器用貧乏妃の後宮記~皇帝が行方不明になったので、身代わりを仕立て上げます~

幸路ことは

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45 皇帝たちの真偽を追及します

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 審議ではまず、各家の当主たちに皇帝を保護した時の状況ついて説明が求められた。各家の回答は似たり寄ったりで、捜索の折に怪我をして気を失っている青年を見つけたが、すぐには意識を回復しなかった。そして目覚めたのちも記憶の混濁があり、皇帝だと確認できなかったらしい。正直なんとでも言える内容であり、裏付ける証拠もない。

 太師もそれをよく理解しているようで、一通り聞くだけ聞いてそれ以上追及することはなかった。続いては各家が証人を呼び、本物の皇帝であることを主張するが、どの家も証人は幼少期の知人であり、皇帝との思い出が披露されていた。そんな中、郭昭が口を開いたことでどよめきが走る。

「私は長年宦官をし、景雲宮の管理に携わっておりました。そのため、幼少期の陛下のご尊顔を拝したことがあります。また、私は側使えとしても即位されてから近くにおりました。その上で私は玄家が保護された陛下が本物であることを証言します」

 この郭昭の証言により、玄家が一歩先んじた形になる。珀家の当主は苦々しそうに顔を歪め、朱家と蒼家は興味深そうに顎髭を撫でていた。

 そして、いよいよ各皇帝への問答が始まる。政治や歴史などの教養・知識や、御前会議の内容から官吏の名前などの記憶、そして所作や声などが確かめられていった。粛々と質疑が進み、場が騒めいたりどよめいたりしている中、鈴花は下唇を噛んでいた。

(思ったより、皆似ている)

 朱家の皇帝はやや声に違和感があるが、そもそも声をまともに聞いた人が少ないため、聞けば聞くほど分からなくなるという状態に陥っていた。何より、知識や教養、人名をほとんど言い当てられており、百官を驚かせている。それは蒼家も同じで、怪我のせいで声はでないものの、筆記で答えた内容の正当率は高い。その筆跡の鑑定が行われており、文献を管理する専門家たちが額を突き合わせて見比べていた。

(朱家、蒼家は微妙なところはあるけど、中身的には問題がなさそうに見えるわ……)

 いっそ、完全に記憶喪失のほうが為政者としての資格が無いと糾弾できるのにと、鈴花は悔しそうに眉根を寄せた。記憶の欠落が見られるとされていた朱家の皇帝も、政治を行うのに必要な知識は持ち合わせている。

(でも、一番強敵なのは……珀家)

 鈴花は先程から太師の問答に答えている珀家の皇帝に視線を向けた。彼の声は静かで物腰が柔らかく、優しい。落とすように話す感じも、皇帝そのものに思えて鈴花は困惑を隠せなかった。さらに追い打ちをかけるのが、皇帝が出す答え。

 珀家の皇帝は記憶の混濁があるとされていたが、この一週間で回復したらしく全て正しい回答を出していた。その正しいという意味の中には、皇帝が知らない情報は答えられていないというのも含まれる。これが一番難しく、宵にも徹底的に教えたことだ。知っているはずのことを答えられないのは問題ない。人は誰しも間違えるし、忘れることもある。
 だが、知らないはずの事を知っているのは、偽物だと露呈することになる。

(宵は今のところ大丈夫だけど……宵と同じくらいよくできている)

 二人を見ていると、同じ人物のように見えて百官たちも困惑しているのが手に取るようにわかった。朱家、蒼家に比べると段違いに似ているのだ。そのため、審議の場はこの二人を中心に進められている。

(本物っぽいわ。直接話すことができたら、少しは分かるかもしれないのに)

 鈴花は皇帝と二人っきりで会っている。あの時の会話を全て覚えているわけではないが、真偽を見分ける糸口になればと思っていると、銅鑼が一つなり休憩が告げられた。太師と百官たちは一度意見を取りまとめるようで、別室へと移っていった。妃嬪の意見は女官が代理として伝えにいっており、残されたのは各家の当主と自称皇帝たちに身の回りをする宦官や侍女たちだ。

 張り詰めた空気の中、出されたお茶に口をつけた鈴花は何気なく珀家の皇帝に視線を向けた。優雅に座って器用に仮面をつけたままお茶を飲んでおり、宵も同様にしてお茶をのんでいた。まるで合わせ鏡のようだ。そう思って見ていると、ふと目が合った。仮面の奥に見える目が細められ、鈴花は注意を向けて茶杯を盆に置く。

「玄妃」

 その声は声量はないのに不思議と響き、鈴花は突然呼びかけられて目を丸くした。呼びかけた珀家の皇帝の向こうで、珀妃が驚いた表情を見せている。それは宵も同じで、向かいに座る男を注視している。仮面で表情は見えないが、纏う空気が鋭くなった。

