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学園編 18歳
105 お見合い相手と顔を合わせましょう
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秋も深まり、肌に感じる風が冷たくなってきた。日が短くなり、夜には虫の音が物悲しい気分にさせる。そしてとうとう、クリスが見合いをする日がやってきた。エリーナは玄関まで見送りに出ており、クリスは浮かない顔をしているエリーナの顔を覗き込み、穏やかに微笑む。
「大丈夫だよ、エリーナ。殿下の手前会うだけだから。エリーナが卒業するまでは、僕は誰とも結婚しないし。誰かと結婚する時も、エリーナの選択を最優先にするから」
元々クリスはエリーナが卒業と同時に将来を選択するまで、自身の結婚はしないと明言していた。全てはエリーナの選択に任せる。それが、クリスが養子に入る時に交わした契約だ。
「えぇ、分かっているわ。でも、本当にクリスが気に入ったなら結婚を考えてもいいんじゃない?」
自分で口にして、胸の痛みを感じた。その痛みにエリーナは内心自嘲気味に呟く。
(子どもじみているわ。クリスの幸せを願えないなんて……親しい人の結婚って、こういう気分になるのね)
エリーナは黙ってクリスを見送った。思いのほか狭量な自分に嫌気がさし、溜息をついて自室へ戻る。その様子を心配そうにサリーが見ており、
「エリーナ様。アークでプリンを買って来ましょうか」
と気を遣ってくれた。
「そうね……クリスには幸せになってほしいもの。寂しがってちゃいけないわよね」
その後エリーナは気分転換とサリーが買ってくれたプリンを二つ食べ、ロマンス小説を読んでクリスの帰りを待ったのだった。
そして夕方に帰って来たクリスは、玄関まで迎えに出たエリーナが目に入るとにこりと笑いかける。
「エリー。安心して、ちゃんと断って来たから」
相手のことは一切口に出さず、クリスはお土産のプリンをエリーナに手渡す。ほっとした自分に気づき、嫌悪感に苛まれた。顔を曇らせたエリーナを見て、クリスが不安そうに顔を歪める。
「どうしたの? プリン嫌だった?」
「あ、違うの。本当に断ってよかったの? 私に遠慮なんて……」
「そんなことないよ」
クリスはエリーナの言葉に被せてきっぱり否定した。
「彼女は僕の好みじゃないし、今は結婚とか考えていないからね」
「……それならいいわ。じゃぁ、一緒にプリンを食べましょ」
さすがにもうすぐ夕食なので、本日三つ目のプリンは食後のデザートとなった。クリスと一緒にプリンを食べたエリーナの顔に笑みが戻る。同じプリンなのに、おやつに一人で食べた時よりもおいしく感じられたのだった。
その翌日。エリーナはお茶会の場で笑顔を振りまいていた。誘われたお茶会はローゼンディアナ家と古くから懇意にしている伯爵家のもので、仕事で王宮に出向いたクリスの代わりにエリーナが出席したのだ。そこには見知らぬ令嬢が一人おり、エリーナは目を引かれた。
(クリスと同じ赤い髪だわ……)
クリスが燃えるような紅だとすれば彼女は花のような薄紅色で、この国では珍しく、西の国の人だろうかと思っているとパチリと目が合った。彼女は隣にいたご令嬢とこちらに視線を向けながら二言三言話すと、悠然と微笑んで近づいてくる。
「ごきげんよう。貴女がローゼンディアナ伯爵令嬢ね」
「は、はい。お初にお目にかかります」
どうやら高位のご令嬢に思えたため、エリーナはドレスをつまんで礼を取る。彼女は強気な笑みを浮かべ、茶色の瞳をまっすぐこちらに向けていた。
「私はネフィリア・ゼスタ。留学から帰って来たばかりでこの国の社交界に疎いの。少しお話につきあってくれる?」
そう有無を言わさぬ口調で尋ねられ、エリーナはコクリと頷いた。ゼスタ家の名は知っている。代々文官を輩出し、現当主は法務大臣をしている侯爵家だ。ネフィリアは庭園が見えるテラスへ出て、端に用意されたテーブルセットを選んで椅子に腰を下ろす。
参加者の多くは庭園かサロンにおり、周囲に聞き耳を立てる人はいない。エリーナが向かいに座ると、ネフィリアはお茶の用意をしようと近づいて来た侍女を目で下がらせてエリーナを見据えた。
それだけで二人の間に緊張感が走る。エリーナは状況が分からず、目を白黒させながらネフィリアの言葉を待った。
「貴女、何も聞かされていないのね。私、昨日貴女のお兄様とお見合いをしたのよ?」
「えっ」
その言葉にエリーナは初めてネフィリアの顔をまじまじと見た。薄紅色の髪は一つに纏められ、目鼻立ちは整い知的な印象を受ける。藍色のドレスは華美ではなく、すっきりと研ぎ澄まされた美を追求しており、よく似合っていた。ネックレスは西の国の風習である小さな金の指輪であり、彼女の左手の人差し指にも金の指輪が嵌っている。
