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学園編 17歳
87 王子様について話しましょう
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書斎の壁に立派な額縁に入ったエリーナの肖像画が飾られた翌日。放課後のサロンでは、期待に目を輝かせたリズが身を乗り出していた。
「あのかっこよさ、やばくないですか! さらっさらのオレンジの髪に、金色の瞳。一瞬女性にも見える中性的な美しさ、あれぞ美の化身ですよ!」
リズは廊下を歩くシルヴィオを偶然見かけたらしい。そして吸い込まれるように後をしばらく追ったそうだ。そんなことをして大丈夫なのかと思ったが、他にも多くの令嬢が遠巻きについて行っていたので、その中に紛れたそうだ。
「西の国の王宮に就職したいです」
そしてあっさりとシルヴィオの虜になっていた。ひとしきりシルヴィオの賞賛が終わったところで、
「イベントはどうですか」
とエリーナに話を向ける。その様子は餌を待つ子犬のようであり、エリーナは面倒だなと思いつつも話した。出会いの夜会から始まり、クリスと火花を散らした茶会、昨日の絵描きと立て続けに起こったイベントに、リズは興奮が止まらない。自分の知らないストーリーであり、見たかったと悔しそうにしている。
「それでそれで、エリーナ様はどうされるんですか?」
「どうって……どうもしないわよ。殿下も本気ではないし」
「え~。隠しキャラですよ? これからどんなイベントが起きるかワクワクするじゃないですか」
「しないわよ」
つれなく答えて紅茶をすするエリーナに、リズは不満そうに唇を尖らせる。
「じゃぁ、誰ならいいんですか?」
「え?」
「卒業式後に選ぶ人です。そろそろ候補ぐらいあるんじゃないんですか?」
そう言われて、エリーナは考え込む。エリーナだって少しずつ彼らと向き合い、自分の気持ちについて考えてきた。だが……
「まだ決めてないわ」
「……ほんと、エリーナ様は化石ですね」
遠慮のない言葉がエリーナの胸に突き刺さる。
「あのねぇ、私だってそれが分かれば苦労しないわよ」
本当に悩んでいるのが伝わったのか、リズは顎に手をやってう~んと唸った。そしてエリーナに視線を向けると、質問をぶつける。
「最近、男の人のしぐさにドキッとしたり、気恥ずかしくなったりしたことありますか」
そう問いかけられて、エリーナは記憶を辿るまでもなく思い当たるところがあった。
「シルヴィオ殿下の顔と言動は心臓に悪いわ」
あれは劇物だ。彼以外なら、ルドルフから頬に口づけされた時が当てはまる。
「ということは、センサーが死んでいるわけではないんですね」
リズはかなり失礼なことを口にしているが、エリーナは気にしない。彼女がただの友達ではなく、秘密を共有する親友だからだ。もちろんベロニカも悪役令嬢の師匠と仰ぐ親友である。
「じゃぁ、ふとした時にその人のことを考えたり、その人が他の女の人といると嫌な気持ちになったりはどうですか」
その辺りはミシェルやラウルが言っていたことに似ているなと思いつつも、エリーナは静かに首を横に振る。エリーナが常に考えているのは、悪役令嬢とロマンス小説、そしてプリンのことぐらいだ。
リズはそうですかと表情を翳らせ、じっとエリーナを正面から見つめ返した。まるで診察をし、その結果を告げる医者のようだ。
「エリーナ様。ヒロインレベルですが、やっとひよこになったくらいですね。相手の行為を感じ取って心を動かされているようですし、そういう点ではシルヴィオ殿下はいい薬になりますね」
「待って、私は病人なの?」
「物のたとえですってば。エリーナ様、恋っていいものなんですよ? その人が笑っているだけで幸せな気分になれるし、その人のためなら何だってできる気がします。新しい自分が見えてくるんですよ」
そうもじもじと気恥ずかしそうに話すリズにも、彼氏がいたらしい。
「私も彼氏に貢ぐためにバイトをしましたし、彼氏の笑顔が見れて声が聴けるだけで天に昇りそうになるんです」
ただし、その彼氏は画面から出てこない。エリーナはそれを知っているため、生ぬるい笑顔を浮かべて相槌を打っていた。下手に正論を唱えるとすさまじい勢いで反論されるのは経験済みだ。触らぬ神に祟り無し、触れぬ推しへの愛に争い無し。
「だから、いつかエリーナ様も気づきますよ。恋はいいものだって」