「禁苑で会ったぶり、だな」

 二人で会った時のことを話題にされ、鈴花は目を瞬かせて彼に視線を注いだ。まさか向こうから話を振って来るとは思わず、期待と困惑が胸のうちで混ざった。

(この皇帝は、あの時の事を知っているのね)

 だが鈴花に皇帝からのお声がけがあったことは、後宮では噂になったため、本物である決め手にはならない。鈴花は話を広げ、仮面の向こうの真実を探ろうと動く。

「ご尊顔を拝することができて、感極まっておりますわ。それにしても、本日の仮面もよくお似合いですが、それもお作りに?」
「……いや。その男がつけているものだけだ」

 短く、切るように答えるのが皇帝の話し方だった。そして、その答えは正しく、鈴花は「そうでございましたね」と軽く頭を下げる。

「桜が咲けば、また」
「えぇ、そうですね。枝垂桜が咲くころに」

 皇帝は柔らかく一度頷くと、珀妃に小声で呼びかけられたのか振り向いて何かを話し始めた。鈴花はそれを視界の隅に留めつつ、今の会話を脳内で反芻する。

(……必要以上に話さないところは、実に陛下らしいけれど。もっとつっこんで話をしないと、核心はつけないわ)

 会話の中に皇帝に関する情報を織り交ぜていたが、食いつきがいいとは言えない。珀家に後ろ盾になってもらっている以上、玄家の妃と親しく話すわけにもいかないのだろうが、真偽の判断を下すには情報不足だった。
 鈴花が珀妃の口を読んでその会話を把握しようとしたところで、皇帝の声が珀妃を呼んだ。

「玉耀妃……余の妃が、他の男と話すのは感心せぬが」

 向かいの皇帝が話したかのように思えたが、宵が珀妃に向けて声をかけていた。これには鈴花も珀妃も驚き顔を向ける。珀妃が困惑した表情で当主に顔を向けると、恰幅のいい父親は黙って頷いた。他の当主は沈黙しているが、それとなく聞き耳を立てているのだろう。

「お、お言葉ですが、陛下はこちらにおりますので」
「まさか、それが皇帝だと? 余に后妃にせよと、迫っておきながら」

 静かながらも憤りが含まれている声。珀妃は目を見開き、「えっ」と小さく声を漏らす。当主は眉を上げ、厳しい目を宵に向けた。意図が読めた鈴花は黙って、珀妃の反応を観察する。

「真に后妃として余を、国を支える覚悟があるなら……そのようにふるまえ」

 珀妃は霊でも見たかのような顔になっており、唇が震えている。そして珀家の皇帝と宵を何度も見比べると、掠れた声を出した。

「なぜ、その御言葉を……」

 そう呟いてから弾かれたように、顔を百官たちが出ていった戸口へと向け、ついで宵に戻す。その顔には戸惑いは残りながらも、強気だ。

「いえ、郭昭様の入れ知恵でしょう。あの場には郭昭様もいらっしゃいましたから。……そのようなことで、珀家の陛下が本物であることは揺らぎませんわ」

 珀妃は頭が回るようで、目を吊り上げると鈴花を睨みつけた。珀妃が指摘したとおり、これは郭昭からもらった情報であり、揺さぶりをかけたのだ。

「玄妃様こそ、そのような偽物を皇帝とおっしゃるなら、底が知れてますわ」

 鈴花は珀妃の挑発を済まし顔で受け流す。ここで言い返しては場が乱れ、また妃嬪としての品性が問われる。

(あの反応を見ると、珀妃はあの仮面を本物と信じているわね。おそらく、それ以上のことについては知らないわ)

 互いに自称皇帝を用いて腹の探り合いをする。玄家と珀家の応酬に、場の緊張はますます高まり、それを朱家と蒼家が黙って見ているのがなんだか恐ろしい。今はどの家も横並びで、各家の付き人たちは自家の皇帝を信じつつも、もしかしたらと揺らいでいるのがその表情から見て取れる。
 どこも決め手にかけ、だれも正解を知らない。鈴花は沈黙を貫いている父の背を見つつ、頭の中に展開について列挙した分岐表を広げる。ここまではある程度想定通りに進んでおり、百官たちが戻ればさらに各皇帝に細かく厳しい追究が行われるだろう。

(こちらの切り札を出そうにも、潜入部隊の報告を待ってからじゃないと動けないわね)

 今頃人手が少なくなった各家を捜索し、本物の皇帝が捕らわれていないか確認しているはずだ。

(各家のお手並み拝見といこうじゃないの……。絶対に、偽物の尻尾を掴むんだから)

 鈴花が目を皿のようにして各家の皇帝を見比べていると、太師と百官たちが戻り審議が再開された。一度目の協議で結論は出なかったらしく、各家の主張の違いと皇帝の差異について問われることとなった。鈴花たち妃嬪との交流についても質問がされたが、そこでも玄家と珀家の皇帝は答えが一致し、太師の顔がみるみる渋くなっていくのである。
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