205 / 216
第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第141話 解毒と再生の炎
しおりを挟む
地下の船着き場から傾斜のある回廊を上るとザァーザァーと水の音が聞こえてくる。
回廊の先はラドフォール公爵家王都私邸の温室に繋がっていた。
中央に水場が設えられ、間欠泉の様な噴水が湧き上がっている。室内のはずなのにそよそよと風が吹き青いヒソップの花がゆったりと揺れていた。
花壇にはラドフォール公爵家特製のバラの花茶に使用されるバラの他、様々な花や薬草が種類ごとに区分され植えられいて季節を問わず活用できる仕組みが整えられている。
ベアトレスは大きくなったセルジオを抱き抱えて歩く事ができずイーノにセルジオを託していた。
ポルデュラに仕えて3年程経つがベアトレスはこの時初めてラドフォール公爵家王都私邸を訪れた。
セルジオを抱えポルデュラに付き従うイーノの後についていく。
間欠の噴水がある温室を抜けると少し小さな温室とその隣に工房の様な建物が見えてきた。
ポルデュラがクルリと振り向き、イーノの後ろから辺りを見回しつつついてくるベアトレスの名を呼んだ。
「ベアトレス、あれが私の工房じゃ。西の部屋と呼んでいる」
ベアトレスを連れ立って訪れた事が嬉しいのかポルデュラは満面の笑みを向けていた。
「ポルデュラ様、光栄に存じます。気持ちが和らぐ様に感じます」
思ったままを口にするベアトレスにポルデュラは満足そうな顔を向けた。
工房に近づくとバラの花の香りが鼻腔をくすぐった。
「軽食をご用意致しました。バラの花茶と共にお召し上がり下さい。オーロラ様にも召し上がって頂いております」
イーノがゆったりとした口調で告げる。
「感謝するぞイーノ。昨日から何も口にしていなかったからな。察しがよくて助かる」
ポルデュラが呼応しながら工房の扉を開いた。
両脇に青いヒソップの花が並び少し進むとまた扉が現れた。
扉が開かれた先の部屋は天井が高く四方に窯が設えられた食堂の様な造りになっていた。
「本日は東の部屋にて作業をしております。西の部屋には近づかぬ様、指示しております」
ラドフォール公爵家王都私邸には東西と北側の3か所に工房が設置されており、普段はそれぞれで薬の調合や茶の製造がされている。
王都城壁訓練施設を常駐管理するポルデュラが実家であるラドフォール公爵家王都私邸を訪れる事は現状ではほとんどなかった。
ポルデュラからの使いを受け取ったイーノは不測の事態が起こったと察し昨夜の内に西の工房を空ける手配を整えた。
「イーノには頭が上がらぬな。感謝するぞ」
ポルデュラはイーノに微笑みを向けた。
「ここまで、整えられておればセルジオ様の毒気も思う存分抜くことができそうじゃ。ベアトレス、まずは腹を満たそう」
そう言いながらポルデュラは突き当りの扉を開けた。
「ポルデュラ伯母様っ!お久しゅうございます」
銀色の長い髪、深い緑色の瞳をした少女がフワリッと椅子から立ち上がり嬉しそうに駆け寄る。
ポルデュラの目前で右手を胸に当て、左手でドレスをつまみ優雅に頭を下げた。
「オーロラ殿、造作を掛けすまぬな」
ポルデュラもオーロラに倣い呼応し、傍らに控える近衛騎士に目を向けた。
「ノルベルト殿、毎度すまぬな。また王女のお力を借りねばならぬのじゃ。許せ」
ポルデュラは静かに頭を下げた。
騎士はポルデュラのその姿に慌てる素振りなく、その場で左手を胸に当て呼応した。
「はっ!」
ポルデュラはイーノとベアトレスを手招きした。
「セルジオ様じゃ」
イーノは抱えるセルジオの顔を見せる。
「ベアトレスじゃ、セルジオ様の乳母であった者じゃが今は私の手伝いをしてくれている」
続いてベアトレスを紹介するとポルデュラはオーロラの手を取りテーブルについた。
イーノはセルジオの紹介が終わると続きの間に入り青いヒソップの花が敷き詰められたベッドに静かに寝かせた。
イーノが用意した軽食を摂りながらポルデュラはセルジオの状況と状態を説明し、解毒の方法をオーロラに伝える。
「黒魔術が施された乾燥ラベンダーが喉から腹にかけべったりと付着しているのじゃ。アロイスの聖水で洗い流そうと試みたが無理であった。今は毒気を吸収しない様に内臓を凍らせた状態じゃ」
