器用貧乏妃の後宮記~皇帝が行方不明になったので、身代わりを仕立て上げます~

幸路ことは

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 皇帝、翔月は陵墓への参拝を終え、都へ帰る途中で何者かの集団に襲われた。賊は討ち取ったが、護衛も何人か犠牲になったらしい。賊の生き残りを捉えて尋問しても、襲ったのが皇帝だとは知らず、雇われただけだそうだ。そしてその雇い主は偽名であり、捜査はそこで行き詰まっている。そして三日が経っても皇帝の消息は分からず、玉体すら見つからなかった。

「……最悪の状態ね」

 これが後宮内の噂話と、父親からの手紙の情報を合わせた全てだった。空の玉座となった朝廷は当初右往左往していたものの、今は最低限の人にだけ事態を知らせ、粛々と政治を行っている。先帝の崩御に後継者争いと空位の時間が長かったこともあって、混乱はさほど大きくなかったらしい。

 だが後宮はそうもいかず、ようやくお渡りがあるかもと思っていただけに皆の落胆は大きかった。妃嬪の中には大きく取り乱し、泣き崩れたものもいると聞いたが真偽は定かではない。そして不安が募り精神的に不安定だからか、妃嬪同士の衝突も起きていた。

 鈴花は父親からの手紙を畳み、書几つくえの上に置く。鈴花は巻子かんすや書物が棚に置かれている書房《しょさい》に閉じこもっていた。皇帝が不在時の後宮について書き記した書物がないか探していたのだ。

(陛下がいなくとも、私たちがここにいられるように考えないと)

 まだ開かれて少ししか経っていない上に、寵姫がいるわけでもない。現状は未来のための投資であり、皇帝がいなければ穀潰しとして後宮は解散させられかねないのだ。そうなると鈴花は困る。玄家が困る。

(手紙にも資金的に後宮を出られると困るってあったし、まずいわ)

 春明が宦官たちから聞いた話では、まだ後宮について議題には上がっていないらしい。だが、皇帝の不在が長引くようなら後宮の必要性が問われかねない。

「鈴花様、あまり根を詰められませんよう。外も暗くなってまいりましたし、火を灯しましょうか」

 朝から晩まで巻子や竹簡と睨み合っている鈴花を気遣って、春明は書灯に火をつけた。控えていた下女が部屋の灯篭にも火をつけたので一気に部屋が明るくなる。いつのまにか日が沈み始めていたらしい。

「あぁ、ありがと。少し休憩するわ、お茶をもらえる?」
「もちろんでございます」

 春明は一礼してから下がり、それを見送った鈴花は書几に突っ伏した。春明がいたらみっともないと叱られるが、控えている下女は見逃してくれる。正直鈴花の頭では限界が近かった。いくら過去の文献を当たっても、皇帝が不在ながら後宮が存在した例はない。皇帝が不在ということは、御世が終わり古い後宮は解散させられるからだ。

「なんで行方不明になるのよ」

 必死の捜索が続けられているが、なんの手掛かりすら上がってこない。大怪我を負って近隣の民家に匿われているかと、しらみつぶしに訪ねているそうだが、成果はなかった。そして不思議なことに襲撃を受けた時、途中から皇帝の姿を見たものがいないというのだ。まるで、仙人のように忽然と姿を消したらしい。

(もし大怪我をされていて意識がないなら、見つけるのは困難よね)

 誰もが皇帝を仮面で認識していた。時間が経てば服装が変わり、仮面も外れているかもしれない。皇帝が名乗り出ない限り、外見の特徴でこちらが皇帝だと判断するのは難しいのだ。そう考えて、鈴花は引っ掛かりを覚える。

(何かしら、なんか……)

「天に、お帰りになられたのかしら」

 その時、ぽつんと背後にいた下女が呟いた。無口な彼女がこぼした言葉に、鈴花はどういうことと振り向く。聞こえると思っていなかったのか、彼女は少し驚いて白い顔を伏せる。私語を叱責されると思ったのか、身を小さくしていた。

「それ、どういうこと?」

 鈴花は優しい声音で問いかけ、怒ってないよと笑顔もつける。どうやら、彼女の前の主人は高圧的な人物だったらしく、罵詈雑言や折檻は当たり前だったらしい。春明がひどい主がいるものですねと憤慨していた。彼女は少し迷ってから、「その」と小声で話し出す。

「噂、なんですけど。主上が仮面をお付けになっているのは、天人のような美しさで、見たものの目が潰れるからではないかと。それで、今回お姿が見えないのは、天に帰られたからではないかと」

 なんとも幻想的な噂話に、鈴花は額に手を当てる。

「あの仮面の下が美貌という線は考えてなかったわ」

 皇帝の仮面の下については、後宮の誰もが気になるところだが、鈴花はてっきり傷でもあるか、醜くて隠したいかぐらいにしか考えていなかった。

「それなら、天に祈って地上に降りてきてもらうしかないわね」

 そう返答をし、聞こえてきた足音に視線をあげた。お茶を飲むために、部屋の隅にある方卓つくえに移動しようとしたが、戸口に現れた春明は何も持っていなかった。

「鈴花様、内侍ないじ郭昭かくしょう様がお見えです」

 突然の来客に、休もうと思っていた鈴花は嫌そうに顔を歪める。

「わー、面倒な予感がするわ。気が休まるお茶をお願い」
「そうおっしゃると思って、胡国から取り寄せた香りの良いお茶を用意しております」

 胡国は鳳蓮国の西側、海を隔てた向こう側の国々の総称だ。その一帯はお茶が有名で、鈴花は愛飲していた。

「何を持ってきたのかしら」

 鈴花は気が重くなりながらも立ち上がった。内侍ということは、宦官の一番上であり、おそらく帳の前に控えていた人だ。厄介ごと気配を感じた鈴花は、静かに息を吐き出した。
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