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体力測定
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翌日。新しい制服の肩口にはまだ硬さが残り、歩くたびに擦れるのが少し気になる。
昨日の人混みと慣れない空気に緊張しっぱなしだったせいで、体がまだ重い。
けれど、それ以上にもやもやしたのは皓月さんの姿が今朝は見えなかったことだ。
駅で少し待ってみたが、やはり現れない。教室に入っても彼女の席は空いたまま。出席をとるときに担任が淡々と「今日は欠席だ」と告げた瞬間、胸の奥に小さな穴があいたようだった。
(どうしたんだ……昨日、帰りは調子良さそうだったのに)
帰宅後、もしかしたら体調を崩したのかもしれない。でも、それを詮索する資格なんて俺にはないか。
ただのクラスメイト――そう自分に言い聞かせても、落ち着かない気持ちは拭えなかった。
二時間目は、よりによって体育だった。
体育館に集められた新入生は、まず体力テストを受けることになった。
握力、反復横跳び、長座体前屈。地味な測定が並ぶのを見ながら、内心冷や汗がにじむ。
(やばい……身体能力は勇者のままだから、まともにやったら全部おかしな数値になる)
握力なら片手で岩を砕けるし、反復横跳びも地面が割れるほど跳べる。本気を出すつもりはない。けれど、「普通」を装うことほど難しいことはない。
俺の番が来た。握力計を手にすると、周囲の視線が集まる。前に計測したやつらは大体40kg前後。平均的な数字だ。
「次、お前だ」
「……おう」
深呼吸して、ほんのわずかだけ力を込める。結果、針が一気に跳ね上がり、60を軽く超えて止まった。
「うおっ、すげぇ!」
「マジかよ!」
「え、いや……たまたまだから」
慌てて取り繕うが、視線はすでに俺に注がれていた。目立つなんて、絶対に避けたいのに。
「……暁月、だよな?」
不意に名前を呼ばれた。
振り向くと、後ろに立っていたのは佐伯涼太。中学時代の同級生だ。
俺が三年間、陰キャとして空気みたいに過ごしていた頃をよく知る相手。サッカー部のレギュラーで、いつも明るい連中に囲まれていたやつだ。
「うそだろ……お前、あの暁月だよな? 中学んとき、体育見学ばっかで、持久走もいつも最後尾だったのに……なんでそんな握力出んだよ!」
その声に、周囲がざわついた。
「え、中学一緒だったの?」
「じゃあ最近までは運動苦手だったってこと?」
「いや、でもさっきの記録やばかったぞ」
佐伯は信じられないという顔で俺を指差す。
「いやいや、マジで別人みたいだ……お前、なんでそんな変わってんだよ」
「……ちょっと成長しただけだって」
必死にごまかすが、冷や汗は止まらなかった。
次は反復横跳び。
意識して抑えようとしたつもりだったが、体が勝手に軽く動いてしまう。数え役の女子が目を丸くした。
「え、ちょ、速すぎて……数えきれない!」
周囲がどよめく。佐伯が叫んだ。
「おいおい、中学んときは運動音痴で有名だったんだぞ! どうなってんだ、暁月!」
俺は笑って受け流すしかなかった。でも、胸の奥では小さな焦燥がじりじりと燃え広がっていく。
最後は千メートル走。校庭を回る周回コースだ。
最初は周囲に合わせてジョギングしていたが、途中で後ろから肩をぶつけられた。
「おい、暁月! トロトロ走ってんじゃねーよ!」
挑発してきたのは、クラスの目立ちたがり男子。
その瞬間、勇者として戦場を駆け抜けた記憶が体を勝手に動かした。
あちらでは、負け=死が当然で、負けることはどんな争いでも許されない。それが体の芯まで染み付いているんだ。
一歩踏み出した瞬間、耳に残ったのは風を裂く音だけだった。全力じゃない。半分も出していない。それでも周囲からすれば圧倒的だった。
「な、なにあれ……!」
「速すぎだろ……!」
ゴールラインを駆け抜けて振り返ると、後方でみんなが豆粒のようだった。
教師まで目を丸くしている。
「暁月……お前、陸上部に入る気はないか?」
「い、いやいや! 運動苦手なんで!」
反射的に否定する。笑ってごまかしたが、背中には嫌な汗が張り付いていた。
放課後。
教室に戻ると、周囲の小声が聞こえてきた。
「暁月って意外とすごいよな……」
「陰キャかと思ってたけど……」
そのざわめきの中に、佐伯の声も混じる。
「いや、俺が保証する。中学のときは本当に地味で、誰よりも運動できなかったんだって。こいつ、まるで別人だわ……」
その言葉に胸がちくりと痛んだ。
――そうだ。俺は陰キャだった。
体も弱く、強い者には巻かれるどころか、近付かないようにしていた。
けれど今日、元勇者の体が勝手に「強さ」をさらけ出してしまった。
