悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 16歳

21 社交界デビューをしましょう

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 今年も社交のシーズンが始まった。春のうららかな陽気が人々の心を和やかなものにする。夜会に茶会、貴族同士のおつきあい。優雅で豪奢な見た目に反し、令嬢たちは狩人となって互いに牽制をする。そこは乙女の戦場である。
 今まで悪役令嬢として数多くの社交界を渡り歩いたが、エリーナとしては今日がデビューとなる。初めての夜会はクリスが慎重に熟考し、長年ローゼンディアナ家と親交のある伯爵家のパーティーになった。ベロニカも出席するようで、知り合いがいるのは心強い。
 エスコートはもちろんクリスであり、この日のために新しいドレスが用意され、サリーたちの手によって入念に肌のお手入れをされた。夜会は楽しいが準備が大変だ。

 サリーたちに磨き上げられ、飾り付けられる。化粧を施され、ぱちりと目を開ければ鏡に映る可憐な少女。

「方向性違うわよ? 私はもっときつめの感じにしてって言ったわ」

「お嬢様に一番ふさわしい装いです」

 ドレスは淡い水色で腰から下にかけてゆるやかにフリルが波打ち、胸元はすっきりと張りのある丸みを強調させる。ネックレスは瞳の色と同じアメジスト。髪は結い上げられ、耳にも同じアメジストが光っている。全てクリスによるコーディネートだ。エリーナの悪役令嬢スタイルは一切認められなかった。
 鏡に映る自分を不満そうな顔で見ていると、クリスが部屋に入って来た。一目見るなり目を見開き、パッと破顔する。

「あぁ、エリー。かわいいよ……こんな天使を他の男に見せないといけないなんて、耐えられない」

「クリス、私はあの赤いドレスが着たいのよ」

 真紅のドレスは悪役令嬢の戦闘服だ。だがそれは新たに増設された衣裳部屋の奥に眠らされている。

「あれは家の中だけね。さぁ、行こうか」

 クリスの有無を言わせない笑顔に押し切られ、手を取られたエリーナはクリスに続いて歩き出す。夜会のある伯爵家までは馬車での移動だ。



 パーティー会場にはクリスにエスコートされて入った。扉が開けば音楽と人の声が押し寄せ、人の多さに圧倒される。無意識にクリスの腕を掴む手に力が入った。こちらにチラチラと視線が向けられている。

「エリー。僕が付いてるから大丈夫だよ」

 クリスに連れられ主催者である伯爵夫妻のもとへ挨拶に伺う。伯爵夫妻は何度かローゼンディアナ家を訪れており、エリーナも顔は知っていた。可愛く育ってと柔和な笑みを浮かべた夫人に褒められ、こそばゆい。簡単な言葉を交わしてから下がり、後は壁の花になりつつ攻略キャラとヒロインを見つける。それが今日のエリーナの計画だ。
 だがクリスがいる限り、一人になどさせてもらえるはずもなく……。

「やあ、ローゼンディアナ伯爵。そちらが例のご令嬢?」

「はい。僕のかわいい妹のエリーナです」

 と、親交のある貴族の方々に挨拶をし、紹介されていく。エリーナはその度に微笑を張り付け、ドレスをつまんで礼を返す。

「クリス。その子がかわいいエリーナちゃんか」

「エリーの名前を気安く口にするな」

「ほんとにかわいいね。クリスがメロメロになるのもわかるわ」

 クリスの学友がいたようで、気安く声をかけてきた彼は王都に店を構える商会を経営しているらしい。クリスが眉間に皺をよせて友人を睨んでいるのがおかしくて、エリーナは小さく笑っていた。
 彼はからかっていた口調を改めて、真面目な顔をエリーナに向ける。

「はじめまして。私はカイル・ドルトンと申します。王都でドルトン商会を営んでおり、クリス様にはひいきにしてもらっております」

 栗色のくせっ毛に、丸い目。猫のような印象を受ける彼は、人当たりのいい笑みを浮かべていた。お得意様のクリスにあれやこれやと無茶ぶりされては泣かされている。もちろん、エリーナへの贈り物がらみだ。

「まぁ。エリーナ・ローゼンディアナと申します。お兄様と仲がよろしいのですね」

 外ではクリスのことをお兄様と呼ぶことにしている。そのお兄様は仲がいいの言葉に苦虫をかみつぶしたような顔になっていた。

「腐れ縁なだけだ」

「ひどいなぁ。俺がエリーナちゃんへの貢物を……」

 クリスがすっと近づいたと思えば、カイルの言葉が止まった。
 後光が差し込むような笑顔のクリスは、カイルの足を踏みつけてその耳元で低く囁く。

「口の軽い商人は身を亡ぼすぞ」

 もちろんエリーナに足元を見せないよう、視線の誘導はしてある。

「申し訳ありませんクリス様……これからも誠心誠意働かせていただきます」

「よろしい」

「あーそうそう、弟も今年学園に入学したから会ったらよろしくね」

 クリスの足がどけられ、パッと距離を取ったカイルは軽く手を振って気安い口調に戻る。エリーナはどうしたのだろうと首をかしげたが、クリスが気にしなくていいよと傍に戻ってきて微笑んだ。

「そういえば弟がいたな。ミシェルだったっけ」

 何事もなかったかのように、クリスが話を進める。

「そう。手がかかる弟でさ、研究気質というか……今日もパーティー断って、部屋に籠ってなんか作ってるよ」

 カイルは兄の顔になって、困り顔で笑う。商人は人脈がそのまま金脈になるため、パーティーへの顔出しは必須なのだ。

「まぁ、エリーを困らせたら容赦しないって伝えておいて」

「エリーちゃんこそ、過保護なクリスに困ってない?」

「あ、過保護なんですね……」

 やはり過保護に見えるのかと今更ながら自分が置かれている状況を再認識するエリーナである。王都の一人歩きぐらい許してほしい。

「こんなに可愛くて天使なエリーを甘やかさなくてどうする」

「甘やかしてる自覚はあるのな」

 テンポよく言葉を交わす二人がおもしろく、エリーナは口に手を当てくすくすと笑う。同年代と軽口を叩きあうクリスを見るのは初めてで、なんだか新鮮な気持ちだった。
 その後カイルと別れ、クリスは手際よく料理とお菓子を取ってきてエリーナに手渡した。どれもエリーナの好みで、上品に頂きながら甘やかされているのを実感する。
 そして、クリスのもとに挨拶に来た人と話したり学園が同じ人に声をかけられたりと、歓談していると時間は過ぎ、管弦楽団の曲調が変わった。ダンスが始まったのである。
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