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アスタリア王国編
153 夜会で再会しましょう
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エリーナとクリスがアスタリアに来て一か月が経った。エリーナはアスタリアの歴史と文化の知識を身に着け、マナーなどもつつがなく修めた。クリスはしっかり公務を振られているようで、嫌そうな顔をしながらも王子をしているようだ。
そしてナディヤを見守ることに決めたエリーナは、図書館で見かければ話をし、お茶会に誘うようになった。マルクが言うように知識量が豊富で、ロマンス小説の趣味もあった。ナディヤは決して口には出さないが、姉二人からひどい仕打ちを受けているのが節々に現れており、エリーナは胸を痛めた。
そんな日々を送ったエリーナは、アスタリア王国に来てから初めて夜会に出席することになったのだった。その夜会はクリスの帰還を祝うためのものであり、エリーナのお披露目の場でもある。失敗は許されず、多くの貴族に挨拶をしなくてはならない。この日のためにエリーナは主要な貴族の顔と名前を憶えていた。シルヴィオの存在があるからか、王宮には絵が描ける文官や侍女が多く、渡された貴族名鑑は似顔絵付きだった。
エリーナは鏡で仕上がりを確認し、「がんばるわよ」と気合を入れる。ドレスは薄紫を基調としており、裾にいくにつれて濃い紫へと変わっていく。紅い花のコサージュがつけられており、華やかなドレスとなっていた。胸元や背中が開いているが、つつましさがあり胸元を飾る大粒のアメジストがエリーナの綺麗な瞳を引き立てる。髪は編み込んで結い上げており、紅いルビーが嵌ったティアラが可愛らしかった。
部屋に迎えに来たクリスはエリーナを見るなり破顔し、満足そうに頷く。
「エリー。きれいだよ。誰にも見せたくないな」
「大事な挨拶の場なんだから、そうも言ってられないでしょ」
クリスは喉の奥で笑い、エリーナの手をとって歩き出した。夜会は王宮内の広間で行われる。徒歩で行けるというのはとても便利だ。
リズがすぐ後ろについて来ており、夜会の状態を教えてくれる。
「ゲストの皆さまは歓談されており、王族のご入来をお待ちです。王族の方々がお入りなった後に、お二人となります。それと給仕の侍女からラルフレアの貴族もいらっしゃると聞きました」
リズの説明が終われば、ちょうど広間に繋がる大きなドアが見えてきた。焦げ茶色の重厚感のあるドアであり、大木から作られていることがわかる。王族の方々入ったところのようで、扉の向こうから拍手が聞こえていた。その拍手が止み、王の言葉があったあとで再びファンファーレが鳴る。
自分たちの番だと、エリーナはクリスの腕を掴む手に力を込めた。緊張するが、やるしかない。アスタリアで認めてもらうために、必要なことだからだ。
「クリス・ディン・アスタリア殿下。エリーナ・フォン・ラルフレア王女殿下のご入来!」
衛兵の張りのある声が響き、扉が開けばわっと歓声と拍手が押し寄せてきた。その中を二人は堂々と歩く。クリスには「あれが第三王子なのか」だとか、「病に打ち勝たれた」とか囁きが起こっていた。対するエリーナには「ラルフレア王の面影がある」「美しい方」など女性からの賛辞の声が多く聞こえた。
二人は壇上に上がり、クリスが堂々と威厳をもって挨拶をしていた。そこに噂の中の病弱な王子の姿はなく、国の未来の姿を見据えている頼もしい王子だった。クリスの挨拶が終わると喝采が起き、エリーナは一緒に微笑みを浮かべて手を振る。
そしてダンスの曲が流れ、エリーナはクリスと広間の真ん中で踊る。エリーナの王女としての品格と素養を見せる場であり、緊張に表情を硬くしているとクリスに頬をつつかれた。
