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64 夜桜の下で……
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夕日が山の向こうへと沈み、肌に感じる風が少しひんやりした頃。後宮の中でも奥殿に近い天架宮で祝宴が開かれた。陛下と妃嬪たちで祝う席であり、妃嬪たちにとっては自身の美と富、寵愛を競う場でもあると聞く。
だが後宮に残っている妃嬪は翠妃と黄妃、そしてあと二名の中級妃だけであり、和やかな雰囲気である。院子が見える堂庁の奥に、大きく重厚な卓子があり、皇帝翔月と鈴花が座っていた。そこから左右に分かれて、翠妃と黄妃、そして中級妃が向かい合って座っている。各々の卓子も意匠に凝っており、かかっている布一つとっても一級品だ。
黄妃は房室を彩る調度品に鋭い視線を向けており、時たま側に控える宦官に何かを訊いているようだった。翠妃はにこにこと無邪気な笑みを浮かべ、鈴花と翔月を眺めている。祝宴の間に入ってそうそう、二人に「お似合いです」と嬉しそうに声をかけていた。
中級妃の二人は一方は恐縮し、他方は羨望の眼差しを向けている。鈴花はほとんど関わらなかった二人なので後で話しかけてみようと思いながら、会釈だけしておいた。中級妃は珀妃を含めて五人いたが、そのうちの二人は珀妃についていたため生家へ戻されていた。
祝宴は和やかに始まり、翔月が鳳蓮国の繁栄を祝した挨拶が終われば、楽器の演奏が始まり料理が運ばれてくる。このような大きな祝宴では毒見役を置かなければならないのが残念だが、それでも料理は目と舌を喜ばせてくれる。
目の前に置かれた料理に舌なめずりをしている鈴花を見て、翔月はくすりと笑う。
「小鈴は、食べることが好きだな」
「もちろんよ。人生最大の楽しみといってもいいわ」
最初に出てきたのは羊肉を酒で蒸したもの。薄味だが噛めば噛むほど肉の味が出てきて、箸が進む。翔月は酒を口にしており、肩の力が抜けていた。鈴花も酒を勧められるが、丁重に断る。何かあった時に動けなくなっては困るからだ。
「酒、おいしいのに」
翔月は酒に強いようで、すでに一杯飲み干していた。鈴花が他の妃嬪へと視線を飛ばせば、黄妃は酒好きのようで卓子に甕ごと乗っている。他の妃嬪も果実酒などを飲んでいて、陽気な声があがり始めていた。
鈴花はおもしろくなさそうな顔を翔月に向けると、彼だけに聞こえる声量で返す。
「飲んだわよ。酒も毒も浴びるほど。でもおいしくないんだもの」
訓練の一つとして、毒と酒への耐性をつけるというものがあった。そのため、鈴花は幼少期から毒に少しずつ慣らされ、ここ数年は酒への耐性もつけさせられていた。
「あぁ……俺もやったわ。けどそれで、酒ってうまいってなったけどな」
鈴花はいらないと首を横に振り、新しく来た料理に目を向けた。山芋と茸の羹に、鶏肉の乳煮だ。器も色鮮やかな焼き物で、見た目も香りも素晴らしかった。
「私はおいしい食べ物があればそれでいいわ」
山芋と茸は出汁が染みていておいしく、汁を蓮華ですくって飲めば体が温まる。健康にいい料理で、漢方薬も入っているようだった。そして鶏肉を牛の乳で煮たものは、珍しい料理で祝いの席ぐらいでしかお目にかからない。普段の料理にはないまろやかでコクのある味だ。
鈴花がおいしい料理に舌鼓を打っていると、妓女たちの踊りが始まり見惚れてしまう。鈴花も少しの間修行をしたため、彼女たちの技能の高さと美しさがよくわかる。舞っている曲も鈴花がよく踊っていたもので、いつのまにか足で調子をとっていた。
(あぁ、楽しくておいしくて、幸せ……)
見世物が続く間にも、料理はどんどん運ばれてくる。魚を炙ったものや、兎の肉を筍と湯葉で炒めたもの、もち米を蓮の葉で包んで蒸したもの。どれも絶品で、満面の笑みで食べる鈴花に翔月は幸せそうだなと優しい笑みをこぼす。