バラの花茶が入ったカップを口に運ぶ。
「残すは喉から腹に付着した乾燥ラベンダーを炎で焼いた後、光で再生する方法しかないと思うてな。オーロラ殿に助力を願ったのじゃ」
ポルデュラはカップを静かにソーサーに置いた。
黙ってポルデュラの話を聴いていたオーロラは考える様な素振りを見せるが、直ぐに閃いたと顔を上げる。
「伯母様、一旦焼いてしまうのでしたら治癒の光は使わずに再生の炎を使いますわ」
深い緑色の瞳を輝かせてポルデュラを見つめる。
「再生の炎?・・・・」
ポルデュラは驚いた顔をオーロラに向けた。
「そなた、まさか・・・・火の上位精霊の加護を受けたのか?」
通常、魔導士は一つの属性の精霊加護を受けるが、オーロラは光と炎の二つの属性を有していた。
中でも不死鳥と呼ばれる火の上位精霊は再生と復活を司るため、加護をもたらす事は稀だと言われていた。
オーロラはポルデュラの驚き様に少し戸惑った顔を向ける。
「いえ、私の炎は元々不死鳥の加護を受けていましたわ・・・・あら?伯母様はご存じだとばかり・・・・」
オーロラは近衛騎士ノルベルトの顔をチラリと見る。
ノルベルトはやれやれと困った表情を浮かべた。
「あら?・・・・秘密にしていたことでしたかしら?」
オーロラがノルベルトの表情に唇に左手をあてた。
ノルベルトは「ふぅ」と一つ息を吐くとオーロラを見つめるポルデュラに身体を向けた。
「ポルデュラ様、私からご説明を致します。王命によりオーロラ様の加護精霊、いえ、お力そのものは伏せられております。二属性の魔術を使える事は広義の事ではございますが、真のお力は伏せよとの王命にて。オーロラ様をお守りするために王と護衛騎士の私のみが承知しているだけでございます。
正妃様は勿論、オーロラ様の御母上様もご存じではございません。この度、姫様からお聴きになられた事を含めまして、どうか内密にお願い申します。知る者が増えればその分、姫様を脅かす存在が増えると王はお考えにございます。
されば、この場でお三方がお知りになられた事が王の御耳に入ることとなれば、どのような沙汰が下されるか。何卒、ご内密にお願い申します」
ノルベルトは左手を胸に当て頭を下げた。
ポルデュラは納得した様な表情を浮かべると穏やかに呼応する。
「承知した。案ずるなノルベルト殿。我らが口外する事はない」
「はっ!感謝申しますっ!」
どの様な理由があろうと王命に背けば家名断絶になりかねない。それはオーロラの護衛騎士であるノルベルトも同じであった。
オーロラは神妙な面持ちでポルデュラとノルベルトのやり取りを見ていたが、話が終わると「ごめんなさいっ!」と小さな声で詫びを入れた。
バラの花茶が入ったカップが空になるとポルデュラは静かに立ち上がった。
「イーノとベアトレスはこの場に残れ」
黒魔術に侵された毒気を解毒するため、大事を取ったポルデュラはオーロラとノルベルトだけを伴い控えの間に向かった。
青いヒソップの花が敷き詰められたベッドが部屋の中央に置かれている。
ベッドには蠟人形の様に真白なセルジオが寝かされていた。
オーロラはそっとセルジオに近づき右頬に触れた。
「セルジオ・・・・」
呟く様にセルジオの名を呼び懐かしむ様な目を向けると額に口づけをする。
「少し熱く感じると思うけれど我慢してね。毒気を全て燃やすわ」
今一つ額に口づけを落とすとベッドから二さん歩離れた所で左手を胸に当て大きく息を吸った。
ベッドを挟んだ対面にいるポルデュラに厳しい顔を向けるとコクンっと一つ頷く。
ポルデュラも呼応する様に静かに頷いた。ノルベルトは直立した姿勢で壁際で控えていた。
バッ!!!
オーロラが胸に当てていた左手を天上に掲げた。
「再生と復活を司る精霊よ、その御印である炎を我に与えたまえ。我、与えられた御印を我欲に使わぬ約定を交わす。この先の安寧を民へともたらす伝説の騎士青き血が流れるコマンドールに取り込まれし闇の力、闇の力を宿す花の毒、毒に侵される臓腑を焼き切り、その再生を願わん。ここに差し出す我の手に再生と復活の御印を与えたまえっ!」
ブワンッ!!!