「笑って。いつも通りでいいから。エリーナはただ踊るだけで、最高に美しいよ」
そんな歯の浮くセリフを言われたら、エリーナだって顔を赤らめる。その紅さが美しさを引き出していた。
踊るのはアスタリアの伝統的な音楽。少しテンポが速いが、ステップは複雑ではない。何度もクリスと練習してきた。息を整え、曲に合わせて踊り始めた。
回る度にドレスの裾が広がり、リズムを生む。踊る二人に見ている人たちは引き込まれていく。紅色の波の中で光るプラチナブロンドは美しく、感嘆の息をもらす。
そして一曲踊りきると、主要な貴族の挨拶を受けていく。クリスは一部の貴族から小手先試しと難題を振られていたが事も無げに返していた。徐々にクリスを認める雰囲気が広がっていく。エリーナは愛嬌を振りまき、クリスをサポートする。
挨拶がひと段落をし、二人が自由に動けるようになったのは夜会も中盤になってからだった。エリーナはやっと落ち着いて周りを見回す。これほどアスタリアの人たちを一度に目にするのは初めてで、赤い髪にも色々な種類があるのだと気づいた。
その中で見覚えのある薄紅色を見た気がして、何気なく視線を向けたエリーナは目を剥く。彼女は見知った男性と一緒にこちらに近づいていた。
「ネ、ネフィリア……さんに、ルドルフ、さん」
つい様をつけてしまいそうになる。クリスも驚いた顔で、ルドルフに手を差し伸ばしていた。ネフィリアはエリーナに悠然とした笑みを向け、エリーナは思わず後ずさりそうになった。彼女に言われたあれこれはエリーナの心に刻まれており、苦手意識がこびりついている。
「エリーナ様。お変わりの無いようで安心しました。こちらには慣れましたか?」
「おかげさまで……ネフィリア様もお変わりの無いようで」
金色の目を細め、ネフィリアは面白そうにエリーナを見ていた。そこにルドルフが入ってくる。
「久しぶりですね。ジーク様やベロニカ嬢が気にしていましたよ」
ラルフレアにいる皆の名前が出てきて、エリーナは顔を綻ばせる。
「皆さんお元気? 必ずベロニカ様とジーク様の結婚式には参加しますからと伝えておいてください」
そしてルドルフを連れ二歩ほど下がり、ネフィリアたちから距離をとって小声で話す。
「それで、なぜネフィリアさんと? あ、いえ、他意は無いのだけど。紹介した身として気になって……」
正しくは紹介させられたであるが。するとルドルフは苦笑いを浮かべて、小声で返す。
「二人の顔を見にアスタリアへ行かないかと誘われたのですよ。シルヴィオ殿下から招待状が来たようで」
「そうだったの。えっと、意地悪なこと言われてない?」
そう心配になってちらりと訊けば、ルドルフは眼鏡の奥の目を瞬かせ、ついで喉の奥で笑った。
「大丈夫ですよ。それに、エリーナ様に話すのも何なのですが、彼女とは目的が同じで話していて面白いのです」
そして意地悪な策士っぽい笑みに変えて、とっておきの秘密を話すように続けた。
「それに、ああいう頑な態度を突き崩すのは何とも面白いんです。ああ見えてとても可愛らしい一面があるのですよ」
人の悪い笑みだが、逆にエリーナはネフィリアに親近感が湧いた。あのネフィリアを動かせるなら、二人はいい関係になれるかもしれない。
「ルドルフさん。押しましょう。あのネフィリアさんを陥落させて甘やかせてください」
「なんだか、貴女に言われると変な気分です」
そして後日またゆっくり会うことを約束して、二人は別れの挨拶を述べて人の輪の中に戻って行った。エリーナはルドルフが去り際に残した言葉を思い出す。
「ミシェルがもう来てたのね」
「商会もだいぶ動き出したみたいだよ。落ち着いたら挨拶に来るって」
「あら、知ってたなら教えてくれてもよかったのに」