それを見た翠妃が「素敵です」と目を輝かせ、黄妃は「熱いねぇ」と茶々を入れた。中級妃の二人も微笑ましそうにしているので、鈴花は気恥ずかしくなってくる。鈴花は視線をおいしい料理に落とし、黙々と口に運ぶのだった。
お腹が満たされれば、鈴花は上級妃や中級妃たちと話を楽しんだ。中級妃の二人は気立てのいい子のようで、鈴花を立てながらも妃嬪としての役割はしっかり心得ていた。鈴花は二人に好感を持ち、「ゆっくりお話をしましょ」とお茶に誘う。
そうして楽しい時間は過ぎていき、宴はお開きとなった。それぞれ輿に乗り、自分の宮へと帰る中、鈴花は食後の運動をと春明に言われて歩いて帰っていた。祝宴が開かれた天架宮の奥が景雲宮なので距離が近いということもある。
「あぁ、おいしかった。あの料理を食べられただけでも、後宮に入ってよかったと思えるわ」
少し思い出しただけでもまた食べたくなる。最後に出た水菓子もおいしかった。
「でも、本日は食べすぎておりますので、明日は軽めのお食事ですよ」
隣を歩く春明が喜ぶ主人に微笑を浮かべつつも、しっかり体型維持に努める。鈴花はそれに生返事を返していた。そして景雲宮の門へと続く角を折れたところで、二人は先にあるものに目を留める。
「……あれ?」
「鳳輿が停まっていますね」
奥殿に戻ったはずの翔月が来ており、二人は顔を見合わせた。来ているのなら待たせるのも悪いと、急ぎ足で景雲宮に戻る。門をくぐれば、宮女が待っており「陛下は院子にいらっしゃいます」と伝えてくれた。急な皇帝の来訪にも狼狽えることなく対応しており、鈴花は頼もしく思いながら労いの言葉をかけて院子へ向かった。向かいながら何しに来たんだろうとぽつんと思う。
(飲み足りなかったのかしら……)
祝宴でもわりと飲んでいたようだが、平然と歩いていたので酒豪なのだろう。黄妃とおいしいお酒で盛り上がっていた。かくいう黄妃はちゃっかり持参していた自家の酒を皇帝に勧め、次の祝宴で使ってもらう契約をもぎ取っていたのだが。
(酔い覚ましという線もあるわね)
そんなことを考えながら院子へと入り、目当ての人影を探す。所々に灯篭があり、全体は月明かりもあってぼんやりと見えていた。強い風が通り、目を細めたところでその姿を捕らえて胸が高鳴る。
(……きれい)
風にたなびく枝垂桜の下でぼんやりと池を見ている翔月は、仙界の住人のような幻想的な雰囲気がある。彼は鈴花に気づいたようで、手招きをした。薄闇の中ではその表情までは見えないが、微笑んでいる雰囲気を感じる。
鈴花はお酒を飲んでいないのに酔ったような心地で、枝垂桜の下へと近づいた。
「小鈴、見ろよ。枝垂桜が満開になってる」
桜を見上げ、翔月はにこやかに微笑んでいる。そよそよと風に流れる枝に、時折舞い散る花びら。その光景に引き込まれ、鈴花は言葉が出なかった。
「枝垂桜を見ると、子どもの時に出会った小鈴のことを思い出すんだ……」
そして熱に浮かされたような瞳を、甘い瞳を鈴花に向ける。その瞳に見つめられると鈴花は胸が苦しくなってきて、顔に熱が集まるのが分かる。むずむずして、気恥ずかしくて、つい意地を張りそうになったけれど、夜桜が鈴花の背中を押す。
「……私も、あの日見た後ろ姿を懐かしく思ったわ」
素直な言葉が口から出ていて、鈴花は観念したように微笑んだ。翔月は驚いたのか少し目を丸くしており、ついでくすりと笑う。
「あの時から行動力があると思っていたけど、まったく変わらないな」
艶のある美声。ほのかに感じる翔月の香にお酒の香りが混ざる。翔月は愛おしそうに鈴花の頬に手を伸ばし指で優しく撫でた。触れられると心地よくて、鈴花はくすぐったそうに笑った。
「ずるい顔」
そう呟いた翔月は苦し気に眉間に皺をよせ、鈴花をかき抱く。突然香りが強くなって、鈴花は目を白黒させた。
「小鈴。今日、他の妃嬪と話してて思った。お前だけでいい。小鈴じゃなきゃ嫌だ」
