器用貧乏妃の後宮記~皇帝が行方不明になったので、身代わりを仕立て上げます~

幸路ことは

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44 審議に臨みます

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 審議の場所となったのは、百官を集めた御前会議が行われている正殿の堂室ひろまだ。郭昭の取り計らいにより、陛下と言葉を交わしたことのある妃嬪は各家の後方に座し、皇帝の真偽について意見できるようになっていた。

 空座である玉座から見て、右側に手前から朱家と珀家、左側に蒼家と玄家の席となっていた。そしてその四家の並びに百官が控える形になっていた。玉座からこの光景を見れば壮観だろう。

 百官の中に黄家と翠家もいるが、妃嬪たちは鈴花に一任するとこの場には来ていない。そのため、妃嬪が参加しているのが玄家と珀家でちょうど向かい合う形になっている。珀妃はいつものごとく目を引く装いをしており、突き刺さるような敵意のある視線を向けていた。

 まだ皇帝候補たちは姿を見せておらず、場が整いしだい当主に率いられて入って来る段取りになっている。妃嬪と百官が先に堂室ひろまに案内されたため、鈴花は父親に会っていない。後ろに控える春明が無事に宵を父親に引き渡したと報告したので大丈夫だとは思うが、朝から胸騒ぎが続いていた。

(……異様な雰囲気ね)

 鈴花たちの右隣にいる蒼家と向かいにいる珀家は、当主が左丞相と右丞相であり、権力闘争を繰り広げているとあって控えている者たちは火花を散らしている。この場には朝廷に出仕している者と妃嬪のみが参加しているため、朱家は武官が多く、蒼家は文官が多い。そして珀家はどちらもいる。三家とも十数名は座しているのに対し、玄家の前は無人だ。

(お兄様は審議の場にも現れずか……)

 父は心配するなと文でよこしたが、依然として兄の行方は知れない。審議の場には来ると思っていたが、当てが外れた。数が全てではないとはいえ、鈴花も心細さを感じる。そしてこの審議が始まると同時に、裏の部隊も動く手はずになっている。どう転ぶか。鈴花がぐっと拳を握り目を閉じた時、刻限の銅鑼が響いた。

(いよいよ始まったわ)

 鈴花は肺の中の空気を吐き出し、武官が槍を持って守っている大きな戸口へと顔を向けた。そこに現れた人影にどよめきが走る。最初に現れたのは朱家で、その当主は皇帝直属の禁軍に次ぐ左凰軍さおうぐん将軍であり、鍛え抜かれ日に焼けた体躯を軽鎧に包んでいた。

(彼が、皇帝……?)

 その隣に立つ仮面の男は栗色の髪で、品のよい袍に包まれた体は鈴花の記憶にあるものより大きく見えた。身長は同じくらいで、歩き方や周りを見渡すしぐさには品格を感じられる。足を怪我したのか少し歩き方がぎこちない。仮面は白地に赤漆で模様が描かれているもので、一瞬目があった気がした。その刹那、鈴花は首の後ろが焼けるような感覚に襲われ、眉間に皺を寄せる。

(……気配が、違うような気がするわ)

 彼は皇帝というよりはむしろと思ったが、その先の思考は続いて入ってきた人物によってかき消される。朱家が席に座すると同時に、蒼家が入って来たのだ。当主は左丞相であり、政治の腕前は確かだと評されている。
 その隣を歩くのは、これまた栗色の髪をした男性で、背格好は皇帝に近く思える。顔つきが少し細い気がするが、仮面のせいでよく分からない。仮面は薄水色で、波紋が彫られて金が流し込まれていた。

(好青年って雰囲気ね……声を聞いて話してみたいわ)

 歩き姿からは優美さが感じられ、仮面の向こうで微笑んでいるような気がした。その雰囲気は皇帝に近いものがある。首元を切られたと情報にあった通り、首には包帯が巻かれていた。彼はしずしずと歩き、玄家の御簾の前を通る時にこちらに視線を投げかけた。するとまた、首の裏に何かを感じた気がして鈴花は手をやる。当然何もないのだが、まるで警告のような違和感に鈴花はじっと蒼家の皇帝に疑わしい視線を向けていると、場が一段と騒がしくなった。

 戸口に視線を向ければ、珀家の当主と仮面をつけた青年が入って来たところであり、鈴花は息を飲む。右丞相を務める当主はかっぷくがよく、ギラギラとした目からは野心が溢れていた。自信に満ちた笑みを浮かべているところは、珀妃に受け継がれているようだ。

(……似てる)

 そしてこのざわめきは、隣の仮面をつけた青年が背格好や雰囲気が陛下を思わせて、さらに「久しいな」と思わず漏らした声が艶やかで優しく、陛下と同じだったからだ。しかもつけている仮面は、鈴花も見たことがある銀仮面だ。

(あの方が、陛下?)

 なぜか違うと否定しきれない。周りの反応に右丞相は満足げに口角を上げ、席に座した。一瞬左丞相と視線が交錯し、火花が散ったように思える。そして銀仮面の男は玉座の方に視線をやり、懐かしんでいるように見えた。

(本物の陛下を保護したのか……それとも、よくできた偽物を連れてきたのか)

 鈴花が珀家の陣営を観察していると、一人だけ官服ではない者がいるのに気づいた。浅黒い肌の小柄な男で、吊り上がった目を忙しなく辺りに走らせている。商人のように見えるが、見ていると背筋にぞわぞわと嫌なものが這い上がって来た。

(あの人……何?)

 闇の玄家として鍛えた勘が何かを訴えるが、そこから正解を導けるほど情報も経験も鈴花は持ち合わせていなかった。そしてざわめきが、水を打ったように静まり返る。何事かと鈴花が戸口に顔を向ければ、久しぶりに見る父親の姿があり、その隣に立つ人に鈴花は息を飲んだ。

 知っている人のはずなのに、まったく知らない人に見える。いや、宵のはずなのに、皇帝にしか見えなかった。仮面は鈴花が皇帝に初めて会った夜につけていた、陛下お手製の珍妙な仮面なのに、なぜか魅せられる。

(まさか、ここまで……)

 陛下よりも皇帝に見えると言えば変だが、玉座に座るものとしての風格のようなものを感じた。百官たちは目を見張り、ある者は口を開け、ある者は顔を伏せた。畏まっているのか、笑いをこらえているのは分からないが、空気が確かに変わったのだ。

 父親と宵は鈴花が座る御簾の前に座し、宵が一度だけ鈴花に顔を向けた。大丈夫だと言うように、軽く頷く。そして審議を取り仕切るのは、政治を総括する国の柱の一人、初老の太師だ。渋みのある声が審議の始まりを告げ、運命を決める舞台の幕が切って落とされた。
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