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アスタリア王国編

155 思わぬ再会に驚きましょう

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 それは唐突で、夢でも見ているのではないかとエリーナは思った。夜会の翌日、昼食をとって一休みしていた昼下がりのことだった。安楽椅子に座ってロマンス小説を読み、しだいにうとうとし始めたところで、サリーが客人を教えてくれた。サリーの声は弾んでおり、彼女が仕事中に喜びを露わにするなんて珍しいと思いつつ、ぼんやりした頭を戸口に向ける。
 そして藍色の髪が目に入った瞬間、眠気が吹き飛んだ。

「ラウル先生!?」

 椅子から立ち上がり、目を丸くして駆け寄る。サリーから「はしたない」とお小言が飛んできたが、この喜びを抑えられなかった。ラウルの前に立てば、彼は何も変わらない苦笑いを浮かべている。

「エリー様……王女になってもお変わりのないようで」

「ラウル先生なの? どうしてアスタリアに?」

 声を聞いて、言葉を交わしてもまだ信じられない。ベロニカの結婚式でラルフレアに帰るまで会えないと思っていたのだ。

「え、ご存知ないのですか? クリス様にはお伝えしたのですが」

 そこでクリスが情報を止めたことに気づいたエリーナは、半目になって少しむくれる。

「クリスったらひどい。私に他の男のことを話したくないからって、ラウル先生まで秘密にしなくてもいいじゃない!」

 帰ってきたら、思いっきり嫌味を言おうと心に決める。クリスは何かの会議に顔を出していて、そろそろ帰ってくるころだ。
 ふくれっ面になっているエリーナを見て、ラウルは懐かしそうにクスクスと笑った。人を安心させる穏やかな笑い方だ。

 そしてサリーに立ち話も何ですからと、サロンに案内され二人は丸テーブルを挟んで座った。サリーがお茶を淹れてくれる。リズは昼休憩を取っており、ちょうど席を外していたのだ。

「なんだかローゼンディアナ家にいるみたいね」

 子どもの時から、エリーナとラウルがお茶を飲み、サリーがお茶を淹れてくれた。そこにクリスが加わり、さらに楽しいものになったのだ。

「えぇ、懐かしいですね。ですが、美しく成長されたエリーナ様を見れば、昔と同じには思えません」

「先生……そろそろそのお言葉を、他の令嬢に向けてあげてくださいね」

 ラウルの瞳には変わらない熱がある。暖かく優しい熱だが、今は少し心苦しい。それに対してラウルは苦笑し、「えぇ」と小さく返したのだった。

「えっと、それで先生はどうしてこちらへ?」

「あぁ。実は、二国間で教育の交流をすることになって、僕がこちらの大学でラルフレアの歴史を教えることになったんですよ」

「すごい。さすが先生ね……でも、家はどうされたんですか?」

 ラウルはゴードン家の当主のはずだ。当主がそう簡単に長期間家を空けられるはずがない。心配顔のエリーナに、ラウルは事も無げにカップを持ちながら返した。

「家督は弟に譲りました。やっと放浪していた弟を捕まえたので」

「そういえば、弟さんがいらっしゃるって……」

 貴族位を剥奪されたのをいいことに、諸国を放浪して回っていた弟だ。聞いた話だけでは、貴族の生活が合うようには思えなかったのだが。

「今まで好きに生きてきたんだから、少しはやれって押し付けてきました」

 そうは言っても家督の譲渡は煩雑な手続きもあり、簡単なものではない。ラウルは実に晴れやかな笑顔を浮かべており、その裏で仁義なき兄弟での家督押し付け争いがあったのだろうと推測した。清々しいほどの笑顔が怖い。
 そしてラウルはカップを置き、笑顔のまま話題を変えた。

「弟のことは忘れるとして、こちらの生活はいかがですか?」

「そうね。よくしてもらっているわ」

 エリーナはアスタリアに来てからの生活を詳しくラウルに話していく。気弱な友達ができたことや、ルドルフに再会したこと、ミシェルがこちらに来ていることを話せば、ラウルは嬉しそうに相槌を打っていた。

「こちらでもロマンス小説にプリンですか。本当にお変わりが無くて、安心しました」

「わたくし、とうとうプリン姫と呼ばれるようになったのよ。これはもう、プリンを広めていくしかないと思うの」

 プリン姫という単語がツボに入ったのか、ラウルは手を口元にやって肩を震わせていた。声を押し殺して笑っており、エリーナは笑い飛ばしてくれてもいいのにと思う。

「もう、さすがと言いますか。プリン改革でもなさるんですか?」

「そうね。まずは国民食をプリンにするところからね」

 そんな冗談を言い合い、笑う。何気ないやりとりが懐かしく、また心地よい。
 そして話が一通り終わったところで、サリーがクリスの帰りを教えてくれた。
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