。もちろんです」
「比奈の言う治療って、万物を癒す力を使ってってことか?」
黎明は回りくどい言い方はせず、率直に尋ねる。対する比奈も気分を害した様子もなく、頷いた。
「えぇ、そうです。兄様からお聞きになられたのですか?」
「それもあっけど、町で噂だからさ。なんでも癒してくれる力を持つ、美人な娘がいるってな。だが、所詮は噂なんてあてにならないな。きみは噂以上の美人さんだ」
「ありがとうございます。ですが世の中には、わたしよりもお美しい方が、たくさんおりますよ」
黎明の賛辞に、比奈は照れるどころか、さらりと受け流した。
黎明は今まで自分が接してきた家族以外の女とは違う反応を見せる彼女に、目を瞬かせる。
(美人だと言われていても、本人に自覚がないのか。嫌みがまったくねぇな)
「んっ、んん」
神流がわざとらしく咳払いをすると、黎明は苦笑し、本題に入ることにした。
「なぁ、比奈。きみは今の生活が、つらくないのか? 毎日毎日、患者は途切れることなく、来るんだろう?」
「そう、ですね」
黎明に言われ、比奈は考えるように、頬に手を添える。
「つらいと思うときは、正直あります。ですが、怪我や病を治してさしあげると、みなさん笑顔になってくださいますから。だからわたしは、頑張ることができるんです」
比奈は笑顔で言い切った。だが、黎明は感情が消えた瞳を、彼女に向ける。
「それ、本気で言ってるのか?」
「え?」
「きみのしていることは、自己犠牲だ。そのまま力を多用するのは、危険だぞ」
黎明の指摘に、比奈はぴくっと肩を震わせる。それは本人も自覚しているということ。
「比奈。やっぱり」
「兄様」
比奈は神流の言葉を遮った。兄の顔を見て彼女は弱々しいながらも、笑みを浮かべる。
「いいんです。黎明様のおっしゃる通りです。だけどそれは私が勝手にしていること。誰も、悪くない。母様も、父様も。もちろん、兄様も。誰も、悪くありません」
神流はたまらず、比奈を抱き締めた。
「比奈! 下がれ!」
神流は庭に飛び降り、刀を抜いた。
「そこにいるのは誰だ! 今すぐ出てこねぇと、問答無用で叩き斬るぞ」
「ちょ、神流! 俺だって、俺! 黎明だよ!」
「はあ!? 黎明様!?」
声を上げて草陰から出てきたのは、黎明だった。彼は闇夜に紛れるためか、黒い着物を身に纏っていた。
「なんでここに……。さすがの家の場所は教えていませんよ?」
「番頭の見螺に聞いた。それより神流。昼間に、ここの結界、妖怪は入れないって言ってたよな?」
「えぇ。そう、です、が……っ!?」
言っているうちに真実に気づいた神流の目が、驚きで開かれていく。それに黎明が小さく頷いた。
「鬼という妖怪である俺が入れたということは、すべてのモノを弾く結界じゃねぇってことだ」
「だったら、今まで襲われなかったのは、偶然?」
黎明は頭や着物に付いた葉っぱを落としながら、立ち上がる。
「それか、弱い妖怪が入れない程度のってことだろ。鬼は妖怪の中でも最上級の妖力を持っているから、俺は入れたってわけ」
「そんな……」
ようやく妹が安全で安心できる暮らしを送れると思った矢先に、衝撃の事実を知り、神流は言葉を失う。
「あの、兄様?」
兄が侵入者と会話をしているのを見て、比奈は恐る恐ると縁側に出てきた。
「ああ、比奈。大丈夫。危険はない」
「兄様の、お知り合いの方、ですか?」
「あぁ、このお方は」
神流が黎明を紹介しようとすると、本人がぐいっと神流を押し退けて前に出る。
「俺は黎明。神流とは仕事仲間なんだ。俺のほうがちょっとだけ早くそこに在籍しているから、神流は敬語を使ってんだよ」
「そう、なのですか。お初に、お目にかかります。わたしは神流が妹、比奈と申します」
比奈は兄の同僚に会うのも、患者以外の異性と話すのも初めてだった。それでも戸惑いながらではあるが、黎明に名を名乗り、頭を下げた。
「よろしくな」
「黎明様!」
「うるさっ。神流、でかい声を出すなって。迷惑だろ」
「あなたが出させているんでしょうが!」
二人の軽快なやり取りに、比奈は口元を隠して笑う。
黎明は比奈に向き直ると、申し訳なさそうに、眉尻を下げた。
「こんな遅い時間に来てごめんな。神流からきみの話を聞いて、会ってみたいと思ったんだが、なにぶん時間が無くてだな」
「い、いえ。わたしも、朝から夕方まではその、患者さんの治療を、していますから」
「そっか」
そう言うと、黎明は腰に差していた愛刀、童子切を鞘ごと抜いて右手に持つ。そしてそれを縁側に置くと、遠慮もなく座り、比奈を見ながら、ぽんぽんと自分の隣を叩いて、座るように促す。
黎明の意図を察した比奈は、困惑した表情で兄に視線を送る。神流は刀を鞘に収め、妹に頷く。彼女は了解の意を示すと、
「失礼いたします」
と断って、黎明の隣に座った。神流も妹の隣に腰掛ける。
「比奈って、呼んでいいか?」
「はい。もちろんです」
「比奈の言う治療って、万物を癒す力を使ってってことか?」
黎明は回りくどい言い方はせず、率直に尋ねる。対する比奈も気分を害した様子もなく、頷いた。
「えぇ、そうです。兄様からお聞きになられたのですか?」
「それもあっけど、町で噂だからさ。なんでも癒してくれる力を持つ、美人な娘がいるってな。だが、所詮は噂なんてあてにならないな。きみは噂以上の美人さんだ」
「ありがとうございます。ですが世の中には、わたしよりもお美しい方が、たくさんおりますよ」
黎明の賛辞に、比奈は照れるどころか、さらりと受け流した。
黎明は今まで自分が接してきた家族以外の女とは違う反応を見せる彼女に、目を瞬かせる。
(美人だと言われていても、本人に自覚がないのか。嫌みがまったくねぇな)
「んっ、んん」
神流がわざとらしく咳払いをすると、黎明は苦笑し、本題に入ることにした。
「なぁ、比奈。きみは今の生活が、つらくないのか? 毎日毎日、患者は途切れることなく、来るんだろう?」
「そう、ですね」
黎明に言われ、比奈は考えるように、頬に手を添える。
「つらいと思うときは、正直あります。ですが、怪我や病を治してさしあげると、みなさん笑顔になってくださいますから。だからわたしは、頑張ることができるんです」
比奈は笑顔で言い切った。だが、黎明は感情が消えた瞳を、彼女に向ける。
「それ、本気で言ってるのか?」
「え?」
「きみのしていることは、自己犠牲だ。そのまま力を多用するのは、危険だぞ」
黎明の指摘に、比奈はぴくっと肩を震わせる。それは本人も自覚しているということ。
「比奈。やっぱり」
「兄様」
比奈は神流の言葉を遮った。兄の顔を見て彼女は弱々しいながらも、笑みを浮かべる。
「いいんです。黎明様のおっしゃる通りです。だけどそれは私が勝手にしていること。誰も、悪くない。母様も、父様も。もちろん、兄様も。誰も、悪くありません」
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