悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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領地編

7 悪役令嬢の手本を見せてあげましょう

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 何気ない話をしながら大通りを歩いていると、前方から二人の青年が歩いてくるのが見えた。服装から一目で貴族だと分かる。

(お忍びの割には、ずいぶん品がないわね)

 貴族が視察ではなくお忍びで市街に出るときは、華美な装飾が着いた服は着ないのが暗黙のルールだ。それでも気づく人は気づくが、下手に威圧感を与えたくない。
 だが、時折自分の権威を見せつけるために、無駄に煌びやかな服を着る馬鹿もいるのだ。目の前の二人みたいに。
 将来社交界で会ったら気を付けようとしっかり二人の顔を見ていると、二人もこちらに顔を向けた。
 そして何やら面白そうに二人で言葉を交わしてから、こちらに向かって歩いてくる。

(え、内心馬鹿にしたのが顔に出てたかしら)

 相手の爵位が伯爵以下なら祖父の名を使って黙らせることができるが、上なら耐えるしかなくなる。

(なんで伯爵なんていう中途半端な位なのよ)

 心の中で悪態をつきつつ威嚇ともとれる笑顔を顔に張り付けるが、彼らと視線が合うことはなかった。

「そこにいるのはラウル・ゴードン殿じゃありませんか」
「奇遇ですね。まさかこんなところにいらっしゃるとは」

 芝居がかった口調に品のない笑い方。それだけで減点な上に、相手はラウルのようだ。

「これは……貴族のお二方がこのようなところでどうされたんですか」

 どうも相手はラウルが貴族だった時の知り合いのようだ。ラウルは丁寧に返しているが、見ているエリーナはハラハラしてしまう。

「いや、懐かしい顔を見たからね。おっと、今はただのラウルだったか」
「伯爵家も落ちぶれたものですな。昔は俺たちを子爵と下に見ていたくせに」

 わざとらしく二人は笑い、ラウルは聞き流して耐えている。

「なんでも国の金を横領したとか」
「王に不敬を働いたとか」
「貴族としての誇りに欠ける家は、取りつぶされるのが当然さ」

 ラウルが黙っているのをいいことに、二人は好き勝手に悪口を言っている。
 貴族としての誇りがないのは、むしろこの二人だ。徐々にエリーナの中で怒りが溜まっていく。

 だが、冷静な自分が頭の中で計算をする。悪役令嬢としては、ここでラウルを軽蔑したほうがいいのかもしれない。
 家が訳アリだということで気位の高い令嬢は軽蔑し、その後冷遇するようになる。やがて家庭教師をやめてしまい、その後ヒロインと出会う……みたいなストーリーかもしれないからだ。

「それで、今は子守でもしてるのかい? こんなのが世話役じゃ、子どもも可哀そうだな」

 どうするか迷っていたら、こっちにまで飛び火してきた。ひとまず、何言ってるのか分からないけど、お兄さんたち怖~いという目を向けておいた。
 地味に効いたのか、二人が短く呻く。

「どうせ薄汚い貴族落ちに相応しい家なんだろう」
「次はそこの家の金でも狙っているんじゃないのか?」

 一瞬怯んだのを隠そうとしてか、早口になっていた。

(とんだ三流ね)

 さすがに作り笑いも限界で、頬が引きつってきた。ストーリー的には、この二人に同調するのがいいかもしれないが、それよりもその下手な悪役っぷりが許せない。

(そんな薄っぺらい小物感出して……悪役なめてるの!?)

 ここは悪役の先輩としてよいお手本を見せなくてはと、エリーの心に火が灯ってしまった。すっと気持ちを切り替え、目を細める。

「あら、わたくしの家に何かご不満でも?」

 冷ややかな声をかければ、二人はこちらを見下ろしてきた。

「庶民が気安く貴族に声をかけないでくれるかい?」

(相手が誰かも知らずに喧嘩を売るなんて、正真正銘の馬鹿ね)

 二人に馬鹿の烙印を押し、にこやかな笑顔の下に侮蔑を隠す。悪役令嬢たるもの、気品を持って毒針を刺さなければならないのだ。

「申し遅れましたが、わたくしエリーナ・ローゼンディアナと申します。この度は我が領地にいらしてくれて感謝いたしますわ」

 ワンピースの裾をつまんで、正式な礼を取れば馬鹿な二人がたじろぐ。こんな奴に正式な礼なんてもったいないが、威圧だ。

「まさか、ローゼンディアナ伯の……?」

 二人の顔は青ざめ、後退りながらエリーナとラウルを交互に見ている。その変わりように少し溜飲が下がるが、ここで許すつもりはない。

「先ほどからずいぶんと低俗なお言葉をお使いになるのね。わたくしの耳では理解できませんでしたわ」
「いや、あれは……」
「それと先ほどからずいぶんラウルに執着しているようですけど、彼はもうわたくしのものなので手を出さないでくれるかしら。頭のいいお兄さん方なら、これがどういうことかお分かりになりますよね。わたくしの言葉が理解できないとおっしゃるなら、ご当主様に一筆したためようかと思いますわ」

 私のもの、つまりはローゼンディアナ家のものだと暗に仄めかす。
 そして背筋が凍るような微笑。背がもっと高ければ、胸を張り斜に構えて威圧できたのにと、少し悔しく思う。そこに扇子があれば完璧だ。

「は、はい。もちろんです!」

「し、失礼しました!」

 二人は可哀そうなぐらい顔を青くして、何度も頭を下げながら去って行った。

(悪役令嬢のプロにかかれば、あんな小物鼻にもかからないわ!)

 ドヤ顔で先生を見上げると、彼は苦笑いを浮かべていた。

「エリー様……悪役令嬢に憧れるのもほどほどにしてくださいね」

 さすがにあの完璧な悪役令嬢を見せられては、エリーナがロマンス小説を買い漁った理由に辿り着いたらしい。

「おほほ。なんのことかしら」

 ここはわざとらしく、悪役笑いをしておく。この年なら子どもの遊びで済ませるだろう。

「でも、さっきの言葉、嬉しかったです」

 そう言って彼はエリーナの前で膝をついた。その右手を取って、甘い微笑を浮かべる。

「エリー様。私は一生、あなたのものですよ」

 それを聞いた途端、エリーナの心臓は跳ね上がって思わず飛びのいてしまった。令嬢にあるまじき失態だ。

「ラ、ラウル先生! そういうのは、未来のいい人にしてください!」

「その時は、エリー様にお伺いを立てにこなくてはいけませんね。私はエリー様のものですから」

 彼は微笑を浮かべたまま立ち上がった。

「先生って、案外根に持つんですね」

 そんなに私のもの発言が気に入らなかったのかしらと、エリーナが少しむくれていると、彼はすっと手をさし伸ばした。

「さぁ、お屋敷に帰りましょう。早く本が読みたいんでしょう?」

「えぇ、もちろんよ!」

 エリーナはその手を取り、屋敷へと続く道を戻る。馬に揺られれば、うつらうつらと眠たくなってきた。はしゃぎすぎて疲れたのか。不覚にもラウルの腕の中でぐっすり寝てしまったのだった。
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