とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第144話 意志と意思

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王都のラドフォール公爵家私邸で王家第14王女オーロラに解毒の処置を受けたセルジオを連れ、ポルデュラはその日の内に王都を後にした。

マデュラ子爵家現当主マルギットが滞在する王都から少しでも早くセルジオを遠ざけるためであった。

ラルフ商会商船でエンジェラ河を下った3日後、アロイスと合流しマデュラ騎士団城塞へ向かった。




きらきらと揺らめく優しい光にセルジオは薄っすらと意識を取り戻しつつあった。

「・・・・うっ・・・・」

瞼を開こうとするが重たく思う様に身体が動かず声が漏れる。

ガタッ!!!

「セルジオ様!?」

セルジオの耳に聞き覚えのある優しい声音が届くが呼応しようにも瞼を開けることができずにいた。

サアァァァァ・・・・

日差しの様な暖かさと共に優しい風がセルジオの開かない瞼をくすぐった。

「ふむ・・・・ベアトレス、悪いがアロイス殿を呼んできてはくれぬか?身体の水気が足らぬ様じゃ。意識は戻れらた様だが瞼すら思う様に動かせぬじゃろう」

『ポルデュラ様?・・・・』

セルジオは耳に届く声の主がポルデュラである事を認識するとゆっくりと呼吸を整え喉に力を込めた。

「・・・・ポル・・・・」

声を出そうと試みたが喉が張り付いて声も出せない。

バンッ!!!!

扉が勢いよく開いた。

「叔母上っ!セルジオ殿が目覚められたのですかっ!」

ベアトレスに呼ばれたアロイスは慌てた様子でラルフ商会商船船長室に駆け込んだ。

「そのようじゃが、身体の水気が失せている様でな。アロイス殿、聖水をセルジオ様に与えてくれるかの?」

「はっ!」

アロイスは呼応するとポルデュラから聖水の小瓶を受取り己の口に含むとベッドに伏せるセルジオを抱き起した。

そっと顎に触れ口を開かせると少しづつ口に含んだ聖水を流しこんでいく。

コクリッ、コクリッと喉元を上下させセルジオはアロイスから口移しで与えられる聖水を飲み込んだ。

「ふぅぅぅぅぅ・・・・」

セルジオの身体に聖水が取り込まれるとポルデュラは左手二指を口元にあて銀色の風でセルジオの身体を包んだ。

「アロイス殿、聖水をセルジオ様の身体中に巡らせてくれるかの?」

「はっ!」

アロイスはセルジオをベッドに寝かせポルデュラと同じく左手二指を唇にあてて小さく息を吐いた。

アロイスは掌を一旦上に向けるとセルジオの頭から足に沿って左手を静かに這わせる。

セルジオの身体を包んでいたポルデュラの銀の風が、アロイスの動きに合わせ右回りに回転した。

サアァァァァ・・・・

暫くするとセルジオの頬に赤みがさしてきた。

「そろそろよいかの・・・・」

ポルデュラはセルジオの様子を見ながらアロイスに目配せをする。

「はっ!」

アロイスはセルジオの身体に這わせていた左手の動きを止めた。

ポルデュラがセルジオに状態を説明する。

「セルジオ様、身体の水気の補給と聖水で浄化をしたのじゃが、どうかの?」

ポルデュラの言葉にセルジオはゆっくりと瞼を空けた。

「ポルデュラ様・・・・」

か細い声でポルデュラの名を呼ぶ。

「セルジオ様っ!!!」
「セルジオ殿っ!!!」

ポルデュラとアロイスの邪魔にならない様、扉近くで控えていたベアトレスが駆け寄り、アロイスと共にベッドの縁に跪いた。

セルジオは2人の顔を不思議そうに眺める。

「アロイス様・・・・ベアトレス・・・・」

マデュラ騎士団城塞館で気を失ってから一週間、セルジオはようやく正気を取り戻した。

それからセルジオは己が意識を失ってからの事をポルデュラから聞かされた。

黒魔女の思惑による己の毒殺計画と青と赤の因縁を強固なものにするためセルジオ騎士団とマデュラ騎士団の不信感を増幅させる企てがあったこと。

その事を発端に他国から王国への侵略機会を与え王国に戦火を招くこと。

黒魔女は思っていた以上に王国のあちらこちらに魔手を伸ばしていること。

マデュラ騎士団城塞館に毒を持ち込んだ者とその後の顛末のこと。

騎士団団員、エリオス、バルド、オスカーは皆無事であり、セルジオだけ毒気が抜けずに王都のラドフォール公爵家私邸で処置をしたこと。

そして、ここはマデュラ騎士団城塞へ戻るラルフ商会商船船長室であること。

「昼近くにはマデュラ騎士団城塞船着き場に到着します」

アロイスがセルジオに説明するポルデュラの言葉を繋いだ。

「セルジオ殿の身代わり人形をマデュラの滞在部屋へ届けてあります。城塞見聞はエリオス殿とオスカー殿が担い、バルド殿は滞在部屋で身代わり人形と共に過ごして頂きました。ただ・・・・」