と、少し意地悪な気持ちになって、非難がましい目を向ければクリスは顔を背けた。
「だって、恋人に他の男の話なんかしたくない」
そう拗ねた表情を見せるクリスが愛おしくて、エリーナはくすくすと幸せそうに笑うのだった。
そしてナディヤを見守ることに決めたエリーナは、図書館で見かければ話をし、お茶会に誘うようになった。マルクが言うように知識量が豊富で、ロマンス小説の趣味もあった。ナディヤは決して口には出さないが、姉二人からひどい仕打ちを受けているのが節々に現れており、エリーナは胸を痛めた。
そんな日々を送ったエリーナは、アスタリア王国に来てから初めて夜会に出席することになったのだった。その夜会はクリスの帰還を祝うためのものであり、エリーナのお披露目の場でもある。失敗は許されず、多くの貴族に挨拶をしなくてはならない。この日のためにエリーナは主要な貴族の顔と名前を憶えていた。シルヴィオの存在があるからか、王宮には絵が描ける文官や侍女が多く、渡された貴族名鑑は似顔絵付きだった。
エリーナは鏡で仕上がりを確認し、「がんばるわよ」と気合を入れる。ドレスは薄紫を基調としており、裾にいくにつれて濃い紫へと変わっていく。紅い花のコサージュがつけられており、華やかなドレスとなっていた。胸元や背中が開いているが、つつましさがあり胸元を飾る大粒のアメジストがエリーナの綺麗な瞳を引き立てる。髪は編み込んで結い上げており、紅いルビーが嵌ったティアラが可愛らしかった。
部屋に迎えに来たクリスはエリーナを見るなり破顔し、満足そうに頷く。
「エリー。きれいだよ。誰にも見せたくないな」
「大事な挨拶の場なんだから、そうも言ってられないでしょ」
クリスは喉の奥で笑い、エリーナの手をとって歩き出した。夜会は王宮内の広間で行われる。徒歩で行けるというのはとても便利だ。
リズがすぐ後ろについて来ており、夜会の状態を教えてくれる。
「ゲストの皆さまは歓談されており、王族のご入来をお待ちです。王族の方々がお入りなった後に、お二人となります。それと給仕の侍女からラルフレアの貴族もいらっしゃると聞きました」
リズの説明が終われば、ちょうど広間に繋がる大きなドアが見えてきた。焦げ茶色の重厚感のあるドアであり、大木から作られていることがわかる。王族の方々入ったところのようで、扉の向こうから拍手が聞こえていた。その拍手が止み、王の言葉があったあとで再びファンファーレが鳴る。
自分たちの番だと、エリーナはクリスの腕を掴む手に力を込めた。緊張するが、やるしかない。アスタリアで認めてもらうために、必要なことだからだ。
「クリス・ディン・アスタリア殿下。エリーナ・フォン・ラルフレア王女殿下のご入来!」
衛兵の張りのある声が響き、扉が開けばわっと歓声と拍手が押し寄せてきた。その中を二人は堂々と歩く。クリスには「あれが第三王子なのか」だとか、「病に打ち勝たれた」とか囁きが起こっていた。対するエリーナには「ラルフレア王の面影がある」「美しい方」など女性からの賛辞の声が多く聞こえた。
二人は壇上に上がり、クリスが堂々と威厳をもって挨拶をしていた。そこに噂の中の病弱な王子の姿はなく、国の未来の姿を見据えている頼もしい王子だった。クリスの挨拶が終わると喝采が起き、エリーナは一緒に微笑みを浮かべて手を振る。
そしてダンスの曲が流れ、エリーナはクリスと広間の真ん中で踊る。エリーナの王女としての品格と素養を見せる場であり、緊張に表情を硬くしているとクリスに頬をつつかれた。
「笑って。いつも通りでいいから。エリーナはただ踊るだけで、最高に美しいよ」
そんな歯の浮くセリフを言われたら、エリーナだって顔を赤らめる。その紅さが美しさを引き出していた。
踊るのはアスタリアの伝統的な音楽。少しテンポが速いが、ステップは複雑ではない。何度もクリスと練習してきた。息を整え、曲に合わせて踊り始めた。