まくし立てるように心の奥底から溢れる想いをそのまま口にする翔月。それは肌からぬくもりのように伝わって、鈴花の心へと染みこんでいく。そのまま溶かされてしまいそうで、鈴花は赤い顔で翔月の袍を掴んだ。顔から火が出そうなくらい熱いし、心臓も耳元にあるぐらいうるさい。それでも、今伝えたいと思った。
「……私も、翔月じゃないと、嫌よ。仮面の陛下でも、宵でも、みんなまとめて相手してあげるわ」
「……小鈴」
背中に回る腕にこめられる力がさらに強くなったと思えば、ふと体が解放される。見上げれば満面の笑みを浮かべる翔月がいて、優しく頬を撫でてくれる。
「ありがと、大好き」
黒い瞳は黒翡翠のようで、きれいだなぁと鈴花がぼんやり思っていると、宝石が近づいてきて。
「愛してる」
胸が沸き立ち、言葉を漏らそうとした唇に熱が宿る。香とお酒に酔いそうになった。戸惑う反面、嬉しさと喜びがあふれていて、自分の変化に鈴花もついていけない。名残惜しそうに熱が離れれば、寂しいと感じる自分がいる。
「可愛い」
その表情がさらに愛しいと、翔月は二度、三度とついばむように口づけをした。
「ちょっと、翔月!」
鈴花はもう一杯一杯だと、翔月の胸を押しやれば今度は手をつながれた。離したくないようで、ぎゅっと強く握られる。その上機嫌な様子がなんとも可愛らしい。
「しかたないわね……一緒にいてあげるわよ」
「あぁ、ずっとな」
二人は寄り添いながら、ゆっくりお話しでもしようと房室へ向かう。翔月はまたどこからかお酒を持ってきて、二つの杯に注いだ。鈴花も少しならと口をつけ、窓から入る春の風を感じながら心ゆくまで話した。
昔のこと、玄家のこと、蓮国、そして鳳蓮国の未来のこと。二人を包む雰囲気は優しく、蜜のように甘い。
そして夜も更け、眠気が勝ちはじめた鈴花が眠ろうと臥室へ向かうと、当然のように翔月もついてきて。
「なんで来るの?」
「え、俺今日からここで寝るけど?」
「聞いてないわよ!?」
臥室の入り口で顔を見合わせる二人。共寝をかけた攻防が、行われたとか行われていないとか。
建国祭はこうして無事終わり、鳳蓮国が栄華を極める時代が始まろうとしていた。鳳蓮国皇帝、鳳翔月。蓮国の皇族の末裔であり、玄家から初の皇貴妃となった玄鈴花。二つの国の血筋は一つとなり、苦難を乗り越えつつも永久に続いていくのである。
だが後宮に残っている妃嬪は翠妃と黄妃、そしてあと二名の中級妃だけであり、和やかな雰囲気である。院子が見える堂庁の奥に、大きく重厚な卓子があり、皇帝翔月と鈴花が座っていた。そこから左右に分かれて、翠妃と黄妃、そして中級妃が向かい合って座っている。各々の卓子も意匠に凝っており、かかっている布一つとっても一級品だ。
黄妃は房室を彩る調度品に鋭い視線を向けており、時たま側に控える宦官に何かを訊いているようだった。翠妃はにこにこと無邪気な笑みを浮かべ、鈴花と翔月を眺めている。祝宴の間に入ってそうそう、二人に「お似合いです」と嬉しそうに声をかけていた。
中級妃の二人は一方は恐縮し、他方は羨望の眼差しを向けている。鈴花はほとんど関わらなかった二人なので後で話しかけてみようと思いながら、会釈だけしておいた。中級妃は珀妃を含めて五人いたが、そのうちの二人は珀妃についていたため生家へ戻されていた。
祝宴は和やかに始まり、翔月が鳳蓮国の繁栄を祝した挨拶が終われば、楽器の演奏が始まり料理が運ばれてくる。このような大きな祝宴では毒見役を置かなければならないのが残念だが、それでも料理は目と舌を喜ばせてくれる。
目の前に置かれた料理に舌なめずりをしている鈴花を見て、翔月はくすりと笑う。
「小鈴は、食べることが好きだな」
「もちろんよ。人生最大の楽しみといってもいいわ」
最初に出てきたのは羊肉を酒で蒸したもの。薄味だが噛めば噛むほど肉の味が出てきて、箸が進む。翔月は酒を口にしており、肩の力が抜けていた。鈴花も酒を勧められるが、丁重に断る。何かあった時に動けなくなっては困るからだ。
「酒、おいしいのに」
翔月は酒に強いようで、すでに一杯飲み干していた。鈴花が他の妃嬪へと視線を飛ばせば、黄妃は酒好きのようで卓子に甕ごと乗っている。他の妃嬪も果実酒などを飲んでいて、陽気な声があがり始めていた。