詠唱が始まるのと同時にオーロラが掲げた左手に現れた小さな真紅の炎が不死鳥に姿を変えた。
オーロラはゆっくりと左手を下げると胸の前で止める。
「再生と復活を司る精霊よ、我に御印与えしこと感謝する。御印、我の意志に従いこの者の中に巣くう闇の力を全て焼き切れっ!」
オーロラの左手に乗っていた不死鳥はスッと飛び立つとセルジオの鼻から吸い込まれる様に姿を消した。
ブワンッ!!!
と、同時にセルジオの身体が真紅の炎に包まれ、天井まで炎が覆う。
「伯母様っ!!!」
オーロラがポルデュラの名を呼んだ。
「承知したっ!」
ポルデュラは唇に左手二指を当てセルジオ目掛けて「ふぅぅぅ」と勢いよく息を吐いた。
ポルデュラの口元から細く吹き出された銀色の風が螺旋を描き真紅の炎を包んでいく。
「再生と復活の御印にて焼かれし闇の力を宿す花の毒の欠片よ、我が銀の風の珠に取り込み消滅せんっ!」
ゴオォォォォ!!!!
銀色の風の珠がセルジオを包む真紅の炎を巻き上げ円を描いた。
天井に銀色の魔法陣が浮かぶ。
「現れし銀の珠に取り込まれ闇の力全て消滅せんっ!」
セルジオの鼻から砂の様な黒い粒がサラサラと天井に浮かんだ魔法陣に吸い込まれていく。
ポルデュラが「ふぅっ」と勢いよく息を吹きかけた。
ワンッ!!!
真紅の炎と混ざり合った銀色の風の珠に取り込まれた黒い粒は跡形もなく魔法陣に吸い込まれ魔法陣もそのまま消滅した。
「オーロラ殿っ!」
ポルデュラがオーロラの名を呼ぶか呼ばないかの内にオーロラは胸の前で両手を結んだ。
「再生と復活の御印よ、再生を施し我が手に戻れ、青き血が流れるコマンドールの中より我が手に戻れ」
パアとセルジオの身体から金色の光が漏れると鼻から不死鳥《フェニックス》が飛び出しオーロラが胸の前で広げた両掌に舞い降りた。
「ありがとう」
頬を寄せる様な仕草で不死鳥に呟くと再び両手を天上に掲げた。
不死鳥はキラキラと金色の光の粒を巻きながらセルジオの上を旋回するとスゥと静かに姿を消した。
オーロラとポルデュラはセルジオを挟んで顔を見合わすと微笑み合う。
ポルデュラはゆっくりとオーロラに近づきフワリと抱き寄せた。
「オーロラ殿、感謝する。またもそなたにセルジオ様をお救い頂いた。感謝する」
ポルデュラの胸に頬を寄せてオーロラは嬉しそうに呼応した。
「ポルデュラ伯母様との共闘は私の誉れです。言葉にせずとも伝わる想いがあると感じずにはいられないのですもの」
「ふふふ」と微笑みながらポルデュラを見上げたオーロラはポルデュラの眼から零れた涙をそっと拭った。
二人揃ってセルジオの顔を覗くと頬に赤みがさしていた。
蝋人形の様に青白く呼吸をしているのかと疑う程だったセルジオは静かな寝息を立てている。
「もう、大丈夫じゃな」
「そうですね」
二人は「ふふふ」と笑い合った。
ラドフォール公爵家の血を引く魔導士の活躍で黒魔女の思惑は覆され、セルジオは再び命を繋ぐこととなった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
ポルデュラとオーロラの共闘再びの回でした。
無事に毒気が抜けたセルジオ、本当によかった。
オーロラの護衛騎士、王家近衛師団第14王女付ノルベルト・ド・コンクシェルがチラリと再登場致しました。
オーロラを大切に思うがあまりセルジオに対してよい感情を抱いていないノルベルト。
今回、初めてセルジオと対面したノルベルトは将来オーロラをセルジオから遠ざけ様とします。
まだまだ、かなり先の話となりますが・・・・
オーロラとノルベルトの微笑ましいやり取りの回は
第2章 第37話 インシデント34
光と炎の魔導士
となります。
バルドが吹き出してしまう程、微笑ましいやり取りです。どうぞ、ご覧ください。
次回は、セルジオ不在をひた隠すバルド達の奮闘の回となります。
次回もよろしくお願い致します。
回廊の先はラドフォール公爵家王都私邸の温室に繋がっていた。
