とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第142話 マデュラの想い

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ブレンが滞在部屋を退出すると見計らったように南窓に使い魔のカイがフワリと舞い降りた。

小雨が降る中飛んできたカイをバルドは左腕に乗せると胸の辺りから小枝を取り出す。

船着き場で待機するアロイスからの言伝だった。

「アロイス様は何と?」

エリオスとオスカーがバルドに駆け寄る。

「これよりセルジオ様の身代わりをお届け下さるそうです。雨に紛れて水龍を昇らせると。カイは身代わりが到着次第飛ばして欲しいとのことです」

バルドは言伝が消えぬ間に紙片を読み込んだ。

「アロイス様も商船で王都に向かわれるとのこと。一週間後セルジオ様と共に戻るとあります」

紙片は雪の結晶の様にサラサラとバルドの手から零れ落ち跡形もなく消えた。

バルドは左腕に乗せたカイをオスカーに託すと両手を広げ南窓から身体を乗り出した。

ドッザアァァァァ――――

小雨が突如大降りになった。城壁に設けられた松明が一気に消え、岸壁にそびえる騎士団館は輪郭を失った。

ザアァァァァ

黒の水龍がバルドの目の前に現れるとゴボッと何かを吐き出しバルドの両手にマントに包れたセルジオの身代わり人形を乗せた。

バルドがそれを胸に引き寄せると黒の水龍はザンッと音を立て大降りの雨に溶け込んだ。

バルドはマントに包る身代わり人形をベッドに寝かせると静かにマントを外した。

「これは・・・・」

ベッドに近寄ったオスカーが驚いた顔をバルドに向ける。

「驚きましたね。呼吸はしておりませんが、まるで生きている様です。いえ、セルジオ様そのものです。重さも温もりも・・・・恐ろしい程にセルジオ様そのものです」

「蝋人形ではないのですか?」

エリオスがバルドにたずねた。

「蝋でも土でもない様です。ラドフォールの魔道具の一種でしょうが、私も初めて見ました」

あまりに精巧な身代わり人形を前に佇む3人にオスカーの左腕にとまったカイが身を乗り出した。

「そうでした。カイをアロイス様の元に戻さねばなりません。オスカー殿、頼めますか?」

「承知しました」

オスカーはカイを南窓から放った。大降りの雨はいつの間にかやんでいた。

翌々日の早朝からエリオスとオスカーは予定通りマデュラ騎士団団員と行動を共にした。

毒気の始末も終わりマデュラ騎士団の団員達は平静を取り戻した様に振舞ってはいるが、料理長や城塞の住人に突如姿を消した者がいる事への不安は拭えていない様子だった。

団員達と行動を共にするエリオスとオスカーに対し疑念を抱いた眼差しを向ける者も少なくない。

首謀者であった第一隊長コーエンと第二隊長エデルが毒気の始末後、謹慎処分となりセルジオが回復するまで館への出入りを禁じられた事も団員達の疑念の理由でもあった。

団長ブレンはセルジオの回復を待ち事を詳らかにすると公言すると言うものの青と赤の因縁に永らく苦しめられてきたマデュラ騎士団団員にとって、「はい、そうですか」と全てを受け入れる事は難しかった。

ブレンは団員の状況を承知の上で、できる限りエリオスとオスカーに危害が及ぶ事のない様に努めた。

まず、ブレン自らが2人の案内役を務めた。騎士団団長自らが案内役をする場合、爵位が同等以上もしくは序列が上位の団長に限る。

いくらセルジオ騎士団団長の名代と言ってもエリオスとオスカーの案内役をブレン自ら務めるのは異例中の異例の事だった。

商船への荷積み、荷下ろし作業は倉庫への搬入搬出時の数合わせを担当させ、万が一事故が起きた場合に巻き込まれない対策を取った
し、訓練時の手合わせは真剣を木剣に変えさえた。

普段のマデュラ騎士団の在り様のまま同行を願うエリオスとオスカーの言葉にブレンは首を縦には振らなかった。

ブレンは2人の安全を第一に考えての事だったが、団員達は日を追うごとに不満を募らせていった。

そして、これ以上マデュラ騎士団を王国の危ぶまれる存在としたくないブレンの考えとは裏腹に団員達の不満は爆発した。

毒混入事件から一週間が経っていた。その日は翌朝エフェラル帝国へ向け出港する大型商船への荷積み待機をしていた。

待機と言ってもただじっと待っている訳ではなく、船着き場や倉庫内外の清掃から船の点検、破損個所の修繕や人夫の調整、健康状態の確認まで、団員の役割は多岐に渡っている。