鈴花はおもしろくなさそうな顔を翔月に向けると、彼だけに聞こえる声量で返す。
「飲んだわよ。酒も毒も浴びるほど。でもおいしくないんだもの」
訓練の一つとして、毒と酒への耐性をつけるというものがあった。そのため、鈴花は幼少期から毒に少しずつ慣らされ、ここ数年は酒への耐性もつけさせられていた。
「あぁ……俺もやったわ。けどそれで、酒ってうまいってなったけどな」
鈴花はいらないと首を横に振り、新しく来た料理に目を向けた。山芋と茸の羹に、鶏肉の乳煮だ。器も色鮮やかな焼き物で、見た目も香りも素晴らしかった。
「私はおいしい食べ物があればそれでいいわ」
山芋と茸は出汁が染みていておいしく、汁を蓮華ですくって飲めば体が温まる。健康にいい料理で、漢方薬も入っているようだった。そして鶏肉を牛の乳で煮たものは、珍しい料理で祝いの席ぐらいでしかお目にかからない。普段の料理にはないまろやかでコクのある味だ。
鈴花がおいしい料理に舌鼓を打っていると、妓女たちの踊りが始まり見惚れてしまう。鈴花も少しの間修行をしたため、彼女たちの技能の高さと美しさがよくわかる。舞っている曲も鈴花がよく踊っていたもので、いつのまにか足で調子をとっていた。
(あぁ、楽しくておいしくて、幸せ……)
見世物が続く間にも、料理はどんどん運ばれてくる。魚を炙ったものや、兎の肉を筍と湯葉で炒めたもの、もち米を蓮の葉で包んで蒸したもの。どれも絶品で、満面の笑みで食べる鈴花に翔月は幸せそうだなと優しい笑みをこぼす。
それを見た翠妃が「素敵です」と目を輝かせ、黄妃は「熱いねぇ」と茶々を入れた。中級妃の二人も微笑ましそうにしているので、鈴花は気恥ずかしくなってくる。鈴花は視線をおいしい料理に落とし、黙々と口に運ぶのだった。
お腹が満たされれば、鈴花は上級妃や中級妃たちと話を楽しんだ。中級妃の二人は気立てのいい子のようで、鈴花を立てながらも妃嬪としての役割はしっかり心得ていた。鈴花は二人に好感を持ち、「ゆっくりお話をしましょ」とお茶に誘う。
そうして楽しい時間は過ぎていき、宴はお開きとなった。それぞれ輿に乗り、自分の宮へと帰る中、鈴花は食後の運動をと春明に言われて歩いて帰っていた。祝宴が開かれた天架宮の奥が景雲宮なので距離が近いということもある。
「あぁ、おいしかった。あの料理を食べられただけでも、後宮に入ってよかったと思えるわ」
少し思い出しただけでもまた食べたくなる。最後に出た水菓子もおいしかった。
「でも、本日は食べすぎておりますので、明日は軽めのお食事ですよ」
隣を歩く春明が喜ぶ主人に微笑を浮かべつつも、しっかり体型維持に努める。鈴花はそれに生返事を返していた。そして景雲宮の門へと続く角を折れたところで、二人は先にあるものに目を留める。
「……あれ?」
「鳳輿が停まっていますね」
奥殿に戻ったはずの翔月が来ており、二人は顔を見合わせた。来ているのなら待たせるのも悪いと、急ぎ足で景雲宮に戻る。門をくぐれば、宮女が待っており「陛下は院子にいらっしゃいます」と伝えてくれた。急な皇帝の来訪にも狼狽えることなく対応しており、鈴花は頼もしく思いながら労いの言葉をかけて院子へ向かった。向かいながら何しに来たんだろうとぽつんと思う。
(飲み足りなかったのかしら……)
祝宴でもわりと飲んでいたようだが、平然と歩いていたので酒豪なのだろう。黄妃とおいしいお酒で盛り上がっていた。かくいう黄妃はちゃっかり持参していた自家の酒を皇帝に勧め、次の祝宴で使ってもらう契約をもぎ取っていたのだが。
(酔い覚ましという線もあるわね)
そんなことを考えながら院子へと入り、目当ての人影を探す。所々に灯篭があり、全体は月明かりもあってぼんやりと見えていた。強い風が通り、目を細めたところでその姿を捕らえて胸が高鳴る。
(……きれい)