中央に水場が設えられ、間欠泉の様な噴水が湧き上がっている。室内のはずなのにそよそよと風が吹き青いヒソップの花がゆったりと揺れていた。
花壇にはラドフォール公爵家特製のバラの花茶に使用されるバラの他、様々な花や薬草が種類ごとに区分され植えられいて季節を問わず活用できる仕組みが整えられている。
ベアトレスは大きくなったセルジオを抱き抱えて歩く事ができずイーノにセルジオを託していた。
ポルデュラに仕えて3年程経つがベアトレスはこの時初めてラドフォール公爵家王都私邸を訪れた。
セルジオを抱えポルデュラに付き従うイーノの後についていく。
間欠の噴水がある温室を抜けると少し小さな温室とその隣に工房の様な建物が見えてきた。
ポルデュラがクルリと振り向き、イーノの後ろから辺りを見回しつつついてくるベアトレスの名を呼んだ。
「ベアトレス、あれが私の工房じゃ。西の部屋と呼んでいる」
ベアトレスを連れ立って訪れた事が嬉しいのかポルデュラは満面の笑みを向けていた。
「ポルデュラ様、光栄に存じます。気持ちが和らぐ様に感じます」
思ったままを口にするベアトレスにポルデュラは満足そうな顔を向けた。
工房に近づくとバラの花の香りが鼻腔をくすぐった。
「軽食をご用意致しました。バラの花茶と共にお召し上がり下さい。オーロラ様にも召し上がって頂いております」
イーノがゆったりとした口調で告げる。
「感謝するぞイーノ。昨日から何も口にしていなかったからな。察しがよくて助かる」
ポルデュラが呼応しながら工房の扉を開いた。
両脇に青いヒソップの花が並び少し進むとまた扉が現れた。
扉が開かれた先の部屋は天井が高く四方に窯が設えられた食堂の様な造りになっていた。
「本日は東の部屋にて作業をしております。西の部屋には近づかぬ様、指示しております」
ラドフォール公爵家王都私邸には東西と北側の3か所に工房が設置されており、普段はそれぞれで薬の調合や茶の製造がされている。
王都城壁訓練施設を常駐管理するポルデュラが実家であるラドフォール公爵家王都私邸を訪れる事は現状ではほとんどなかった。
ポルデュラからの使いを受け取ったイーノは不測の事態が起こったと察し昨夜の内に西の工房を空ける手配を整えた。
「イーノには頭が上がらぬな。感謝するぞ」
ポルデュラはイーノに微笑みを向けた。
「ここまで、整えられておればセルジオ様の毒気も思う存分抜くことができそうじゃ。ベアトレス、まずは腹を満たそう」
そう言いながらポルデュラは突き当りの扉を開けた。
「ポルデュラ伯母様っ!お久しゅうございます」
銀色の長い髪、深い緑色の瞳をした少女がフワリッと椅子から立ち上がり嬉しそうに駆け寄る。
ポルデュラの目前で右手を胸に当て、左手でドレスをつまみ優雅に頭を下げた。
「オーロラ殿、造作を掛けすまぬな」
ポルデュラもオーロラに倣い呼応し、傍らに控える近衛騎士に目を向けた。
「ノルベルト殿、毎度すまぬな。また王女のお力を借りねばならぬのじゃ。許せ」
ポルデュラは静かに頭を下げた。
騎士はポルデュラのその姿に慌てる素振りなく、その場で左手を胸に当て呼応した。
「はっ!」
ポルデュラはイーノとベアトレスを手招きした。
「セルジオ様じゃ」
イーノは抱えるセルジオの顔を見せる。
「ベアトレスじゃ、セルジオ様の乳母であった者じゃが今は私の手伝いをしてくれている」
続いてベアトレスを紹介するとポルデュラはオーロラの手を取りテーブルについた。
イーノはセルジオの紹介が終わると続きの間に入り青いヒソップの花が敷き詰められたベッドに静かに寝かせた。
イーノが用意した軽食を摂りながらポルデュラはセルジオの状況と状態を説明し、解毒の方法をオーロラに伝える。
「黒魔術が施された乾燥ラベンダーが喉から腹にかけべったりと付着しているのじゃ。アロイスの聖水で洗い流そうと試みたが無理であった。今は毒気を吸収しない様に内臓を凍らせた状態じゃ」
バラの花茶が入ったカップを口に運ぶ。
