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学園編 16歳

54 強制イベントを回避しましょう

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 その日は休日で、ベロニカとエリーナは王都の書店巡りをしていた。月初めということで新刊が出ているのだ。ベロニカは噂を警戒しているようでいつもより護衛が一人多く、エリーナもクリスが雇った護衛を連れている。さすがに少し離れたところにいてもらっているが、物々しい雰囲気は免れない。

「本当に嫌になりますわ」

 書店をはしごする間、ベロニカは苛立ちを隠さずに毒づく。厳戒態勢が一週間以上続いており、さすがのベロニカも我慢の限界が近い。そのため今日は鬱憤晴らしのために、無理矢理外出許可をもぎ取ってきたのだ。

 この辺りは書店が立ち並んでおり、歩いて移動していた。すでに購入した本の山は護衛が持ってくれている。

「心中お察しいたしますわ。殿下はともかく、ベロニカ様までご不自由を強いられるなんて」

「早く残党が捕まるといいのだけど……今更出てくるなんて」

 公爵家が取りつぶされた内乱からは十七年が経過しており、皆平和が続くと疑っていなかった矢先に不穏な噂が流れ始めたのだ。

「誰かが襲われたとかはないのですよね」

「えぇ。王族とその関係者に危害を加えるという噂だけ……だから厄介なのよね」

 事件が起こればそこから痕跡を追うことができるが、噂だけでは雲を掴むような話だ。信憑性も疑わしいのに警戒しなくてはならず、神経をすり減らす日々が続いている。

「わたくしはベロニカ様さえ無事ならいいですわ」

 言外にジークはどうでもいいと込め、ベロニカの愚痴を聞きながら次の書店へ向かった。

 その二人の目の前を、目立つ銀髪が通り過ぎる。

「あら?」

「今の……」

 二人は顔を合わせ、その人物を視線で追う。彼は露店の雑貨をしげしげと見ており、一瞬目を疑った。

「ジーク!」

 ベロニカが血相を変えて叫び、エリーナも殿下と呼びかけそうになって慌てて口に手を当てる。こんな往来でその存在を明るみにしてはならない。

「ん? エリーナ! に……ベロニカか」

 パッと表情を明るくしたと思えば、隣に立つベロニカを見て一気にテンションがもとに戻った。渦中の人物が堂々と街におり、ベロニカは速足でジークとの距離を詰めると人気が少ない端まで引っ張っていく。周りに聞き耳を立てる人がいないのを確認すると、小声でまくし立てた。

「ジーク様! 今がどんな時かお分かりですか! 供も連れずにこんなところをフラフラと、どれだけ人に迷惑をかければ気がすむんですか!」

 また護衛をまいたんでしょうと目を三角にして怒るベロニカに、ジークはうんざりした顔で両手を挙げて待ってくれと主張する。エリーナは二人の顔を交互に見ながら、互いの主張を聞く。

「お前も分かるだろ? この二週間ずっと迷惑な噂のせいで城に籠りっぱなしなんだ。このままじゃ腐っちまう。それに一人じゃない。見えないけど周辺に二十人の兵士がいる」

 ベロニカはちらりと周辺に視線を飛ばし、物陰に護衛がいるのを確認した。確かに、二週間も城で大人しくしていれば外に出たくもなるだろう。現にベロニカもこうして外に出ている。気持ちはよくわかった。

