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学園編 17歳

67 南の国の王女様を迎え入れましょう

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 初夏に差し掛かったころ、学園にある知らせが飛び込んできた。南の国、ニールゲル王国から第三王女が親善大使として交流に来るというものだ。第三王女は今年16歳であり、一部では婿探しも兼ねているのではと囁かれている。
 一か月の滞在で各地を視察し、学園で文化と学術交流を行うらしい。王宮でも盛大に歓迎の式典が行われる予定であり、王都では南の国の特産品が多く出回るそうだ。

 ベロニカも王族側として接待に駆り出されるらしく、面倒くさいと愚痴をこぼしていた。エリーナは大変ですねと他人事だったのだが、本日リズの話を聞いて気が遠くなった。

「イベントなの」

「はい。ジークルートで起こる王女噛ませ犬イベントです」

「不憫な感じしかしないわね」

 いつものように、放課後のサロンで話しているとその話になったのだ。また誘拐事件のような大きなイベントかと身構えただけに、拍子抜けだ。

「前のような身の危険があるものではないのですが……精神的に疲れます」

「聞きたくないけど、聞いておくわ。どんなイベントなの」

 半笑いのリズを見れば、そのイベントがどれだけ面倒なのか分かる。ベロニカはこれを予知していたのだろうか。

「イベント自体はシンプルで、視察に来た王女がジークに惚れて、ベタベタと誘惑するというだけです。ゲームではまだベロニカは婚約者ではないので、王女とベロニカはいがみあいながらも、それぞれがヒロインに嫌がらせを行います」

「今回ベロニカ様は外れるから、王女がひたすら殿下を誘惑してわたくしを苛めるのかしら」

 これは、ベロニカと協議して対策をする必要があるかもしれない。

(……場合によっては、ダブル悪役令嬢ができるかもしれないわ)

 ヒロインとしてどう振舞うかではなく、気づけば悪役令嬢としての立ち向かい方を考えていた。

「それはイベントが起きてみないとわかりません……なので、参考程度に思っておいてください」

「ふ~ん、ちなみにイベントの成功条件は何?」

「たしか……ジークに迫る王女に嫉妬して、独占欲を見せることです。そのことでジークとの親密度が最大になり、その後の攻略が有利になります。王女に遠慮すると親密度は上がらずベロニカが婚約者になった後の攻略が難しくなります」

 想像しただけでぞっとする。ありえない選択肢だ。

「無理ね。殿下には悪いけれど、生贄になってもらいましょう。わたくしは心労を抱えられるベロニカ様の手助けをするわ」

 そんな面倒な相手の世話係をさせられるベロニカは、完璧な笑顔の下で怒り狂うことが目に見えているからだ。なまじ相手が王女のため簡単に排除することもできない。

(あ……でも、くっつける可能性もあるかしら)

 二人が上手くいけば婚約解消が狙えるため、そう差し向けるかもしれない。

(イベントが始まったら、注意深く見ておきましょう)




 そしてあっという間に王女が来訪したという知らせが届き、王宮で謁見があった後各地の視察へと赴いたそうだ。これには王宮の文官が随行しており、ベロニカとジークは関わらないらしい。王都は歓迎ムードで、南の国の特産や特別メニューが軒を連ねている。クリスはココナッツを大量に購入して、カフェ・アークにココナッツプリンの開発を依頼していた。
 また、交流を記念して医師団が来訪しており、王宮前の広場で診察を格安で行っている。多くの町医者や王宮医師が賛同して最先端の医療を学びに足を運んでおり、大賑わいになっていた。

 そんな一週間が過ぎた時、王女は突然学園に姿を現したのである。

 昼休み、サロンでエリーナとベロニカがジークとルドルフを交えて談笑をしていると、廊下が騒がしくなってきたことに気づいた。サロンには他の学生もおり、何事だとざわつき始める。廊下に続くドアは開け放たれており、ざわめきは徐々に近づいてくる。

「何かあったのかしら」

 ベロニカが興味を示し、四人はドアへと視線を向ける。
 まず目に入って来たのは人だかりで、徐々に真ん中が開けていき壁に寄っていく。すると、学生が道を開けた後から一人の少女が入って来た。彼女は制服を着ておらず、ドレスなので目立つ。その隣には護衛の男性がおり、一分の隙もない気配を身に纏っていた。
 ジークとベロニカの声が重なり、驚いた表情で立ち上がる。

「王女殿下!?」

 続けてエリーナとルドルフも立つ。突然の王女来訪に学生たちは色めきだっていた。
 学園での世話役を仰せつかっているベロニカが咳払いをし、前に出て挨拶をする。

「シャーロット王女殿下、ようこそお越しくださいました。本日おいでになるとは存じ上げず、満足のいくおもてなしができぬ無礼をお許しください」

 ジークと同じ銀色の髪はくるりと肩のところでカールしており、すみれ色の瞳には絶対的な自信が潜んでいる。身長はベロニカより低く、豊満な胸がドレスによって強調されていた。

「こちらが突然来たのだもの、謝る必要はないわ。明日からお世話になるのだけど、少し早く王都に着いたから無理を言って見せてもらったの」

 コロコロと鈴が鳴るような可愛らしい声だ。初めて王女の声を聞いた学生たちは、「おぉ」と感嘆する。計算づくされた微笑みと立ち姿からは、王女としての気品が溢れていた。思ったよりまともな人だとエリーナが胸を撫でおろした時、王女は近づいて来たジークに視線を向けた。

「はじめまして、シャーロット姫。私は第一王子のジーク・フォン・ラルフレアだ。ちゃんと顔を合わすのは初めてだな」

 外交用のキラキラとした笑みはさすが王子であり、魅力的に見える。そしてその笑みを正面から受けたシャーロットは、ぼんっと一気に顔が赤くなりドギマギと落ち着かなくなった。恋に落ちた音がした。

(あら……殿下、王女を落としたわ。なんて早い)

 シャーロットは髪を整え、上ずった声で挨拶を返す。

「ご挨拶ありがとうございます。わたくしはシャーロット・アリア・ニールゲルです」

 緊張した面持ちでも、礼の作法は美しく王女の風格が伺えた。

「明日からよろしく」

「は、はい!」

 ぽうっと頬を染めてジークに熱い視線を送っている。
 エリーナはちらりとベロニカに視線を向ければ、和やかに微笑んでいるが口元が引くついていた。ベロニカもしっかりと面倒ごとの足音が聞こえたのだろう。


 不穏な気配をはらみつつ、王女噛ませ犬イベントが始まったのだった。
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