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学園編 17歳
90 お酒を飲んで本音を吐き出しましょう
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部屋に戻ったクリスはその後、身支度を整えると夕食はいらないと言い置いて屋敷を出た。この鬱屈とした気持ちをどうにかしなければ、エリーナの顔は見られなかったからだ。気の向くままに馬車に向かわせた場所はドルトン商会。そこで帳簿と睨めっこしていたカイルを拉致し、馴染みの酒場へと馬を走らせる。
カイルは「仕事がぁぁ!」と叫んでいたが、クリスは無視して窓の外を見ていた。
酒場と言っても大衆向けのところではなく、防音に優れた個室があるところだ。主に商談や貴族の密会に使われる部屋である。そこに入るなり、クリスは適当に酒を頼み椅子に腰かけた。ここまで連れて来られたらカイルは諦め顔で、仕方がないと向かいの席に着く。
「ひっどい顔をしているけど、何があったのさ」
カイルは常は丁寧な口調を使っているが、もともとクリスの同級であり二人っきりの時は砕けたものに戻る。
「少し苛立って……憂さ晴らしでもしなければ、エリーの顔が見られない」
「俺に八つ当たりすんのはやめてよ」
運ばれたワインが給仕によって注がれ、クリスは乾杯もせずに呷る。それを見たカイルは、今日は荒れるなと悟った。こうやって酒の席に連れて来られるのは初めてではない。
クリスは普段は品行方正で、非の打ち所がないお貴族様だ。頭もよく領地経営も商品開発でも素晴らしい手腕を見せている。だが、欠点を上げるとすれば一つだけ。
「エリーナちゃんに何かあったんでしょ」
クリスの眉がピクリと上がる。図星だ。クリスが心を乱す理由は、エリーナ以外に見つからない。カイルはむすっとしているクリスに、遠慮なく言葉を浴びせた。
「今西の王子が来てるもんね~。あの超絶美形に迫られたら、エリーナちゃんもぐらっと来ちゃったの? あ、もしかしてお熱いシーンでも目撃した?」
いつも商品開発やミシェルのことで圧力をかけられている分、ここぞとばかりに反撃する。それに対してクリスは鋭い眼光をカイルに向け、荒々しくグラスをテーブルに置いた。給仕が空になったグラスにワインを注ぐ。
「お前には分からないんだ……最愛の妹が遠くに連れ去られるような苦しさが」
そう呻くように言葉を絞り出すクリスを眺めつつ、カイルはナッツやチーズをつまみながら言葉を返す。
「妹ねぇ……そんなに取られるのが嫌なら、さっさと自分のものにすればいいじゃん。法律にも現実にも何の制約もないんだしさ」
そう何度目か分からない言葉を口にすれば、クリスはいつものように恨みがましい目を向けた。
「僕は、家族になるって決めたんだ。エリーが誰を選んでも、ずっと側にいられる家族に」
結婚し隣に立つことはできなくても、家族であるか他人であるかではクリスにとって雲泥の差だった。もしこの思いを口にして拒絶されたら、もう家族ですらいられなくなる。
「でもさ~、家族に拘ってエリーナちゃんに意識されないなら、意味なくない?」
「……それでいい。僕の愛は狂気じみている。いつか、エリーを傷つけてしまいそうだ」
クリスはお酒が回ってぼんやりした頭で、今日のシルヴィオに取った行動を思い出していた。二人がキスをしていると思った瞬間、目の前が真っ白になって頭に血が上り、シルヴィオを引き倒していた。近くにいたのがエリーナだったら、どんな手荒なことをしていたかと血の気が引く。
「たしかに、お前の愛は狂気だな。いつから好きなんだっけ」
「最初からに決まっているだろ」
「おっと、聞いたほうが馬鹿だったな。なんにせよ、あそこまで徹底的にエリーナちゃんのために尽くすのはすごいと思うよ」
カイルはワイングラスを揺らし、残っていた酒を喉に流し込んだ。クリスは学園で会ったときから終始エリーナのことしか考えていなかった。世間話程度に、ロマンス令嬢と噂されていたエリーナの話を振ったが最後、クリスからエリーナ礼賛の洗礼を受けたのだ。それが、この腐れ縁の始まりである。
「それぐらいしてもおかしくないだろう。あの可愛さだし……それに、色々と苦労もしている」
「まぁね、ご両親に関しては色々あったからね」
クリスは「あぁ」と返し、手に持っているグラスの中をじっと見ていた。その表情はどこか寂し気で、覚悟を決めたようなもの。
「……だから、これ以上僕がエリーの邪魔になってはいけないんだ」