回る度にドレスの裾が広がり、リズムを生む。踊る二人に見ている人たちは引き込まれていく。紅色の波の中で光るプラチナブロンドは美しく、感嘆の息をもらす。
そして一曲踊りきると、主要な貴族の挨拶を受けていく。クリスは一部の貴族から小手先試しと難題を振られていたが事も無げに返していた。徐々にクリスを認める雰囲気が広がっていく。エリーナは愛嬌を振りまき、クリスをサポートする。
挨拶がひと段落をし、二人が自由に動けるようになったのは夜会も中盤になってからだった。エリーナはやっと落ち着いて周りを見回す。これほどアスタリアの人たちを一度に目にするのは初めてで、赤い髪にも色々な種類があるのだと気づいた。
その中で見覚えのある薄紅色を見た気がして、何気なく視線を向けたエリーナは目を剥く。彼女は見知った男性と一緒にこちらに近づいていた。
「ネ、ネフィリア……さんに、ルドルフ、さん」
つい様をつけてしまいそうになる。クリスも驚いた顔で、ルドルフに手を差し伸ばしていた。ネフィリアはエリーナに悠然とした笑みを向け、エリーナは思わず後ずさりそうになった。彼女に言われたあれこれはエリーナの心に刻まれており、苦手意識がこびりついている。
「エリーナ様。お変わりの無いようで安心しました。こちらには慣れましたか?」
「おかげさまで……ネフィリア様もお変わりの無いようで」
金色の目を細め、ネフィリアは面白そうにエリーナを見ていた。そこにルドルフが入ってくる。
「久しぶりですね。ジーク様やベロニカ嬢が気にしていましたよ」
ラルフレアにいる皆の名前が出てきて、エリーナは顔を綻ばせる。
「皆さんお元気? 必ずベロニカ様とジーク様の結婚式には参加しますからと伝えておいてください」
そしてルドルフを連れ二歩ほど下がり、ネフィリアたちから距離をとって小声で話す。
「それで、なぜネフィリアさんと? あ、いえ、他意は無いのだけど。紹介した身として気になって……」
正しくは紹介させられたであるが。するとルドルフは苦笑いを浮かべて、小声で返す。
「二人の顔を見にアスタリアへ行かないかと誘われたのですよ。シルヴィオ殿下から招待状が来たようで」
「そうだったの。えっと、意地悪なこと言われてない?」
そう心配になってちらりと訊けば、ルドルフは眼鏡の奥の目を瞬かせ、ついで喉の奥で笑った。
「大丈夫ですよ。それに、エリーナ様に話すのも何なのですが、彼女とは目的が同じで話していて面白いのです」
そして意地悪な策士っぽい笑みに変えて、とっておきの秘密を話すように続けた。
「それに、ああいう頑な態度を突き崩すのは何とも面白いんです。ああ見えてとても可愛らしい一面があるのですよ」
人の悪い笑みだが、逆にエリーナはネフィリアに親近感が湧いた。あのネフィリアを動かせるなら、二人はいい関係になれるかもしれない。
「ルドルフさん。押しましょう。あのネフィリアさんを陥落させて甘やかせてください」
「なんだか、貴女に言われると変な気分です」
そして後日またゆっくり会うことを約束して、二人は別れの挨拶を述べて人の輪の中に戻って行った。エリーナはルドルフが去り際に残した言葉を思い出す。
「ミシェルがもう来てたのね」
「商会もだいぶ動き出したみたいだよ。落ち着いたら挨拶に来るって」
「あら、知ってたなら教えてくれてもよかったのに」
と、少し意地悪な気持ちになって、非難がましい目を向ければクリスは顔を背けた。
「だって、恋人に他の男の話なんかしたくない」
そう拗ねた表情を見せるクリスが愛おしくて、エリーナはくすくすと幸せそうに笑うのだった。
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