器用貧乏妃の後宮記~皇帝が行方不明になったので、身代わりを仕立て上げます~

幸路ことは

文字の大きさ
36 / 64

36 甘い点心に癒されます

しおりを挟む
 鈴花は景雲宮に帰るなり、離れで春明から報告を聞いた。できる侍女の春明は市井でお土産に点心を買ってきており、それを食べながらの飲茶である。時刻はちょうど昼過ぎで、小腹もすいたころだった。
 春明はお茶を淹れてから、鈴花から見て方卓つくえの右に立ち簡潔に情報を伝えていく。それに耳を傾けながら、鈴花は好物を口に運んだ。

(おいし~)

 鈴花は甘い点心に顔をほころばせる。買ってきてくれたのは、抜絲苹果揚げりんごの飴がけであり、素人はなかなか作れないものだ。たくさんの布に包んで持ち帰ってくれたため、まだ中がほんのり温かい。

 素揚げしたりんごを飴にからめた点心で、飾りとして飴を糸状にしたものが乗っている。それを崩しながら食べれば、飴のパリパリした食感のあとに甘みが溶けだし、りんごの甘酸っぱさがいい調和を生む。甘芋さつまいもの飴がけの方が多いが、鈴花はりんごの方が好きだった。

(幸せ~。嫌なことを一気に忘れるわ)

 さらに胡国の茶器に入れた苹果红茶アップルティーの香りを楽しんで口に含めば、気分は異国に旅をしたようだ。紅茶自体は鳳蓮国でも栽培しているが、そこに果物や薬草で香りをつける飲み方は一般的ではない。この飲み方は胡国の商人から伝わったものだった。

 顔を緩ませ、気の抜けた表情になっている鈴花を見て、報告を終えた春明はため息をつく。宮女たちから鈴花が疲れていることは聞いていたが、それでも気を緩めすぎだ。

「鈴花様……ちゃんとお聞きになっていらっしゃいましたか?」
「え? あ、うん。もちろんよ」

 鈴花は胡国の茶杯ティーカップを受け皿に慎重に置き、表情を引き締めた。

「お父様の情報通り、珀家は人と物の動きが増えていて、下男や下女も尊い人がいることを知っているようなんでしょ?」
「はい、逆に朱家、蒼家は侍女や下女も公表を受けて戸惑いを見せているようです」

 鈴花は「ふ~ん」と相槌を打って、揚げりんごを口に放り込む。

「それにしても玄家は保護した皇帝を後宮で匿っているって噂が出ているのね」

 これは春明が新たに得た情報で、それを聞けば珀妃の態度にも少し合点がいった。彼女は宵を皇帝として保護した人物と思っているのかもしれない。

「なので、皇帝なら後宮に男のままいようが問題ありませんし、ご落胤でも同様です。この噂は上手く使うべきでしょうね。ただ……」
「お兄様の動きが掴めないわねぇ」

 鈴花はお茶を一口のみ、眉間に皺を寄せる。兄の凉雅は朝廷で下働きをしていたが、この数週間姿が見えないという。玄家の広い伝手を使って、兄が務める部署に出入りしている商人に話を聞いたのだが。

「まさか、名前を挙げるまで、いないことに気づかれないなんてね……」

 その商人に凉雅について訊けば、そういえばいなかったようなというぼんやりした返答だった。いつからいないのかも明確ではなく、あまりの影の薄さに鈴花は憐れみを覚えた。

「まぁ、それが一種の凉雅様の才能でもありますからね」
「……ということは、お兄様は何か裏で動いているんでしょうね。やりにくい」

 鈴花たちに利になるように動いているのか、それとも他に思惑があるのか。兄はたまに家族からも存在を忘れられるほど影が薄いが、能力は高く侮れない。あっちもこっちも気になることが多すぎて敵が絞れず、鈴花はこめかみを揉んだ。

(珀妃の最後の言葉もひっかかるし……)

 珀妃は皇帝の直系が絶えることについて触れていた。しかもそこに意味があるかのような言い草で、蓮国のこともちらつかせていた。

(それに、宵も……)