慌ただしく仕事を終わらせた団員達はブレンの号令で昼食に入った。

「皆の者、昼過ぎに王都から商船3艘が入港する。それまでに各々昼食を済ませよ」

「オオサッ!」

船着き場での様式で団員達は呼応するとそれぞれ行きつけの食堂へ向かった。

「エリオス殿、オスカー殿、今日はエフェラル帝国から入荷した珍しい料理をご賞味いただこうと用意しています」

ブレンはエリオスとオスカーを繁華街にある騎士団団員行きつけの食堂へ連れ立った。

三階建ての食堂は一階と中二階が食堂、二階、三階は宿になっている。

ギイィィィ

ブレンが扉を開けると大勢の騎士団団員が既に食事を摂っていた。

「今日は皆の目当てはエフェラル帝国の料理なのですよ。ここ以外の食堂も我が団の者達が行きつけの所はどこも同じ料理を出しているはずです」

ブレンはにこやかに微笑むと給仕に「中二階はいいか?」と目配せをした。

配膳中の給仕がコクンッと頷くとブレンはエリオスとオスカーを中二階に誘った。

食堂の四方に6人掛けのテーブルが配置されているが、どうやらブレンが貸し切りにした様で、他に客はいなかった。

食堂の入り口の上、南側の席に既に3人分の準備がされている。

3人が席に着くとすぐさま給仕が料理を運んできた。

皿から香ばしい匂いがする。

「ラザニアと言います。ミートパイの様ですが、パイとはまた違う趣です。トマトソースで煮込んだひき肉と平たいパスタを何層にも重ねたものです。チーズと合わせ絶妙な食感です」

切り口の断面を見せ、ブレンが嬉しそうに料理の説明をはじめた時だった。

ダンッ!!!

一階から机を叩く音が響き、賑やかな食堂が静まり返った。

ブレンは一瞬にして血香を纏い、席を立った。

ダンッ!!!
ダダンッ!!!

ブレンが席を立ち中二階の手すりから一階の様子を窺うと食事をしていた団員達が一斉に立ち上がっていた。

「なっ・・・・」

ブレンの驚いた表情に団員の一人が声を上げた。

「ブレン様っ!!!我らはこれ以上、我慢がなりませんっ!」

声を上げていたのは第一隊長コーエンの配下従士でセルジオ達がマデュラ騎士団訓練場に赴いた際に案内役として付き従っていた者だった。

「何故っ!コーエン様とエデル様が謹慎され、客人方は咎めないのですかっ!セルジオ様が回復されてから我らにご説明下さると仰ってみえますが、一向に回復せぬではありませんかっ!ルイーザの話では滞在部屋の中にさえ、入れぬそうではありませんかっ!セルジオ様は既に回復していて、我らの前に出る事を憚られているのだと皆、その様に申していますっ!我らはそこまでブレン様から信を置けぬ者なのでありましょうかっ!」

従士はぐっと拳を握った。

「我らはっ!我らが・・・うっ・・・う・・・」

従士の眼から涙が零れ落ちる。横にいたもう一人の従士が肩をポンポンと叩くと代わりに声を上げた。

「ブレン様っ!ブレン様がっ!いえ、我らが、皆が、マデュラの者達が受け入れようと努めようとも王国の他貴族も騎士団も何も変わりませぬっ!ブレン様がその様に客人を振舞おうと変わらぬのですっ!我らが王国から疎まれる存在である事は何をしようと変わらぬのですっ!」

ダンッ!!!
ダダンッ!!

地響きがする程の大きな音に食堂の周りに人が集まり始めた。

騒ぎを聞きつけた他の食堂にいた団員達が駆け付け食堂の一階はマデュラ騎士団団員で埋め尽くされた。

血香を纏った団員達をブレンは呆然と見下ろしていた。

ダンッ!!!
ダダンッ!!

自分達の訴えに無言で佇むブレンに団員達の血香は更に強まった。

「ブレン様」


エリオスは己の姿が団員達に見えない様にそっとブレンの背後に近づき、小声で話し掛けた。

「今、この時を置いて真相を伝える好機はないと存じます。ブレン様を慕い、ブレン様に己が命を賭すと誓いを立てた方々でありましょう?ブレン様がお信になられず他の誰が団の方々を信じ導くのですか?」

ブレンはエリオスの言葉にハッとし、ポソリと呟いた。

「エリオス殿、私はまた『一切の傲りを持たぬこと』から逸脱した考えが頭を過りました。団の者達にさえ、私の考えも想いも通じておらぬだと。とんだです」

ブレンはぐっと拳を握り一歩前に出た。

「皆の者っ!諫言感謝するっ!!!」

後に語り継がれる事になるマデュラ騎士団団長ブレン・ド・マデュラの演説が始まった。




【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

ブレン団長の言動に不満を募らせるマデュラ騎士団の団員達。

トップの想いを伝えるのは今も昔も難解中の難解な事柄ですよね。

忠誠心が強ければ強い程、想いのズレが思わぬ危機を招くと改めて考えさせられました。

想いも方向性も途中、途中でのすり合わせが大切です。

次回は語り継がれていくブレン団長の演説と回復したセルジオの回です。

次回もよろしくお願い致します。
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