そしてリズはさらに歴代の彼氏について語り出し、この世界の攻略キャラたちについてもそのよさを語り始めた。それをエリーナは菩薩の微笑みで聞き流し、夕食のメニューに想いを馳せるのだった。
「あのかっこよさ、やばくないですか! さらっさらのオレンジの髪に、金色の瞳。一瞬女性にも見える中性的な美しさ、あれぞ美の化身ですよ!」
リズは廊下を歩くシルヴィオを偶然見かけたらしい。そして吸い込まれるように後をしばらく追ったそうだ。そんなことをして大丈夫なのかと思ったが、他にも多くの令嬢が遠巻きについて行っていたので、その中に紛れたそうだ。
「西の国の王宮に就職したいです」
そしてあっさりとシルヴィオの虜になっていた。ひとしきりシルヴィオの賞賛が終わったところで、
「イベントはどうですか」
とエリーナに話を向ける。その様子は餌を待つ子犬のようであり、エリーナは面倒だなと思いつつも話した。出会いの夜会から始まり、クリスと火花を散らした茶会、昨日の絵描きと立て続けに起こったイベントに、リズは興奮が止まらない。自分の知らないストーリーであり、見たかったと悔しそうにしている。
「それでそれで、エリーナ様はどうされるんですか?」
「どうって……どうもしないわよ。殿下も本気ではないし」
「え~。隠しキャラですよ? これからどんなイベントが起きるかワクワクするじゃないですか」
「しないわよ」
つれなく答えて紅茶をすするエリーナに、リズは不満そうに唇を尖らせる。
「じゃぁ、誰ならいいんですか?」
「え?」
「卒業式後に選ぶ人です。そろそろ候補ぐらいあるんじゃないんですか?」
そう言われて、エリーナは考え込む。エリーナだって少しずつ彼らと向き合い、自分の気持ちについて考えてきた。だが……
「まだ決めてないわ」
「……ほんと、エリーナ様は化石ですね」
遠慮のない言葉がエリーナの胸に突き刺さる。
「あのねぇ、私だってそれが分かれば苦労しないわよ」
本当に悩んでいるのが伝わったのか、リズは顎に手をやってう~んと唸った。そしてエリーナに視線を向けると、質問をぶつける。
「最近、男の人のしぐさにドキッとしたり、気恥ずかしくなったりしたことありますか」
そう問いかけられて、エリーナは記憶を辿るまでもなく思い当たるところがあった。
「シルヴィオ殿下の顔と言動は心臓に悪いわ」
あれは劇物だ。彼以外なら、ルドルフから頬に口づけされた時が当てはまる。
「ということは、センサーが死んでいるわけではないんですね」
リズはかなり失礼なことを口にしているが、エリーナは気にしない。彼女がただの友達ではなく、秘密を共有する親友だからだ。もちろんベロニカも悪役令嬢の師匠と仰ぐ親友である。
「じゃぁ、ふとした時にその人のことを考えたり、その人が他の女の人といると嫌な気持ちになったりはどうですか」
その辺りはミシェルやラウルが言っていたことに似ているなと思いつつも、エリーナは静かに首を横に振る。エリーナが常に考えているのは、悪役令嬢とロマンス小説、そしてプリンのことぐらいだ。
リズはそうですかと表情を翳らせ、じっとエリーナを正面から見つめ返した。まるで診察をし、その結果を告げる医者のようだ。
「エリーナ様。ヒロインレベルですが、やっとひよこになったくらいですね。相手の行為を感じ取って心を動かされているようですし、そういう点ではシルヴィオ殿下はいい薬になりますね」
「待って、私は病人なの?」
「物のたとえですってば。エリーナ様、恋っていいものなんですよ? その人が笑っているだけで幸せな気分になれるし、その人のためなら何だってできる気がします。新しい自分が見えてくるんですよ」
そうもじもじと気恥ずかしそうに話すリズにも、彼氏がいたらしい。
「私も彼氏に貢ぐためにバイトをしましたし、彼氏の笑顔が見れて声が聴けるだけで天に昇りそうになるんです」
ただし、その彼氏は画面から出てこない。エリーナはそれを知っているため、生ぬるい笑顔を浮かべて相槌を打っていた。下手に正論を唱えるとすさまじい勢いで反論されるのは経験済みだ。触らぬ神に祟り無し、触れぬ推しへの愛に争い無し。
「だから、いつかエリーナ様も気づきますよ。恋はいいものだって」
そしてリズはさらに歴代の彼氏について語り出し、この世界の攻略キャラたちについてもそのよさを語り始めた。それをエリーナは菩薩の微笑みで聞き流し、夕食のメニューに想いを馳せるのだった。
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