脳裏にシルヴィオの言葉が蘇る。それは的確に痛いところをついていた。
(家族としての仮面は案外もろいもんだな……。本当に殿下には見通されてばかりだ)
今もエリーナのことを考えると胸が締め付けられる。本当は自分だけのものにして、誰の目にも触れさせたくない。だがそれは、エリーナの意思を縛ることになる。だから押し殺すのだ。狂気じみた愛という名の執着を。
カイルは葛藤しているクリスを見て、軽い気持ちで提案する。さすがに友人が悩んでいるのなら、アドバイスくらいはしてあげたい。
「なら、ちょっと離れてみたら? お前はそろそろ結婚を考えてもいい年だし、見合いをするとかさ」
カイルだって今ちょうど見合いという波に乗せられているところだ。大きな商会の主人であるため、その見合いは利害関係でがんじがらめになっている。
「見合いか……」
ぽつりと呟いたクリスは宙に視線を飛ばしていた。
「エリーの卒業が近づいたら、考えてみるか……」
そして、吐き出すだけ吐き出してすっきりしたクリスは、余韻もそこそこに酒場を切り上げ、屋敷に戻った。突然出て行ったため、心配した様子のエリーナが玄関まで迎えに出ていた。
「クリス。大丈夫?」
朗らかに微笑むクリスからは、お酒の香りが漂ってくる。足取りはしっかりしているので、それほど酔ってはいないのだろう。
「大丈夫だよ。ちょっとカイルと飲んだだけ」
カイルの名前だけで、エリーナは「あぁ……」と事情を察し、尊い犠牲となったカイルに心の中で謝った。
「エリー」
そう柔らかな声音で呼ばれ、エリーナはクリスと目を合わせる。いつも通り優しいクリスだ。それだけで、エリーナは安心した。クリスの存在はいつもエリーナに安らぎを与えてくれる。
「僕はずっとエリーの側にいるから。エリーは、自分の好きに生きて」
エリーナは一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐにニコリと笑いかけた。
「もちろんよ。クリスも私に遠慮しなくていいからね」
「エリー、ありがとう」
そして廊下を歩きながら、クリスは「飲み足りない」と呟いたので、エリーナはサロンで少しお酒に付き合うことになったのだ。
(ずっと私の側にいる、か……)
エリーナはワイングラスを片手に機嫌よく話すクリスを見ながら、先ほどかけられた言葉を思い返した。当然のように紡がれる未来の話。そこにエリーナがいられるのかはわからない。
(ずっと、この世界にいられたらいいのに……)
胸に一抹の寂しさがよぎって、ふとそんな思いが沸き起こる。だが、緩んできた冬の寒さが時の流れを告げている。18歳の春がもう間近に迫っていた。
カイルは「仕事がぁぁ!」と叫んでいたが、クリスは無視して窓の外を見ていた。
酒場と言っても大衆向けのところではなく、防音に優れた個室があるところだ。主に商談や貴族の密会に使われる部屋である。そこに入るなり、クリスは適当に酒を頼み椅子に腰かけた。ここまで連れて来られたらカイルは諦め顔で、仕方がないと向かいの席に着く。
「ひっどい顔をしているけど、何があったのさ」
カイルは常は丁寧な口調を使っているが、もともとクリスの同級であり二人っきりの時は砕けたものに戻る。
「少し苛立って……憂さ晴らしでもしなければ、エリーの顔が見られない」
「俺に八つ当たりすんのはやめてよ」
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クリスは普段は品行方正で、非の打ち所がないお貴族様だ。頭もよく領地経営も商品開発でも素晴らしい手腕を見せている。だが、欠点を上げるとすれば一つだけ。
「エリーナちゃんに何かあったんでしょ」
クリスの眉がピクリと上がる。図星だ。クリスが心を乱す理由は、エリーナ以外に見つからない。カイルはむすっとしているクリスに、遠慮なく言葉を浴びせた。
「今西の王子が来てるもんね~。あの超絶美形に迫られたら、エリーナちゃんもぐらっと来ちゃったの? あ、もしかしてお熱いシーンでも目撃した?」
いつも商品開発やミシェルのことで圧力をかけられている分、ここぞとばかりに反撃する。それに対してクリスは鋭い眼光をカイルに向け、荒々しくグラスをテーブルに置いた。給仕が空になったグラスにワインを注ぐ。
「お前には分からないんだ……最愛の妹が遠くに連れ去られるような苦しさが」
そう呻くように言葉を絞り出すクリスを眺めつつ、カイルはナッツやチーズをつまみながら言葉を返す。
