悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

文字の大きさ
93 / 194
学園編 17歳

89 王子様と意地悪をしましょう

しおりを挟む
 意地悪の内容を聞いたエリーナは、それくらいならと承諾する。エリーナにもクリスが驚く顔が見たいといういたずら心が芽生えたのである。その後、西の国のプリン事情をパティシエと共に聞き、再現してみようと夢を膨らませた。西の国のプリンは材料に特別なものはなかったが、組み合わせが独特だった。

「クリームチーズプリンに、かぼちゃプリンですか……試作のために食べに行ってみますか」

 パティシエはカフェ・アークに来てからプリン研究に目覚めたらしく、暇さえあれば各地のプリンを食べ歩いているらしい。西の国はさすがに遠いため、お土産にプリンが頼めないのが残念だ。

「頼んだわよ。これだけ聞いたら食べずにはいられないわ」

 シルヴィオの語りは上手く、聞いているだけでよだれが出てくる。西の国のプリンに対する期待値はうなぎのぼりだ。まだ見ぬプリンに想いを寄せ、エリーナとパティシエは強い意思を瞳に燃やして頷きあったのだった。


 そして帰りも乗り心地抜群の馬車で送られ、話が弾む。シルヴィオは西の国の食文化や歴史について話し、エリーナは幼少期の思い出を話した。シルヴィオが聞きたがったからだ。彼は屈託なく笑い、微笑ましそうに目じりを下げている。

「ねぇ、エリーナ嬢。クリス殿には婚約者はいないんだよね。恋人もいないの?」

「いないと思いますわ」

 クリスが隠しているだけかもしれないが、一切そういう気配を見せていない。

(クリスに恋人ね……そうなったら、クリスに相応しい人か見極めないといけないわね)

 だがクリスに恋人が出来たらと想像すると、少し気が重くなる。

(ちょっと寂しいけれど、いつかはそういう日が来るわよね……)

 クリスにはクリスの人生がある。常に一緒にいるので忘れがちだが……。少し表情を暗くしたエリーナを見て、シルヴィオは目を細めた。面白そうに彼の口元は弧を描いている。

「そう、お互いいい人が見つかるといいね」

 そう微笑むシルヴィオに、エリーナは曖昧に頷くことしかできないのだった。



 その後、ローゼンディアナ家に着いた二人はサロンでクリスを待つことにした。いたずらを仕掛けるため、人払いを済ませてある。シルヴィオは扉に背を向けて立っており、その前にエリーナがいた。二人して静かに笑い、シルヴィオが少し身をかがめてエリーナに顔を近づける。

(本当に、いい顔しているわ……)

 さすがにこの美形にも見慣れてきて、心臓が早鐘を打つことは少なくなってきた。だが、クリスと同じ金色の目に見つめられ続ければ、さすがに恥ずかしくなってくる。

「ちょっと近すぎませんか」

「これぐらいしないと、キスしているようには見えないでしょ?」

 そう人の悪い笑みを浮かべているシルヴィオのいたずらは単純。キスをしているふりをして、驚かせようというものだ。そうこうしているうちに、足音が近づいてきてドアが開く音がした。

「エリーナ。愛しているよ」

 そう妖艶な笑みを浮かべ甘い言葉を口にしたシルヴィオに、不覚にも心臓が跳ねた。彼の細い指が顎に添えられ、顔がさらに近づいてくる。

(……え?)

 シルヴィオの吐息を感じた瞬間、彼は目の前から消えた。遅れて鈍い音が聞こえ、紅が視界に入りこむ。エリーナの視界は、クリスの大きな背中で遮られた。

「エリーに、何をしたんですか」

 絶対零度の怒りに満ちた声が、床に転がっているシルヴィオに投げつけられた。シルヴィオは、二人を見た瞬間駆け寄って来たクリスに、横に引き倒されたのだ。
 エリーナからクリスの表情は見えないが、さぞ恐ろしいものに違いない。エリーナはこの部屋だけ真冬になったような心地になり、背中に冷や汗が流れる。

(大変……やってしまったわ)

 どう見ても大失態である。クリスの過保護さをからかうつもりだったが、甘く見ていた。

「エリー、さっきのは君の意思? シルヴィオ殿下を選んだの?」

 クリスはこちらを見ずに、淡々とそう問いかけてくる。怒りが突き抜けて抑揚がなくなっている。エリーナはサァと血の気が引き、「えっと」と口ごもった。

「選んだわけじゃないんだね」

 肩越しに振り返ったクリスの口元は緩やかな弧を描いていた。だが、目が欠片も笑っておらず、血走っている。エリーナはあまりの恐怖に、ただ首を縦に振るしかできなかった。弁明しないと、シルヴィオが危ないのは分かっているのに。

「クリス殿、いきなり失礼じゃないかい?」

 立ち上がったシルヴィオが不満気にクリスを睨みつける。

「どちらが。エリーには手を出すなと言ったでしょう。貴方のような人にエリーは渡さない!」

 敵対心を隠しもせず、クリスはそう正面からシルヴィオに怒りの言葉を叩きつけた。だがシルヴィオは興の冷めた顔で、その怒りを受け流す。

「僕はエリーナ嬢に何もしていないよ。君へのいたずらさ。びっくりさせようと思ってね」

 クリスは本当かとエリーナを振り向き、エリーナは勢いよく首を縦に振った。寸前だったけれど、キスはされていない。苦々しい表情に変え、シルヴィオに顔を戻す。
 そして舌打ちをし、

「早く帰ってください」

 と顎でドアを指した。怒りを隠そうとしないクリスを見ても、シルヴィオは意に介した様子はなく、むしろ挑戦的に口角を上げがらりと口調を変えた。

「そう言うなよ、クリス。お前にだけ伝えたいことがあるんだ」

 そう言って手招きをする。強い有無を言わさない口調からは、上に立つ者の風格を感じさせた。クリスは苦虫を噛み潰したような顔で、シルヴィオに近づいて行く。そして彼はクリスに耳打ちし、エリーナと目が合うとニコリと笑った。

「じゃ、僕は当分大人しくしているから安心してね。エリーナ嬢も巻き込んでごめん」

 彼は軽く手を振ってクリスから離れると、部屋から出て行った。勝手に帰るのだろう。
 エリーナは慌ててクリスに駆け寄り、先ほどのいたずらを弁明しようと言葉を出しかけた。

「ク……クリス?」

 それが止まったのは、クリスの表情が強張っており絶望の色が見えたからだ。

「何を言われたの?」

 クリスがここまで取り乱し、表情を変えるなど余程のことだ。エリーナがクリスの腕を掴めば、抱きすくめられた。首元に添わされた指先が冷たい。そしてハッと我に返ったように、エリーナから体を離す。

「ごめん、エリー。しばらく一人にして……」

 クリスはエリーナの視線を避けるように顔を背け、サロンを後にした。残されたエリーナは不安そうな顔をしたまま、その背を見送ったのだった……。



 クリスは部屋に戻ると、激情のままに拳を横に振り払って壁を殴った。頭が割れるように痛く、シルヴィオの言葉が響き続けている。
 彼はクリスの耳元で、

「いつまで偽の仮面を被っているつもりだ、この偽善者が。お前がいつまで家族面でいられるか、見物だな」

 と囁いたのだ。それは劇物となって、クリスの心を蝕む。クリスはギリリと奥歯を噛みしめ、空を睨みつけた。

「家族になると、決めたんだ。エリーナの側にいるために……」

 苦し気な、思いを吐き出すような声は誰にも届くことはなく、そしてその今にも泣きだしそうな表情も目にするものはいないのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

処理中です...