風にたなびく枝垂桜の下でぼんやりと池を見ている翔月は、仙界の住人のような幻想的な雰囲気がある。彼は鈴花に気づいたようで、手招きをした。薄闇の中ではその表情までは見えないが、微笑んでいる雰囲気を感じる。
鈴花はお酒を飲んでいないのに酔ったような心地で、枝垂桜の下へと近づいた。
「小鈴、見ろよ。枝垂桜が満開になってる」
桜を見上げ、翔月はにこやかに微笑んでいる。そよそよと風に流れる枝に、時折舞い散る花びら。その光景に引き込まれ、鈴花は言葉が出なかった。
「枝垂桜を見ると、子どもの時に出会った小鈴のことを思い出すんだ……」
そして熱に浮かされたような瞳を、甘い瞳を鈴花に向ける。その瞳に見つめられると鈴花は胸が苦しくなってきて、顔に熱が集まるのが分かる。むずむずして、気恥ずかしくて、つい意地を張りそうになったけれど、夜桜が鈴花の背中を押す。
「……私も、あの日見た後ろ姿を懐かしく思ったわ」
素直な言葉が口から出ていて、鈴花は観念したように微笑んだ。翔月は驚いたのか少し目を丸くしており、ついでくすりと笑う。
「あの時から行動力があると思っていたけど、まったく変わらないな」
艶のある美声。ほのかに感じる翔月の香にお酒の香りが混ざる。翔月は愛おしそうに鈴花の頬に手を伸ばし指で優しく撫でた。触れられると心地よくて、鈴花はくすぐったそうに笑った。
「ずるい顔」
そう呟いた翔月は苦し気に眉間に皺をよせ、鈴花をかき抱く。突然香りが強くなって、鈴花は目を白黒させた。
「小鈴。今日、他の妃嬪と話してて思った。お前だけでいい。小鈴じゃなきゃ嫌だ」
まくし立てるように心の奥底から溢れる想いをそのまま口にする翔月。それは肌からぬくもりのように伝わって、鈴花の心へと染みこんでいく。そのまま溶かされてしまいそうで、鈴花は赤い顔で翔月の袍を掴んだ。顔から火が出そうなくらい熱いし、心臓も耳元にあるぐらいうるさい。それでも、今伝えたいと思った。
「……私も、翔月じゃないと、嫌よ。仮面の陛下でも、宵でも、みんなまとめて相手してあげるわ」
「……小鈴」
背中に回る腕にこめられる力がさらに強くなったと思えば、ふと体が解放される。見上げれば満面の笑みを浮かべる翔月がいて、優しく頬を撫でてくれる。
「ありがと、大好き」
黒い瞳は黒翡翠のようで、きれいだなぁと鈴花がぼんやり思っていると、宝石が近づいてきて。
「愛してる」
胸が沸き立ち、言葉を漏らそうとした唇に熱が宿る。香とお酒に酔いそうになった。戸惑う反面、嬉しさと喜びがあふれていて、自分の変化に鈴花もついていけない。名残惜しそうに熱が離れれば、寂しいと感じる自分がいる。
「可愛い」
その表情がさらに愛しいと、翔月は二度、三度とついばむように口づけをした。
「ちょっと、翔月!」
鈴花はもう一杯一杯だと、翔月の胸を押しやれば今度は手をつながれた。離したくないようで、ぎゅっと強く握られる。その上機嫌な様子がなんとも可愛らしい。
「しかたないわね……一緒にいてあげるわよ」
「あぁ、ずっとな」
二人は寄り添いながら、ゆっくりお話しでもしようと房室へ向かう。翔月はまたどこからかお酒を持ってきて、二つの杯に注いだ。鈴花も少しならと口をつけ、窓から入る春の風を感じながら心ゆくまで話した。
昔のこと、玄家のこと、蓮国、そして鳳蓮国の未来のこと。二人を包む雰囲気は優しく、蜜のように甘い。
そして夜も更け、眠気が勝ちはじめた鈴花が眠ろうと臥室へ向かうと、当然のように翔月もついてきて。
「なんで来るの?」
「え、俺今日からここで寝るけど?」
「聞いてないわよ!?」
臥室の入り口で顔を見合わせる二人。共寝をかけた攻防が、行われたとか行われていないとか。
建国祭はこうして無事終わり、鳳蓮国が栄華を極める時代が始まろうとしていた。鳳蓮国皇帝、鳳翔月。蓮国の皇族の末裔であり、玄家から初の皇貴妃となった玄鈴花。二つの国の血筋は一つとなり、苦難を乗り越えつつも永久に続いていくのである。
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