夕焼けに染まる窓を見ながら、俺は小さくため息をついた。
(……やっちまったな)
昨日の人混みと慣れない空気に緊張しっぱなしだったせいで、体がまだ重い。
けれど、それ以上にもやもやしたのは皓月さんの姿が今朝は見えなかったことだ。
駅で少し待ってみたが、やはり現れない。教室に入っても彼女の席は空いたまま。出席をとるときに担任が淡々と「今日は欠席だ」と告げた瞬間、胸の奥に小さな穴があいたようだった。
(どうしたんだ……昨日、帰りは調子良さそうだったのに)
帰宅後、もしかしたら体調を崩したのかもしれない。でも、それを詮索する資格なんて俺にはないか。
ただのクラスメイト――そう自分に言い聞かせても、落ち着かない気持ちは拭えなかった。
二時間目は、よりによって体育だった。
体育館に集められた新入生は、まず体力テストを受けることになった。
握力、反復横跳び、長座体前屈。地味な測定が並ぶのを見ながら、内心冷や汗がにじむ。
(やばい……身体能力は勇者のままだから、まともにやったら全部おかしな数値になる)
握力なら片手で岩を砕けるし、反復横跳びも地面が割れるほど跳べる。本気を出すつもりはない。けれど、「普通」を装うことほど難しいことはない。
俺の番が来た。握力計を手にすると、周囲の視線が集まる。前に計測したやつらは大体40kg前後。平均的な数字だ。
「次、お前だ」
「……おう」
深呼吸して、ほんのわずかだけ力を込める。結果、針が一気に跳ね上がり、60を軽く超えて止まった。
「うおっ、すげぇ!」
「マジかよ!」
「え、いや……たまたまだから」
慌てて取り繕うが、視線はすでに俺に注がれていた。目立つなんて、絶対に避けたいのに。
「……暁月、だよな?」
不意に名前を呼ばれた。
振り向くと、後ろに立っていたのは佐伯涼太。中学時代の同級生だ。
俺が三年間、陰キャとして空気みたいに過ごしていた頃をよく知る相手。サッカー部のレギュラーで、いつも明るい連中に囲まれていたやつだ。
「うそだろ……お前、あの暁月だよな? 中学んとき、体育見学ばっかで、持久走もいつも最後尾だったのに……なんでそんな握力出んだよ!」
その声に、周囲がざわついた。
「え、中学一緒だったの?」
「じゃあ最近までは運動苦手だったってこと?」
「いや、でもさっきの記録やばかったぞ」
佐伯は信じられないという顔で俺を指差す。
「いやいや、マジで別人みたいだ……お前、なんでそんな変わってんだよ」
「……ちょっと成長しただけだって」
必死にごまかすが、冷や汗は止まらなかった。
次は反復横跳び。
意識して抑えようとしたつもりだったが、体が勝手に軽く動いてしまう。数え役の女子が目を丸くした。
「え、ちょ、速すぎて……数えきれない!」
周囲がどよめく。佐伯が叫んだ。
「おいおい、中学んときは運動音痴で有名だったんだぞ! どうなってんだ、暁月!」
俺は笑って受け流すしかなかった。でも、胸の奥では小さな焦燥がじりじりと燃え広がっていく。
最後は千メートル走。校庭を回る周回コースだ。
最初は周囲に合わせてジョギングしていたが、途中で後ろから肩をぶつけられた。
「おい、暁月! トロトロ走ってんじゃねーよ!」
挑発してきたのは、クラスの目立ちたがり男子。
その瞬間、勇者として戦場を駆け抜けた記憶が体を勝手に動かした。
あちらでは、負け=死が当然で、負けることはどんな争いでも許されない。それが体の芯まで染み付いているんだ。
一歩踏み出した瞬間、耳に残ったのは風を裂く音だけだった。全力じゃない。半分も出していない。それでも周囲からすれば圧倒的だった。
「な、なにあれ……!」
「速すぎだろ……!」
ゴールラインを駆け抜けて振り返ると、後方でみんなが豆粒のようだった。
教師まで目を丸くしている。
「暁月……お前、陸上部に入る気はないか?」
「い、いやいや! 運動苦手なんで!」
反射的に否定する。笑ってごまかしたが、背中には嫌な汗が張り付いていた。
放課後。
教室に戻ると、周囲の小声が聞こえてきた。
「暁月って意外とすごいよな……」
「陰キャかと思ってたけど……」
そのざわめきの中に、佐伯の声も混じる。
「いや、俺が保証する。中学のときは本当に地味で、誰よりも運動できなかったんだって。こいつ、まるで別人だわ……」
その言葉に胸がちくりと痛んだ。
――そうだ。俺は陰キャだった。
体も弱く、強い者には巻かれるどころか、近付かないようにしていた。
けれど今日、元勇者の体が勝手に「強さ」をさらけ出してしまった。
夕焼けに染まる窓を見ながら、俺は小さくため息をついた。
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