「妹ねぇ……そんなに取られるのが嫌なら、さっさと自分のものにすればいいじゃん。法律にも現実にも何の制約もないんだしさ」
そう何度目か分からない言葉を口にすれば、クリスはいつものように恨みがましい目を向けた。
「僕は、家族になるって決めたんだ。エリーが誰を選んでも、ずっと側にいられる家族に」
結婚し隣に立つことはできなくても、家族であるか他人であるかではクリスにとって雲泥の差だった。もしこの思いを口にして拒絶されたら、もう家族ですらいられなくなる。
「でもさ~、家族に拘ってエリーナちゃんに意識されないなら、意味なくない?」
「……それでいい。僕の愛は狂気じみている。いつか、エリーを傷つけてしまいそうだ」
クリスはお酒が回ってぼんやりした頭で、今日のシルヴィオに取った行動を思い出していた。二人がキスをしていると思った瞬間、目の前が真っ白になって頭に血が上り、シルヴィオを引き倒していた。近くにいたのがエリーナだったら、どんな手荒なことをしていたかと血の気が引く。
「たしかに、お前の愛は狂気だな。いつから好きなんだっけ」
「最初からに決まっているだろ」
「おっと、聞いたほうが馬鹿だったな。なんにせよ、あそこまで徹底的にエリーナちゃんのために尽くすのはすごいと思うよ」
カイルはワイングラスを揺らし、残っていた酒を喉に流し込んだ。クリスは学園で会ったときから終始エリーナのことしか考えていなかった。世間話程度に、ロマンス令嬢と噂されていたエリーナの話を振ったが最後、クリスからエリーナ礼賛の洗礼を受けたのだ。それが、この腐れ縁の始まりである。
「それぐらいしてもおかしくないだろう。あの可愛さだし……それに、色々と苦労もしている」
「まぁね、ご両親に関しては色々あったからね」
クリスは「あぁ」と返し、手に持っているグラスの中をじっと見ていた。その表情はどこか寂し気で、覚悟を決めたようなもの。
「……だから、これ以上僕がエリーの邪魔になってはいけないんだ」
脳裏にシルヴィオの言葉が蘇る。それは的確に痛いところをついていた。
(家族としての仮面は案外もろいもんだな……。本当に殿下には見通されてばかりだ)
今もエリーナのことを考えると胸が締め付けられる。本当は自分だけのものにして、誰の目にも触れさせたくない。だがそれは、エリーナの意思を縛ることになる。だから押し殺すのだ。狂気じみた愛という名の執着を。
カイルは葛藤しているクリスを見て、軽い気持ちで提案する。さすがに友人が悩んでいるのなら、アドバイスくらいはしてあげたい。
「なら、ちょっと離れてみたら? お前はそろそろ結婚を考えてもいい年だし、見合いをするとかさ」
カイルだって今ちょうど見合いという波に乗せられているところだ。大きな商会の主人であるため、その見合いは利害関係でがんじがらめになっている。
「見合いか……」
ぽつりと呟いたクリスは宙に視線を飛ばしていた。
「エリーの卒業が近づいたら、考えてみるか……」
そして、吐き出すだけ吐き出してすっきりしたクリスは、余韻もそこそこに酒場を切り上げ、屋敷に戻った。突然出て行ったため、心配した様子のエリーナが玄関まで迎えに出ていた。
「クリス。大丈夫?」
朗らかに微笑むクリスからは、お酒の香りが漂ってくる。足取りはしっかりしているので、それほど酔ってはいないのだろう。
「大丈夫だよ。ちょっとカイルと飲んだだけ」
カイルの名前だけで、エリーナは「あぁ……」と事情を察し、尊い犠牲となったカイルに心の中で謝った。
「エリー」
そう柔らかな声音で呼ばれ、エリーナはクリスと目を合わせる。いつも通り優しいクリスだ。それだけで、エリーナは安心した。クリスの存在はいつもエリーナに安らぎを与えてくれる。
「僕はずっとエリーの側にいるから。エリーは、自分の好きに生きて」
エリーナは一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐにニコリと笑いかけた。
「もちろんよ。クリスも私に遠慮しなくていいからね」
「エリー、ありがとう」
そして廊下を歩きながら、クリスは「飲み足りない」と呟いたので、エリーナはサロンで少しお酒に付き合うことになったのだ。
(ずっと私の側にいる、か……)
エリーナはワイングラスを片手に機嫌よく話すクリスを見ながら、先ほどかけられた言葉を思い返した。当然のように紡がれる未来の話。そこにエリーナがいられるのかはわからない。
(ずっと、この世界にいられたらいいのに……)
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