「残すは喉から腹に付着した乾燥ラベンダーを炎で焼いた後、光で再生する方法しかないと思うてな。オーロラ殿に助力を願ったのじゃ」
ポルデュラはカップを静かにソーサーに置いた。
黙ってポルデュラの話を聴いていたオーロラは考える様な素振りを見せるが、直ぐに閃いたと顔を上げる。
「伯母様、一旦焼いてしまうのでしたら治癒の光は使わずに再生の炎を使いますわ」
深い緑色の瞳を輝かせてポルデュラを見つめる。
「再生の炎?・・・・」
ポルデュラは驚いた顔をオーロラに向けた。
「そなた、まさか・・・・火の上位精霊の加護を受けたのか?」
通常、魔導士は一つの属性の精霊加護を受けるが、オーロラは光と炎の二つの属性を有していた。
中でも不死鳥と呼ばれる火の上位精霊は再生と復活を司るため、加護をもたらす事は稀だと言われていた。
オーロラはポルデュラの驚き様に少し戸惑った顔を向ける。
「いえ、私の炎は元々不死鳥の加護を受けていましたわ・・・・あら?伯母様はご存じだとばかり・・・・」
オーロラは近衛騎士ノルベルトの顔をチラリと見る。
ノルベルトはやれやれと困った表情を浮かべた。
「あら?・・・・秘密にしていたことでしたかしら?」
オーロラがノルベルトの表情に唇に左手をあてた。
ノルベルトは「ふぅ」と一つ息を吐くとオーロラを見つめるポルデュラに身体を向けた。
「ポルデュラ様、私からご説明を致します。王命によりオーロラ様の加護精霊、いえ、お力そのものは伏せられております。二属性の魔術を使える事は広義の事ではございますが、真のお力は伏せよとの王命にて。オーロラ様をお守りするために王と護衛騎士の私のみが承知しているだけでございます。
正妃様は勿論、オーロラ様の御母上様もご存じではございません。この度、姫様からお聴きになられた事を含めまして、どうか内密にお願い申します。知る者が増えればその分、姫様を脅かす存在が増えると王はお考えにございます。
されば、この場でお三方がお知りになられた事が王の御耳に入ることとなれば、どのような沙汰が下されるか。何卒、ご内密にお願い申します」
ノルベルトは左手を胸に当て頭を下げた。
ポルデュラは納得した様な表情を浮かべると穏やかに呼応する。
「承知した。案ずるなノルベルト殿。我らが口外する事はない」
「はっ!感謝申しますっ!」
どの様な理由があろうと王命に背けば家名断絶になりかねない。それはオーロラの護衛騎士であるノルベルトも同じであった。
オーロラは神妙な面持ちでポルデュラとノルベルトのやり取りを見ていたが、話が終わると「ごめんなさいっ!」と小さな声で詫びを入れた。
バラの花茶が入ったカップが空になるとポルデュラは静かに立ち上がった。
「イーノとベアトレスはこの場に残れ」
黒魔術に侵された毒気を解毒するため、大事を取ったポルデュラはオーロラとノルベルトだけを伴い控えの間に向かった。
青いヒソップの花が敷き詰められたベッドが部屋の中央に置かれている。
ベッドには蠟人形の様に真白なセルジオが寝かされていた。
オーロラはそっとセルジオに近づき右頬に触れた。
「セルジオ・・・・」
呟く様にセルジオの名を呼び懐かしむ様な目を向けると額に口づけをする。
「少し熱く感じると思うけれど我慢してね。毒気を全て燃やすわ」
今一つ額に口づけを落とすとベッドから二さん歩離れた所で左手を胸に当て大きく息を吸った。
ベッドを挟んだ対面にいるポルデュラに厳しい顔を向けるとコクンっと一つ頷く。
ポルデュラも呼応する様に静かに頷いた。ノルベルトは直立した姿勢で壁際で控えていた。
バッ!!!
オーロラが胸に当てていた左手を天上に掲げた。
「再生と復活を司る精霊よ、その御印である炎を我に与えたまえ。我、与えられた御印を我欲に使わぬ約定を交わす。この先の安寧を民へともたらす伝説の騎士青き血が流れるコマンドールに取り込まれし闇の力、闇の力を宿す花の毒、毒に侵される臓腑を焼き切り、その再生を願わん。ここに差し出す我の手に再生と復活の御印を与えたまえっ!」
ブワンッ!!!