「そうだとしても、変装もせずに、その身に何かあったらどうするんですか!」

 ジークの髪色は目立つ。王族とまでは思われずとも、それに近い貴族だと思われるはずだ。市井に銀髪の人などいないのだから。服装も貴族っぽい上質なものを着ていた。

「わざとだ。このままずっと城にいるなんて嫌だから、兵士を説得して囮になった。来るなら来いってんだ。返り討ちにしてやる」

 好戦的な目をしたジークの腰には剣がぶら下がっていた。エリーナは剣が使えるんだと物珍しそうに視線を向けたが、王子なら当然かと気づく。

「馬鹿! 近接ならそれでよくても、毒矢が飛んで来たらどうするのよ!」

 今いる場所はやや広い通りであり、左右は建物に挟まれている。上から狙いたい放題だ。そこまで考えていなかったのか、ジークは返答に詰まる。

「……すまない。それは考えてなかった」

「貴方の身に何かあってからでは遅いわ。今すぐ帰って」

 理路整然と言い負かされ、ジークはちらりとエリーナに視線を向けた。ちょっとばつが悪そうだ。

「わかったよ……襲ってくる馬鹿もいないし、エリーナに会えたし十分だ」

「噂に関しては我が公爵家も総力を挙げて調べているから、もう少し我慢してちょうだい」

「あぁ……ベロニカもエリーナも気をつけろよ……っ」

 大人しくジークが兵士たちのところへ戻ろうとした時、険しい表情で鋭い目を辺りに向けた。ジークの雰囲気が張り詰めたものになり、ベロニカとエリーナは身を寄せ合う。

 当たりの空気が一変していた。人の気配がなくなり、殺伐とした空気が流れている。

「ちっ……囲まれたか」

 ジークが剣を抜くと同時に、物陰から黒装束の男が十人飛び出して来た。顔も隠しており、目だけが出ている。その手には短刀を持ち、特殊な訓練を受けている者たちのようだ。ジークはエリーナとベロニカを守るように前に立ち、剣で相手を牽制する。護衛四人が駆け寄って王子の隣りに立ち、二人を守った。

(うそ! なんでイベントが起こるの!?)

 ジークとデートしていたわけではなく、ベロニカもいる。エリーナは状況が分からず、不安と恐怖で混乱していた。

「お前らが噂の正体か!」

 兵士たちに届くようジークは声を張り上げた。おそらく物陰で出てくるタイミングを計っているはずだ。

「ここで王子を殺して、俺たちの恨みを晴らすぞ!」

「こんな街の中に堂々と現れるとは、よほど自信があると見える」

「もちろん……おや、そちらのご令嬢方は」

 リーダーと思わしき男は殺気を放っており、エリーナたちに目を向けた。目が合った瞬間、ぞわっと鳥肌が立つ。そして男が動きを見せた瞬間、複数の足音が聞こえて男たちは辺りに視線を飛ばす。

「殿下! お下がりください!」

 兵士たちが駆け付け、三人の周りに壁を作る。エリーナは涙目になりながら、ベロニカの手をぎゅっと握った。黒装束の二人が動き、護衛に躍りかかる。護衛は二人で黒装束一人を相手にしていた。すぐに兵士たちとも交戦が始まり、高い金属音が鼓膜をつんざく。

(ベロニカ様だけは守らないと!)

 イベントの条件を満たしていないのに、イベントが起こってしまった。ならば、何かの要因でデッドエンドが起こる可能性もある。どちらが死ぬのかはわからないが、エリーナは必死に逃げようと辺りを見回す。

 そこに、近づいてくる人影があった。

「さぁ、お二人はこちらに!」

 若い兵士二人がエリーナとベロニカを誘導する。細い路地から大通りに逃がすつもりなのだ。これでこの場から逃げられると、エリーナはジークを一瞥してからそちらに駆けだした。ジークは大丈夫だと頷いて見送る。

「ベロニカ様、急いで」

 ジークを心配そうに見つめているベロニカの腕をひっぱり、路地へと引き込む。早くこの場から逃げたいと、本能が訴えている。それほど、あの黒装束は恐ろしかった。

「もう大丈夫ですよ」

 兵士たちは少し息が乱れている二人の傍に寄り、優し気な笑みを見せた。その表情に張り詰めていた気が少し緩む。

「私たちが安全な場所まで連れていってさしあげますから」

「エリーナ!」

 ベロニカの焦った声が聞こえたと思った瞬間、口に布が押し当てられる。薬品の匂いだと思うと同時に、エリーナはクラリと意識を失った。
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