器用貧乏妃の後宮記~皇帝が行方不明になったので、身代わりを仕立て上げます~

幸路ことは

文字の大きさ
63 / 64

63 建国祭の舞台に立ちます

しおりを挟む
 院子なかにわの枝垂桜も満開となり、春らしい陽気が鳳蓮国を包んでいる。建国祭の日は雲一つない晴れで、鈴花は輿から降りると気持ちのいい空を見上げた。建国祭は一日がかりで行われ、朝から宮中にて皇帝の隣で微笑むという役目を終えたところだ。
 各地方の役人や有力者が挨拶に来るのだが、その席に皇貴妃も同席するのが通例らしい。翔月は

「他の男たちに小鈴を見せるのか」と不満そうだったが、郭昭に「国が安泰と思わせるためにも必要です」と諭されていた。鈴花は座っているだけなので退屈でしかたがなく、謁見者が持参する献上品の品定めをして暇をつぶしていた。

 そして今からはいよいよ、正殿前の広場にて皇帝が姿を見せる。広場の少し手前で輿から降りたが、すでにここまで人の声が聞こえていた。広場と正殿の間には大きな門があり、その上の楼閣から国民たちの前に出るのだ。

「鈴花様、足元にお気をつけください」

 春明がわざわざ声をかけるほど、本日の鈴花の衣装は動きづらい。襦は絹の光沢がある白地に蓮の花が刺繍され、厚みもあって少し重い。襟も細かな刺繍がされ、遠目でも目を引く。足元へと広がる裙は赤く、めでたい色だ。桜色の帔帛ひはくを肩にかけていて、風をうけてたなびいている。そして帯飾りは翠妃からもらった黒翡翠をつけていて、玄家のくろを象徴していた。

 頭は、髪を全て上げて高髻こうけいの形にしており、銀歩揺かんざしが歩くたびに揺れ、様々な宝石がついた簪は眩い光を返す。頭が重く、肩がこりそうだ。

「分かってるわよ。これぐらい、歩いてみせるわ」

 何より歩きにくいのが、踵が高いくつで、国民に姿がよく見えるようにといつもより高さのある履となっている。常は動きやすさを重視している鈴花なので、こういった履には慣れていなかった。

 裙を踏まないように、足を捻らないように気を付けて歩く。楼閣へと続く階段を上れば、すでに翔月はついていた。女官たちに身だしなみを整えられており、謁見の時とはまた違う袍を着ていた。遠目から目立つよう黄金を思わせる黄色で、極彩色の糸を使って鳳凰が織り込まれている。
 そして頭に乗っている冠はまさしく黄金で、鈴花は思わず「重そう」と呟くのだった。

「……首が折れそうだ」

 やはり重いようで、翔月はうんざりした表情を浮かべている。鳳蓮国では一番格式が高い冠であり、冕冠べんかんと呼ばれる頭の前後に玉が連なったものがついている冠だ。

(何度見ても、玉のすだれみたいね)

 宮中行事の時は木や布で作った簡易的な冕冠を使うが、今は金で作られたもの。見ていて目にも痛いが、彼の首にも痛そうだ。

「まぁ、そうでもしないと誰が皇帝か分からないものね」

 武官たちによれば、すでに広場には民衆が万単位でいるという。翔月はふっと鼻で笑い、口角を上げる。

「小鈴も、誰か分からないくらい化粧をされてるけど?」
「仕方がないじゃない。こうでもしないと顔がぼやけるのよ」

 舞台の演者かと思うほど、今の鈴花の化粧は濃い。だが、遠目で目鼻立ちが分かるようにするにはこうするほかないのだ。それは翔月も同じで、目元の当たりは少し化粧がされていた。鈴花だって鏡を見て誰だこれはと驚いたのだ。

 そうして他愛も無い雑談をしていると銅鑼の音が鳴り響き、人の声が止む。いよいよ、二人の出番となった。踊り場へと通じる幕が引かれ、翔月が立ち上がる。鈴花も続けて立ち上がり、皇帝の少し後ろに立つ。左丞相が口上を声を張り上げて読んでいるのが聞こえ、緊張が高まって来た。口上が終われば再び銅鑼の音が響き、その中を進んでいく。

 翔月は外に出る前に少し振り向き、鈴花に微笑みかけた。その優しい笑顔に鈴花の緊張が少しほぐれる。

「小鈴、行こう」
「……えぇ」

 鈴花は深く息を吸いこみ、気合を入れて一歩前に踏み出した。太陽の明るさと、温かさ。目の前に広がるのは群衆の波。彼らの姿が目に入った瞬間、歓声が沸き起こった。二人は欄干のところまで近づき、民たちに手を振る。歓声が一際大きくなり、側に立つ翔月の声も聞こえないほどだ。

「……すごいわ」

 鈴花は市井によく遊びに行き、そこで暮らす人たちを見てきた。それでも、これほど多くの人を一度に見たことはない。商人、旅人、貧しそうな人も、胡国の人も、国中の様々な人が一堂に会したような光景に、鈴花は息を飲む。

(彼らの生活が、私たちにかかっているんだ)

 それと同時に責任の重さを感じ、鈴花は手が小刻みに震えるのを感じた。その手がふいに温かい柔らかさに包まれ、鈴花は隣に立つ翔月に顔を向ける。彼はまっすぐ真剣な瞳を民に向けており、その横顔には為政者としての責任が滲んでいる。

(一人じゃないもの……頑張れるわ)

 鈴花はその手を握り返すと、笑顔で広場を見渡した。ふと近くに顔を向けると、郭昭は涙ぐんでおり、太師と左丞相は感慨深そうに微笑んでいる。
 皇帝が纏う鳳凰の衣に、皇貴妃が纏う蓮の衣。並び立つ姿は鳳蓮国そのもので、人々は自然と頭を垂れる。

 後に、鳳家と蓮家の末裔が並び立った日として歴史に記される建国祭は無事山場を終え、残すは後宮での晩餐会のみとなるのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...