 ご落胤の可能性だけでも頭の容量を圧迫しているのに、予想外の好意を向けられている。そこに父親の関与も考えるともう鈴花の頭は爆発寸前だ。

「鈴花様……それで、そのご様子から厄介ごとがあったようですが、お聞きしても?」
「うん。二つ面倒なことがあってね、愚痴らせてくれる?」

 さすがは春明。主人を精神面でもしっかり支えており、そう話を促した。そして時系列順に最後まで話を聞いた春明はいい笑顔で毒を吐く。

「馬鹿男はやはり切り落とすべきですし、緋牡丹は茎をへし折るべきです」
「えぇ、そうね。宵は今度同じことしてきたら殴るし、珀妃に関しては必ず尻尾を掴んでみせるわ」

 春明に話したことでいくぶん心がすっきりし、余裕ができてきた。前向きに考えようと気合を入れ直した鈴花を見て、春明は意外そうに小首を傾げる。

「しかし……鈴花様は宵に言い寄られても不愉快ではないのですね?」
「え? 不愉快よ。考え事の邪魔になるし、精神的にもよくないわ」

 そう答えれば、春明は逆側に首を傾ける。耳元で輪に結い上げている髪が揺れた。

「そのわりには……」
「何?」

 ぼそりと口の中で春明が何か呟いたが、あいにく鈴花には届かない。そして見守るような微笑を浮かべると、ふふふと小さく笑った。

「ちょっと、何? 怖いんだけど」
「いえ、思う存分お悩みくださいな」

 その後春明も席に座り、お茶を飲みながら雑談をしていると走廊ろうかを速足で進んでくる足音が聞こえ、二人は顔を見合わせた。急ぎの用があるのだろうと、春明は取り次ぐために席を立ち戸口へと歩いていく。春明が戸口に手をかけたのと、宮女が戸の前で止まり口を開いたのは同時で、

「鈴花様、朝廷に動きがありまし……た」

 と、前触れなく開いた戸に驚きつつ、宮女は畏まる。午前中に鈴花の散歩につきあってくれた宮女だ。彼女は急いで伝えてくれたようで、少し息が上がっていた。

「ありがとう。何があったの?」

 鈴花は戸口の向かいに座っており、労ってから用件を促す。彼女は息を整えると、緊張を含んだ声で話し出した。

「……はい。朝廷は、皇帝の真偽を明らかにするために、一週間後に召集をかけて審議をするそうです」
「一週間後ね」

 あと一週間と少しで建国祭があり、皇帝は国民の前に出なければならない。それまでに事態を収束させたいのだろう。予想の範囲内であり、鈴花は口元に手をやる。

「どこで審議をするのかしら。やっぱり正殿かしらね」

 百官が募って御前会議をするのが正殿だ。右丞相、左丞相などが詰めているのもそこである。そしてそこは妃嬪が容易に入れるところではない。子どもが幼くして皇帝となり、その母である皇太后が御簾の奥から補佐する場合があるくらいだ。基本的に妃嬪は政治の世界から遠ざけられる。

「おそらくは……」
「なんとかして、その審議の場に出たいわ」

 宵一人だけをその場に出すのはあまりにも危険だ。唯一朝廷に出仕している兄は頼れないし、腹が読めない父親を引っ張り出すわけにもいかない。いい考えが浮かばない鈴花に、春明が「では」と進言する。

「郭昭様に皇帝と関わった妃嬪の参加を提案されてはどうですか? それなら怪しまれることなく、鈴花様も審議に加われるかと」

 その助言に、鈴花は目を見開き手を合わせる。

「春明、頭いい。それでいきましょう。珀妃も出てくるでしょうから、直接引導が渡せるわ。郭昭様に文を出すから、用意をお願い」

 春明が筆や硯を取りにいこうとした時、宮女が「あの」と声をあげる。二人は動きを止めて、宮女へと視線を向けた。

「もう一つ、お伝えすることがございます。翠妃と黄妃様より飲茶の誘いが来ておりまして、日を相談したいと」
「この状況でお茶ねぇ……皇帝についてよね」

 おそらく事実の確認と、真意を探ろうとしているのだろう。二人は后妃になることを目的にしていないが、名家の娘。各家がどういう立場を取るのか決めるためにも、情報が欲しいはずだ。

(彼女たちも味方につけられればいいのだけど……)

 珀家はともかく、名家である朱家と蒼家に対抗するには玄家だけでは心もとない。鈴花はそんなことを考えながら宮女に礼を言い、下がらせるのだった。そして郭昭と上級妃の二人に文を書き、今後の予定を立てる。黄妃と翠妃には明日、郭昭には審議の詳細が決まり次第会うことにした。

(これで少し形が見えてきたかしら)

 今日一日で少し前進した気がした鈴花だが、その夜、闇夜に紛れて事件は起こるのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...