悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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領地編

11 新しい家族と話しましょう

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 エリーナとラウルが庭園でお茶を楽しんでいると、エルディに連れられてクリスがやって来た。遠慮がちな笑みを浮かべて、一緒に座ってもよいかと尋ねてくる。二人に断る理由もなく、三人でお茶を飲みながら談笑することになったのだ。

 とはいっても、早々に計画を狂わされているエリーナは、どう話をすればつかめずにおり、この時ばかりは年長者のラウルが心強い。

「クリス様は、ディバルト様の縁戚だそうですね。領はどちらですか?」

「グランバルト領です。父は子爵で領地がそこにあるので」

 弱小貴族ですから領地はほんの一部なんですけどねと、クリスは苦笑する。

「それはずいぶんと遠いですね」

 グランバルト領は王国の西にあり、アスタリア王国と接している領地だ。穀物の実りが豊かで、絹織物が有名である。王都がやや東よりであり、間には険しい山々が聳えたっているため、馬車でも一週間はかかる。

「はい。領の特産品を持ってきたので、後で召し上がってください」

 クリスの表情を伺っていると、パチリと目が合い微笑まれた。ぐっと覚悟を決めて口を開く。

「あの、クリスと呼んでも?」

「もちろん。エリーと呼んでもいい?」

 紅茶を片手に微笑むクリスは、全身からキラキラしたものが溢れている。紅茶を飲むしぐさも優美で、社交界に出れば女性に囲まれていそうだ。

(わぁ……これは攻略キャラ確実ね。義理の妹が悪役令嬢というのも、あるわね)

 現在攻略キャラ候補は、ラウルにクリス。エリーナは二人を視界に入れ、絵になるわと紅茶をすする。ヒロインが誰を選ぶのかは分からないが、エリーナに関わりが深い二人を取られれば、なるほど、意地悪するのもわかる。

「失礼でなければ、お尋ねしたいのですが」

「なんですか?」

 そうラウルが前置きしてから、クリスの顔を見て訊いた。

「赤色の髪と金色の目は、この国では珍しいと思いまして」

 エリーナはラウルと一緒に何度か街に出ているが、その髪色と瞳をしている人は見たことがなかった。クリスの髪は暗めの赤色で、光を受けると透けて明るく見える。
 そう言いにくそうに口にしたラウルに対し、クリスはあぁと自分の髪を横目で見て事もなげに返す。

「母がアスタリア王国の出身なんです。上二人は父の血が濃く出たんですが、私は母似なんです」

 そういうことかと、エリーナとラウルは納得する。国境付近の領地では、国を跨いだ結婚も珍しくはない。王都に住む貴族の間でも、友好国の貴族と婚姻を結び、家の繋がりを強固にすることは昔から行われてきた。
 そして、クリスは子爵家の三男であり、位の低い貴族の次男や三男が高位の家の養子に迎え入れられることはよくあることだ。

「その髪色と瞳はすてきだわ」

 さぞスチル映えするだろうと思いながら、お菓子に手を伸ばす。

「エリーも、話に聞いていた以上に可愛くて、驚いたよ。この庭園のどんな花より、エリーが可憐で美しい」

(きゃぁぁぁ! 怖い! さらっと恥ずかしいセリフが言える攻略キャラ怖いわ! そういうのは、ヒロインに言ってあげて!)

 笑顔から放たれる光が三割増しになり、言葉の破壊力にお菓子が指先から落ちる。ジャムをたっぷりぬったスコーンが、ぽとりとドレスの上に……。

「きゃぁ、ジャムがドレスに!」

「お嬢様、着替えますよ」

 サリーがすっと近寄り、応急処置とジャムを布でとる。ブルーベリージャムは急いで染み抜きをしないと、色が残ってしまうだろう。

「クリス、ラウル先生。少し中座いたしますわ」

 ぺこりと頭を下げ、サリーとともに屋敷の中へ入る。それをクリスとラウルは気にしないでと、穏やかな表情で見送った。エリーナが視界から消えると、すっと真顔になって、両者の視線が絡み合う。

「クリス様……エリー様を困らせるようなことは、お控えください。そもそも、私は貴方を信用していませんので。エリー様の害になると判断すれば、排除にかかります」

 先ほどとは打って変わって、冷ややかな声を出すラウル。その瞳には冷徹な光があり、優しい好青年は姿を消していた。

「ラウル先生こそ、邪な目を妹に向けないでいただきたいですね。エリーは僕が、傍についていますから」

 ラウルの視線を正面から受け、堂々と僕がを強調して言い返す。子供らしからぬ敵をけん制する表情だ。

「やはり、エリー様目当てですか」

「まさか。兄ならば、妹を守るのは当然でしょう?」

「どこまでが本心やら」

「先生も、契約内容はご存知でしょう。ならば、そういうことです」

 ティーカップを持ち上げ肩をすくめるクリスに、ラウルは油断できないと警戒を強める。恩義あるローゼンディアナ家に突如現れた不穏分子であり、先ほどの一面を見れば怪しさしかない。
 そうやって二人が冷たい火花を飛ばし合っているとはつゆ知らず、戻って来たエリーナは楽しそうに談笑しているラウルとクリスの輪に戻る。

「おかえりエリー。ラウル先生はとても博識だね。アスタリア王国について、色々教えてもらってたんだ。僕は、あまり母方の国には行ったことがないから」

 新しいドレスに着替えたエリーナは、そうなのと、席に着く。サリーが新しくお茶を淹れてくれた。

「アスタリア王国は南北に長い国ですから、北には雪山が、南には砂漠があるそうです。美しい絹織物の、アスタリア織は社交界でも人気になっております」

「一度は行ってみたいわね」

 紅茶をすすりながら興味を示したエリーナに、クリスがパッと破顔する。花が咲いたように笑うクリスを見て、攻略対象は笑顔のレベルが違うなと少し引く。悪役令嬢の邪気を浄化されそうだ。

「ぜひ、一緒に行きましょう」

「えぇ」

 社交辞令のつもりだったが、思いのほか喜ばれて、エリーナは愛想笑いを浮かべる。
 そして楽しいティータイムが過ぎ、この日から食卓に一人増え、さらににぎやかになったのだった。
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