器用貧乏妃の後宮記~皇帝が行方不明になったので、身代わりを仕立て上げます~

幸路ことは

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9 おいしい屋台を堪能します

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「自由って最高~!」

 鈴花は砂埃が上がる大通りを歩いていた。後宮を含む暁光宮ぎょうこうきゅうは都の北に位置し、郭壁の外は政治に関する殿舎たてものや皇家に繋がりのある一族のやしきが立ち並んでいた。門より南は大通りを挟んで東西に分かれており、北から名家や富のある一族が住む区画、商人が住む区画、農民や工芸人が住む区画と下るにつれ治安は悪くなる。東西それぞれ最南端には、郭壁側に追いやられるかたちで貧民街も存在する。
 そんな都の中央通りを下り、鈴花は東にある繁華街へと向かった。西の区画は名家や朝廷勤めの役人が多く居を構えており、店は食べ物も服飾関係も一級品が多い。お洒落で格式の高い区画になっていた。それに対して東は商人が多く、文化の異なる胡国の行商人も多く店を開いている。工房が立ち並び、活気にあふれていた。

(東の方が楽しいしねー)

 玄家はその昔、西の皇宮近くに邸を構えていたそうだが、鈴花の曽祖父の代で東区画にある繁華街の近くに転居したらしい。父は情報に敏感になるためと言っていたが、鈴花は維持費がかさむからではと考えている。
 実家の近くを通るのは危険なのでぐるりと迂回して、目的の場所までやってきた。

(わー、これこれ! このごちゃごちゃした感じがいいのよねー)

 通りを行き交う人は、商人に平民。黒や栗色の髪をした人たちが視界を埋め尽くす。そしてところどころに胡国出身の赤や金といった髪の人がおり、目を引いた。多様な人が行き交う通りに面する店々も、点心から串焼き、珍しい胡国の食べ物や飲み物まで様々な物を売っている。古着や反物を台に並べている女性や、怪しげな骨董品を客に勧めているお爺さん、竹細工の小物を仕入れている行商人と人で賑わっていた。

(色々あるわね。あ、なんかいい匂い)

 食べ物の屋台が二、三軒続いており、鈴花は匂いにつられて近づいていった。積まれた蒸籠せいろから蒸気が上がっており、肉と香辛料の香りが漂ってくる。

(ちょうどいい時間だし、食べましょ)

 食事は朝と夜の一日二回なので、昼過ぎにお腹が空きおやつに点心を食べることが多い。
 鈴花は屋台のおじさんから、白いふわふわの包子パオズを買い、竹の皮から熱を感じながらあむっとかぶり付く。

(おいし~!)

 つやっとした柔らかい生地の中から肉汁が溢れ出し、噛むと筍の食感がたまらない。

(これこれー。食べ歩きながら街を見るのがいいのよ)

 後宮の美しい景色を見ながら、春明のおいしい包子を食べるのもいいが、食べ歩きにしかない醍醐味もある。鈴花は二口、三口とかぶりつき、鈴花は人の流れに乗って路地の中へと進んでいった。

(こうやって気楽に外に出られるのは、玄家で良かったと思えるわね)

 名家によっては、娘を可愛がるあまり一切外に出さずに育てる家もある。まさしく箱入り娘だ。だが玄家は器用貧乏という家柄上、圧倒的に仕事が多いのだ。そのため娘であっても、教養を身につける傍で事業の一部を任されていた。代理として取引先に出向いたことも何度かあり、鈴花にとってこの東区画は庭のようなものである。

 包子を口の中に押し込み、咀嚼しながら街の人々に視線を向けた。朗らかに笑い、大きな声で話す人たちに、地方から観光をしにきた旅人ような二人組、子供たちは路地の奥で走り回っている。

(皇帝の不在を知らないのよね)

 皆生活に希望を持っている顔だ。先帝が崩御し、皇位争いが続いていた時は陰鬱とした、重たい空気が都にはあった。それが、新帝が即位してからは払拭されている。

(早く見つかるといいのだけど)

 危機的な現実から逃れるために市井に出てきたのに、結局その問題について考えてしまう。

(せめて、影武者を用意してればよかったのに。でも、一週間経っても見つからないってことは、噂通り監禁されているのかしら)

 だが監禁しているなら、それを公表しない理由が分からない。皇帝が手元にいるなら、朝廷に取引を持ちかけてもおかしくないからだ。

(空位になっても、次の皇帝がいるわけでもないし)

 何度考えても答えは出ない。全て憶測に過ぎず、情報が圧倒的に足りない。考え事に没頭していた鈴花は知らない間にずいぶん歩いたことに気がついた。繁華街から少し離れたところまで来ており、辺りの空気が変わっている。

 小径の両脇に楼閣が立ち並び、煌びやかな襦裙を着た妓女たちが二楼にかいの欄干から通りを見下ろしていた。どうやら花街に入り込んでしまったらしい。

(そういえば、うちもこの辺りに一つ妓楼を持ってたわよね)

 妓楼は西の区画に多いが、東にも花街がある。西に比べれば格式が低く、武官や文官、商人がよく通うらしい。どちらにせよ庶民にはなかなか手の届かない世界だが、朝廷や後宮、名家にとっては馴染みの深い場所でもある。

 夜伽をするしないに関わらず、妓女たちは芸事の達人であり、文官たちと議論が交わせるほどの知識に、心を開かせる気づかいや言葉がけなど、多方面にわたる能力が要求される。宮中行事や名家の邸に呼ばれることも多く、また後宮から出た妃嬪が妓女となることもある。
 実際鈴花も芸事を身につけるため、一時期妓楼で修練していたこともあった。気の利いた言葉がけができず、妓女として一人前にはなれそうになかったが。

(たしか、この辺りよね)

 記憶を辿って進むと見覚えのある楼閣が見えてきて、店の前に客引きらしい男の姿があった。妓楼といっても働いているのは妓女だけではない。力仕事もあるし、客との諍いを治めなければいけないこともあるので、男も働いていた。主な仕事は雑用であり、客相手の仕事が多い。

「そこの旦那、ちょっとよっていかないかい?」

 そんな客引きは店を吟味している男に声をかけている。明朗でよく通る声であり、顔を向けてしまう魅力的な声だった。深みのある少し低い声がまたいい。

(あれ?)

 その声に妙な既視感があって、鈴花は思わず足を止めた。
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