(この人が、クリスのお見合い相手……)
まさかこんなところで会うことになるとは思わず、表情が強張った。どう接すればいいのか分からない。一方のネフィリアはエリーナを値踏みするかのように、鋭い目つきで上から下まで視線を滑らす。
「過保護に甘やかされたご令嬢って感じね。いかにも自分一人じゃ何もできませんって顔をしているわ」
「……え?」
出会い頭に冷や水を浴びせられた感覚に陥る。唐突に嫌味を投げつけられ、一瞬固まった。悪役令嬢モードで反撃しようにも、圧倒的に情報が足りない上に身分を考えても分が悪い。
「貴女情けなくないの? クリスさんに甘えっぱなしで。聞けば碌に婚約者を捕まえようともしていないそうじゃない。待っていたら選択肢が向こうから来るなんて大間違いよ。自分から動くの、分かる?」
ここまで来て、ようやく説教をされていると理解したエリーナだが、困惑を顔に浮かべて口を開く。
「あ、あの。お見合いはクリスが断ったはずでは……」
「そうよ。でも、断られたから何? 私は一度断られたくらいじゃ諦めない。クリスさんは貴女がまだ婚約者を決めていないから断ったのよ。なら、貴女の問題を片付けてから再戦する」
淡々と理路整然と述べていくネフィリアはまるで文官のよう。
「貴女、今のままでは一生クリスさんのお荷物よ。彼は頭脳明晰で統率力もあり国の中枢で活躍するべき人なの。それなのに城に仕えず領地の経営と商会にかかりっきりで、貴女のために動いているらしいじゃない。国にとって恐ろしい損失よ。私は殿方を支えるために学問を修め、縁を繋ぎ、修練をしてきた。私にはクリスさんのために多くのことができる。でも貴女は何ができるの?」
ネフィリアから伝わるのは圧倒的な自信と野心。それは虚勢ではなく、努力と実力に裏付けられたものだ。
(クリスのために何ができる?)
その言葉はエリーナに深く突き刺さる。ネフィリアは言葉を返せないでいるエリーナを見て、つまらなさそうに鼻を鳴らすと「ごきげんよう」と挨拶を残して去っていった。これ以上関わる価値などないとでも言うように……。
エリーナは強張った表情のままテーブルの一点を見つめていた。ネフィリアの言葉は毒のようにエリーナの心を蝕み、苦しさを与えている。
(クリスの邪魔になっているの? ううん、クリスはそんなこと言わな……え?)
無意識にクリスに否定してもらえると思っている自分に気づき、エリーナは足元が崩れ落ちるような錯覚に陥った。優しいクリスに甘えているのを突きつけられたようだ。先ほど言われたことに、何一つ反論ができなかった。
日陰のテラスから、庭園で他の令嬢や令息と談笑をしているネフィリアに視線を向ける。彼女は太陽の下で人々に囲まれ、笑っていた。その実力を見せつけるように。
その後、エリーナはどうやって屋敷に帰ったのか覚えていなかった。ただ気づけばベッドの上に横になっており、眦から涙が零れ落ちたのだった。
「大丈夫だよ、エリーナ。殿下の手前会うだけだから。エリーナが卒業するまでは、僕は誰とも結婚しないし。誰かと結婚する時も、エリーナの選択を最優先にするから」
元々クリスはエリーナが卒業と同時に将来を選択するまで、自身の結婚はしないと明言していた。全てはエリーナの選択に任せる。それが、クリスが養子に入る時に交わした契約だ。
「えぇ、分かっているわ。でも、本当にクリスが気に入ったなら結婚を考えてもいいんじゃない?」
自分で口にして、胸の痛みを感じた。その痛みにエリーナは内心自嘲気味に呟く。
(子どもじみているわ。クリスの幸せを願えないなんて……親しい人の結婚って、こういう気分になるのね)
エリーナは黙ってクリスを見送った。思いのほか狭量な自分に嫌気がさし、溜息をついて自室へ戻る。その様子を心配そうにサリーが見ており、
「エリーナ様。アークでプリンを買って来ましょうか」
と気を遣ってくれた。
「そうね……クリスには幸せになってほしいもの。寂しがってちゃいけないわよね」
その後エリーナは気分転換とサリーが買ってくれたプリンを二つ食べ、ロマンス小説を読んでクリスの帰りを待ったのだった。
そして夕方に帰って来たクリスは、玄関まで迎えに出たエリーナが目に入るとにこりと笑いかける。
「エリー。安心して、ちゃんと断って来たから」
相手のことは一切口に出さず、クリスはお土産のプリンをエリーナに手渡す。ほっとした自分に気づき、嫌悪感に苛まれた。顔を曇らせたエリーナを見て、クリスが不安そうに顔を歪める。
「どうしたの? プリン嫌だった?」
「あ、違うの。本当に断ってよかったの? 私に遠慮なんて……」
「そんなことないよ」
クリスはエリーナの言葉に被せてきっぱり否定した。