詠唱が始まるのと同時にオーロラが掲げた左手に現れた小さな真紅の炎が不死鳥に姿を変えた。
オーロラはゆっくりと左手を下げると胸の前で止める。
「再生と復活を司る精霊よ、我に御印与えしこと感謝する。御印、我の意志に従いこの者の中に巣くう闇の力を全て焼き切れっ!」
オーロラの左手に乗っていた不死鳥はスッと飛び立つとセルジオの鼻から吸い込まれる様に姿を消した。
ブワンッ!!!
と、同時にセルジオの身体が真紅の炎に包まれ、天井まで炎が覆う。
「伯母様っ!!!」
オーロラがポルデュラの名を呼んだ。
「承知したっ!」
ポルデュラは唇に左手二指を当てセルジオ目掛けて「ふぅぅぅ」と勢いよく息を吐いた。
ポルデュラの口元から細く吹き出された銀色の風が螺旋を描き真紅の炎を包んでいく。
「再生と復活の御印にて焼かれし闇の力を宿す花の毒の欠片よ、我が銀の風の珠に取り込み消滅せんっ!」
ゴオォォォォ!!!!
銀色の風の珠がセルジオを包む真紅の炎を巻き上げ円を描いた。
天井に銀色の魔法陣が浮かぶ。
「現れし銀の珠に取り込まれ闇の力全て消滅せんっ!」
セルジオの鼻から砂の様な黒い粒がサラサラと天井に浮かんだ魔法陣に吸い込まれていく。
ポルデュラが「ふぅっ」と勢いよく息を吹きかけた。
ワンッ!!!
真紅の炎と混ざり合った銀色の風の珠に取り込まれた黒い粒は跡形もなく魔法陣に吸い込まれ魔法陣もそのまま消滅した。
「オーロラ殿っ!」
ポルデュラがオーロラの名を呼ぶか呼ばないかの内にオーロラは胸の前で両手を結んだ。
「再生と復活の御印よ、再生を施し我が手に戻れ、青き血が流れるコマンドールの中より我が手に戻れ」
パアとセルジオの身体から金色の光が漏れると鼻から不死鳥《フェニックス》が飛び出しオーロラが胸の前で広げた両掌に舞い降りた。
「ありがとう」
頬を寄せる様な仕草で不死鳥に呟くと再び両手を天上に掲げた。
不死鳥はキラキラと金色の光の粒を巻きながらセルジオの上を旋回するとスゥと静かに姿を消した。
オーロラとポルデュラはセルジオを挟んで顔を見合わすと微笑み合う。
ポルデュラはゆっくりとオーロラに近づきフワリと抱き寄せた。
「オーロラ殿、感謝する。またもそなたにセルジオ様をお救い頂いた。感謝する」
ポルデュラの胸に頬を寄せてオーロラは嬉しそうに呼応した。
「ポルデュラ伯母様との共闘は私の誉れです。言葉にせずとも伝わる想いがあると感じずにはいられないのですもの」
「ふふふ」と微笑みながらポルデュラを見上げたオーロラはポルデュラの眼から零れた涙をそっと拭った。
二人揃ってセルジオの顔を覗くと頬に赤みがさしていた。
蝋人形の様に青白く呼吸をしているのかと疑う程だったセルジオは静かな寝息を立てている。
「もう、大丈夫じゃな」
「そうですね」
二人は「ふふふ」と笑い合った。
ラドフォール公爵家の血を引く魔導士の活躍で黒魔女の思惑は覆され、セルジオは再び命を繋ぐこととなった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
ポルデュラとオーロラの共闘再びの回でした。
無事に毒気が抜けたセルジオ、本当によかった。
オーロラの護衛騎士、王家近衛師団第14王女付ノルベルト・ド・コンクシェルがチラリと再登場致しました。
オーロラを大切に思うがあまりセルジオに対してよい感情を抱いていないノルベルト。
今回、初めてセルジオと対面したノルベルトは将来オーロラをセルジオから遠ざけ様とします。
まだまだ、かなり先の話となりますが・・・・
オーロラとノルベルトの微笑ましいやり取りの回は
第2章 第37話 インシデント34
光と炎の魔導士
となります。
バルドが吹き出してしまう程、微笑ましいやり取りです。どうぞ、ご覧ください。
次回は、セルジオ不在をひた隠すバルド達の奮闘の回となります。
次回もよろしくお願い致します。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる