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アスタリア王国編
154 原石を磨きましょう
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夜会も終わりが近づいた頃、ご令嬢方と歓談をしていたエリーナは遠くからの視線に気づいて視線を滑らせた。不快なものではなく、じっと控えめな視線だ。近くにそれらしき人影はなく、遠くへ視線を飛ばすと琥珀色の瞳と目が合った。
お互い目が合うと思っておらず、パチクリと目を瞬かせる。エリーナが手を挙げようとした瞬間、彼女はドレスの裾を翻して庭園の方へと逃げていった。そのためエリーナは不審がられないように周りに断りを入れて、「少しお庭を見てきますわ」とご令嬢から離れる。そこに、どこからともなくリズが付いてきて、付き添いを務めてくれた。
「ナディヤ様がいらっしゃいましたね」
「リズ……わたくし、最近あなたは忍者なのではないかと思うわ」
以前日本について訊いた時に、有名なものとして教えてくれたのだ。壁と同化し、隠密に行動する。それは侍女の心得だと豪語していたが……。
二人は庭園に出て、人が隠れそうな場所を探す。なぜナディヤが逃げたのか、なんとなく理由は察した。
「ひどいドレスでしたね……」
「えぇ。何世代も前の、しかも色も地味だったわ」
そして庭園の奥にあるしげみに近づけば、がさりと木の葉がこすれる音がする。
「ナディヤ、出てきて」
「は、はい!」
名前を呼ばれれば逃げられないと思ったのか、ナディヤは大人しく姿を見せた。王宮から漏れる灯りでナディヤの姿がぼんやりと浮き出れば、二人はため息をつかないようにするので精一杯だった。
遠目で見たものよりひどい。薄い紅茶のような色のドレスに、泥のような色のフリルが付いている。ひどく地味なのにデザインは幼いという、最悪の代物だった。
「どうして逃げたのよ。寂しいじゃない」
あくまで口調は優しく、寂し気に問いかける。ここで悪役令嬢のように責めたてたら委縮して茂みに隠れられてしまう。
「も、申し訳ありません。あまりにみすぼらしく、お目汚しになると思って……」
そう言ってナディヤが何度も頭を下げるので、エリーナはイラっとしてナディヤの額を手で止めた。ぐいっと押して背筋を伸ばさせる。一方下げる頭を戻されたナディヤはポカンと口を開けた。
「自分を卑下しないの。それで、そんなドレス今時どこで売っているの?」
「あ、これは……おばあ様から頂いたもので……これ以外ドレスが無くて」
その言葉に二人は目を剥く。侯爵令嬢が型落ちのドレス一着しか持っていないなどありえない。冷遇どころではない。エリーナはナディヤに恥をかかせようとした二人の姉に対して怒りが込み上げる。
「ナディヤ……今日は一人で来たの?」
アスタリア王国は自由恋愛主義のためか、夜会への一人での参加にも寛容だった。特にナディヤのように影が薄ければ、気にも留められないだろう。
「あ、はい。どうしてもエリーナ様のお姿を見たくて……」
ナディヤはエリーナの瞳を見て、そう小さな声で答えた。偽りのない素直な心に、エリーナは嬉しくなりさらに姉たちへの怒りが増す。そしてふとナディヤの姿を上から下まで眺め、ニィと口端を上げた。その表情は悪役令嬢を彷彿とさせ、リズは呆れ顔に、ナディヤは怯え顔になる。
「リズ。わたくしの部屋に連行して。仕立て上げるわよ!」
「承知いたしました」
エリーナが指示をするなりリズはがっちりナディヤの腕を掴み、人目につかない道を使ってエリーナの自室へと戻る。途中すれ違った侍女に、クリスに少し部屋に下がると伝えておいてもらった。過保護な心配性が発動すると困るからだ。
そして戸惑うナディヤを衣装部屋に押し込み、エリーナはビシッとナディヤを指さして指示を飛ばした。
「最先端のドレスにしなさい!」
「かしこまりました!」
事態について行けないナディヤを置いて、リズはエリーナのドレスを物色していく。さすがにクリスから贈られたものを着せるわけにはいかないので、エリーナが自分で買ったドレスから選ぶ。ナディヤと背丈が同じことが幸いした。
「ナディヤ様、失礼いたします」
と、声だけかけ手早くドレスを着替えさせる。ナディヤは「何を!」と驚いていたが、されるがままになっていた。少し涙目だ。そして化粧台の前に座らせ、髪を整えていく。
「そのうっとうしい前髪をどうにかしてちょうだい」
「編み込んで横に流しますね。きれいな艶のある髪なので、サイドだけまとめて後ろは流しておきましょう」
櫛で髪を解き、編み込んでいけば鏡の中のナディヤは顔を青ざめさせていった。
「はわわ……王女付きの侍女様の手を煩わせている……」
「気にしなくていいですよ。ロマンス小説仲間ですから!」
恐縮しまくっているナディヤの前髪を編み込んで分ければ、澄んだ琥珀色の瞳に風が起きそうな長いまつげが現れる。これを隠すなどもったいない。軽く化粧もし、どこから見ても美しいご令嬢に仕上がった。夜会は残りわずか。
「まずはクリスに紹介するわよ。お友達が出来たって前に話したら、会いたいって言ってたから」
「え、え? 第三王子殿下に、え?」
殿上人の名前が出てきて混乱するナディヤをエリーナは引っ張り、リズは押す。そして裏口からこっそり広間に戻り、明るい視界と向けられる視線に怯えているナディヤの背に手を添えて歩いた。
貴族の方々は「王女殿下と一緒にいる令嬢は誰だ」と口々に囁く。「美しいわね」や「可愛いらしい」と賛辞の声が飛んだ。クリーム色の明るいドレスの後ろには大きめのリボンがあり、可愛さを上げている。さらに腰に紅い薔薇のコサージュを付けており、全体を引き締めていた。その賞賛の声をエリーナが誇らしげに受ける。
そして広間の一角に設けられたソファーのある場所へと向かった。そこでクリスはワインを飲んで一息ついていた。近づいて来たエリーナに気づき、グラスを置いて立ち上がる。
「大丈夫? 部屋に下がったと聞いたけど、気分でも悪くなった?」
「ううん。友達のドレスが汚れてしまったから、わたくしのを貸してあげたの」
エリーナが一歩下がったところで固まっているナディヤに視線を向ければ、クリスもそちらを向く。
「君がエリーナのお友達? 可愛らしい子だね」
「ナディヤ・グリフォン侯爵令嬢よ。ロマンス小説が好きで、よく図書館に来ているの」
へぇと興味深そうな目を向けられ、ナディヤはガチガチに緊張して挨拶をする。ドレスを掴む手に力が入りすぎて、皺になりそうだ。
「あ、あの。エリーナ様には優しくお声をかけていただき、恐れ多いほどです」
「これからも仲良くしてあげて」
「は、はい!」
とその時、クリスが視線を上げた。
「エリーナ、クリス。楽しんでる?」
振り返れば眩い笑顔を振りまくシルヴィオがおり、軽く手を振りながらこちらに近づいていた。
「あれ、見たことのない子がいるね。誰?」
視線がナディヤに向けられるが、ナディヤは紅い顔で硬直して動けない。王族二人に機能が停止したようだ。すかさずエリーナが助けに入る。
「お友達のナディヤ・グリフォン侯爵令嬢です。静かな子で、緊張しやすくて……」
「グリフォン侯爵の……?」
シルヴィオはナディヤの家名を知っているようで、まじまじとその姿を上から下まで見た。色気を含んだ視線に、ナディヤが倒れかねないとエリーナはさりげなく近づき背中を支える。
「へぇ。そのドレス、とても似合っているよ。それにエリーナといると絵になるね。描きたくなってくる」
言葉を返すよう、エリーナはナディヤの背を押して促す。彼女は俯いたまま、震えた声を絞り出した。
「も、もったいないお言葉です。あ、あの。わたくし、殿下の絵が好きで、尊敬しています」
シルヴィオは一瞬虚を突かれた顔をし、心底嬉しそうに破顔した。うっかり正面で受けてしまったエリーナはその眩しさにダメージを負う。意味ありげな視線を向けてくるクリスが怖い。
「ありがと。王宮の画廊に色々飾ってあるから、今度見るといいよ」
「あ、あ。ありがとう、ございます」
なんとかお礼の言葉を口にし、頬を赤らめてナディヤは深々と頭を下げた。おやこれはとエリーナが何かを察した時、閉会の合図を告げる鐘が鳴った。今回の夜会は王の挨拶で終わりとなる。シルヴィオ、クリス、エリーナは王の近くに戻るためナディヤと別れた。別れ際にほっとした表情を見せたナディヤに、彼女らしいとエリーナは思いつつ少し離れたところに控えていたリズと目を合わせて頷き合う。
さっそくナディヤを呼び出して、確かめなくてはならない。大切な、今後に関わるルート分岐についてを。
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「ナディヤ様がいらっしゃいましたね」