「彼女は僕の好みじゃないし、今は結婚とか考えていないからね」
「……それならいいわ。じゃぁ、一緒にプリンを食べましょ」
さすがにもうすぐ夕食なので、本日三つ目のプリンは食後のデザートとなった。クリスと一緒にプリンを食べたエリーナの顔に笑みが戻る。同じプリンなのに、おやつに一人で食べた時よりもおいしく感じられたのだった。
その翌日。エリーナはお茶会の場で笑顔を振りまいていた。誘われたお茶会はローゼンディアナ家と古くから懇意にしている伯爵家のもので、仕事で王宮に出向いたクリスの代わりにエリーナが出席したのだ。そこには見知らぬ令嬢が一人おり、エリーナは目を引かれた。
(クリスと同じ赤い髪だわ……)
クリスが燃えるような紅だとすれば彼女は花のような薄紅色で、この国では珍しく、西の国の人だろうかと思っているとパチリと目が合った。彼女は隣にいたご令嬢とこちらに視線を向けながら二言三言話すと、悠然と微笑んで近づいてくる。
「ごきげんよう。貴女がローゼンディアナ伯爵令嬢ね」
「は、はい。お初にお目にかかります」
どうやら高位のご令嬢に思えたため、エリーナはドレスをつまんで礼を取る。彼女は強気な笑みを浮かべ、茶色の瞳をまっすぐこちらに向けていた。
「私はネフィリア・ゼスタ。留学から帰って来たばかりでこの国の社交界に疎いの。少しお話につきあってくれる?」
そう有無を言わさぬ口調で尋ねられ、エリーナはコクリと頷いた。ゼスタ家の名は知っている。代々文官を輩出し、現当主は法務大臣をしている侯爵家だ。ネフィリアは庭園が見えるテラスへ出て、端に用意されたテーブルセットを選んで椅子に腰を下ろす。
参加者の多くは庭園かサロンにおり、周囲に聞き耳を立てる人はいない。エリーナが向かいに座ると、ネフィリアはお茶の用意をしようと近づいて来た侍女を目で下がらせてエリーナを見据えた。
それだけで二人の間に緊張感が走る。エリーナは状況が分からず、目を白黒させながらネフィリアの言葉を待った。
「貴女、何も聞かされていないのね。私、昨日貴女のお兄様とお見合いをしたのよ?」
「えっ」
その言葉にエリーナは初めてネフィリアの顔をまじまじと見た。薄紅色の髪は一つに纏められ、目鼻立ちは整い知的な印象を受ける。藍色のドレスは華美ではなく、すっきりと研ぎ澄まされた美を追求しており、よく似合っていた。ネックレスは西の国の風習である小さな金の指輪であり、彼女の左手の人差し指にも金の指輪が嵌っている。
(この人が、クリスのお見合い相手……)
まさかこんなところで会うことになるとは思わず、表情が強張った。どう接すればいいのか分からない。一方のネフィリアはエリーナを値踏みするかのように、鋭い目つきで上から下まで視線を滑らす。
「過保護に甘やかされたご令嬢って感じね。いかにも自分一人じゃ何もできませんって顔をしているわ」
「……え?」
出会い頭に冷や水を浴びせられた感覚に陥る。唐突に嫌味を投げつけられ、一瞬固まった。悪役令嬢モードで反撃しようにも、圧倒的に情報が足りない上に身分を考えても分が悪い。
「貴女情けなくないの? クリスさんに甘えっぱなしで。聞けば碌に婚約者を捕まえようともしていないそうじゃない。待っていたら選択肢が向こうから来るなんて大間違いよ。自分から動くの、分かる?」
ここまで来て、ようやく説教をされていると理解したエリーナだが、困惑を顔に浮かべて口を開く。
「あ、あの。お見合いはクリスが断ったはずでは……」
「そうよ。でも、断られたから何? 私は一度断られたくらいじゃ諦めない。クリスさんは貴女がまだ婚約者を決めていないから断ったのよ。なら、貴女の問題を片付けてから再戦する」
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ネフィリアから伝わるのは圧倒的な自信と野心。それは虚勢ではなく、努力と実力に裏付けられたものだ。
(クリスのために何ができる?)
その言葉はエリーナに深く突き刺さる。ネフィリアは言葉を返せないでいるエリーナを見て、つまらなさそうに鼻を鳴らすと「ごきげんよう」と挨拶を残して去っていった。これ以上関わる価値などないとでも言うように……。
エリーナは強張った表情のままテーブルの一点を見つめていた。ネフィリアの言葉は毒のようにエリーナの心を蝕み、苦しさを与えている。
(クリスの邪魔になっているの? ううん、クリスはそんなこと言わな……え?)
無意識にクリスに否定してもらえると思っている自分に気づき、エリーナは足元が崩れ落ちるような錯覚に陥った。優しいクリスに甘えているのを突きつけられたようだ。先ほど言われたことに、何一つ反論ができなかった。
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