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「は、はい!」
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遠目で見たものよりひどい。薄い紅茶のような色のドレスに、泥のような色のフリルが付いている。ひどく地味なのにデザインは幼いという、最悪の代物だった。
「どうして逃げたのよ。寂しいじゃない」
あくまで口調は優しく、寂し気に問いかける。ここで悪役令嬢のように責めたてたら委縮して茂みに隠れられてしまう。
「も、申し訳ありません。あまりにみすぼらしく、お目汚しになると思って……」
そう言ってナディヤが何度も頭を下げるので、エリーナはイラっとしてナディヤの額を手で止めた。ぐいっと押して背筋を伸ばさせる。一方下げる頭を戻されたナディヤはポカンと口を開けた。
「自分を卑下しないの。それで、そんなドレス今時どこで売っているの?」
「あ、これは……おばあ様から頂いたもので……これ以外ドレスが無くて」
その言葉に二人は目を剥く。侯爵令嬢が型落ちのドレス一着しか持っていないなどありえない。冷遇どころではない。エリーナはナディヤに恥をかかせようとした二人の姉に対して怒りが込み上げる。
「ナディヤ……今日は一人で来たの?」
アスタリア王国は自由恋愛主義のためか、夜会への一人での参加にも寛容だった。特にナディヤのように影が薄ければ、気にも留められないだろう。
「あ、はい。どうしてもエリーナ様のお姿を見たくて……」
ナディヤはエリーナの瞳を見て、そう小さな声で答えた。偽りのない素直な心に、エリーナは嬉しくなりさらに姉たちへの怒りが増す。そしてふとナディヤの姿を上から下まで眺め、ニィと口端を上げた。その表情は悪役令嬢を彷彿とさせ、リズは呆れ顔に、ナディヤは怯え顔になる。
「リズ。わたくしの部屋に連行して。仕立て上げるわよ!」
「承知いたしました」
エリーナが指示をするなりリズはがっちりナディヤの腕を掴み、人目につかない道を使ってエリーナの自室へと戻る。途中すれ違った侍女に、クリスに少し部屋に下がると伝えておいてもらった。過保護な心配性が発動すると困るからだ。
そして戸惑うナディヤを衣装部屋に押し込み、エリーナはビシッとナディヤを指さして指示を飛ばした。
「最先端のドレスにしなさい!」
「かしこまりました!」
事態について行けないナディヤを置いて、リズはエリーナのドレスを物色していく。さすがにクリスから贈られたものを着せるわけにはいかないので、エリーナが自分で買ったドレスから選ぶ。ナディヤと背丈が同じことが幸いした。
「ナディヤ様、失礼いたします」
と、声だけかけ手早くドレスを着替えさせる。ナディヤは「何を!」と驚いていたが、されるがままになっていた。少し涙目だ。そして化粧台の前に座らせ、髪を整えていく。
「そのうっとうしい前髪をどうにかしてちょうだい」
「編み込んで横に流しますね。きれいな艶のある髪なので、サイドだけまとめて後ろは流しておきましょう」
櫛で髪を解き、編み込んでいけば鏡の中のナディヤは顔を青ざめさせていった。
「はわわ……王女付きの侍女様の手を煩わせている……」
「気にしなくていいですよ。ロマンス小説仲間ですから!」
恐縮しまくっているナディヤの前髪を編み込んで分ければ、澄んだ琥珀色の瞳に風が起きそうな長いまつげが現れる。これを隠すなどもったいない。軽く化粧もし、どこから見ても美しいご令嬢に仕上がった。夜会は残りわずか。
「まずはクリスに紹介するわよ。お友達が出来たって前に話したら、会いたいって言ってたから」
「え、え? 第三王子殿下に、え?」
殿上人の名前が出てきて混乱するナディヤをエリーナは引っ張り、リズは押す。そして裏口からこっそり広間に戻り、明るい視界と向けられる視線に怯えているナディヤの背に手を添えて歩いた。
貴族の方々は「王女殿下と一緒にいる令嬢は誰だ」と口々に囁く。「美しいわね」や「可愛いらしい」と賛辞の声が飛んだ。クリーム色の明るいドレスの後ろには大きめのリボンがあり、可愛さを上げている。さらに腰に紅い薔薇のコサージュを付けており、全体を引き締めていた。その賞賛の声をエリーナが誇らしげに受ける。
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