アロイスはポルデュラの顔をチラリと見ると心配そうに言葉を繋いだ。

影部隊シャッテンの話ではマデュラ騎士団団員達に不満の声が上がっている様です。セルジオ殿が姿を見せないのはマデュラを仇名す者と捉えているからだと」

ピクリッ

ベッドに横たわり話を聞いていたセルジオの身体がピクリと反応した。

セルジオがゆっくりとアロイスへ視線を向けるとポルデュラが微笑み銀色の風の珠をセルジオの胸の中央に乗せた。

「セルジオ様は何も案ずる事はないのじゃぞ。思うたままに行動すればよいのじゃ。どうじゃ?セルジオ様はどうしたいと思うておるのじゃ?」

ポルデュラは銀色の風の珠をセルジオの胸に押し込んだ。

セルジオは呟く様に呼応する。

「黒魔女の思惑通りにはさせぬと思っています・・・・」

ポルデュラはセルジオの小さな胸の上で左手を回転させながら呼応した。

「そうじゃな。そうさせぬ為に我らはここにいるのじゃよ」

ポルデュラはセルジオに微笑みを向けた。

「ブレン殿はどうであった?話す事はできたのか?」

セルジオの返答を待つポルデュラへ目を向け、セルジオはぽつぽつと言葉を繋いだ。

「マデュラの訓練場でブレン様と真剣で手合わせを致しました」

セルジオは両手を胸の上に乗せ、天井へ視線を向ける。

「噓偽りのない真直ぐなお方だと感じました。我ら相手に微塵も手加減せず真剣を交えて下さったのです。今の己がどれほど青き血を使えるか試したいと申した私の言葉を受け止め、向き合って下さいました。己の負けを認め、行いを省みる事ができる正に真の騎士団団長だと思いました」

セルジオは天井からポルデュラへ視線を移した。

「この方とであればポルデュラ様が仰ってみえた青と赤の因縁の終わりの始まりを共に唱えられると。黒魔女がご当主であり姉上であっても己の信念を曲げる事はなさらないだろうと感じたのです」

ポルデュラは微笑みながらセルジオの額に左手を置いた。

「ポルデュラ様、私は今まで己が初代様の代わりとなれる様に努める事こそが使命と思っていました」

セルジオはポルデュラの左手の温もりを感じる様に目を閉じた。

「初代様の代わりとなり、王国に安寧をもたらす存在にならねばならぬと。そうでなければバルドやエリオス、オスカー・・・・私を執りたてて下さる方々を傷つけ、失う事になりかねないと・・・・初代様が見せて下さった情景はその様に申していると思っていたのです」

ゆっくりと目を開けるとセルジオはポルデュラ、アロイス、ベアトレスの顔を見回した。

「今の私は一人では何も成す事ができません。皆に教えを請い、助けられ、導いて貰わねば先に進むことすらできぬのです。これでは初代様の代わりとなることなど・・・・いつになるのかと焦りが募るばかりでした」

セルジオは視線を天井に戻した。

「マデュラには戒めの言葉はあるそうです。『一切の傲りを持たぬこと』青と赤の因縁から始まった言葉だとブレン様は申されました」

セルジオは目を細めた。

「ブレン様は手合わせで我らに『負けるわけはなかろうと傲りを抱いた』と己の行いから戒めの言葉を再び理解する機会を得たと申されたのです。潔く力強いお言葉でした」

セルジオは再びポルデュラへ視線を向けた。

「ポルデュラ様、初代様と私はそれぞれに生かされているのでありましょう?私は初代様の代わりとなる事などせずともよいのでしょう?」

ポルデュラはセルジオの額にそっと口づけをした。

「そうじゃな。初代セルジオ様には初代セルジオ様のセルジオ様にはセルジオ様の生かされる時があり、活かされる役割があるのじゃよ。誰かの代わりとなる事など誰もができぬのじゃよ」

セルジオはポルデュラの言葉に微笑みを向けた。

「ならば私はブレン様と共に青と赤の因縁の終わりの始まりをマデュラの地から宣言したいと思います」

ザアッ!!!!

セルジオの身体を銀色の風の珠が包んだ。

「セルジオ様はその様に申されると思うていたぞ」

ポルデュラはセルジオからその言葉を待っていたと言う様に微笑むとアロイスへ視線を向けた。

「アロイス殿、バルドへの言伝は済ませたか?」

「はっ!既にカイを遣わしました。セルジオ様と共に昼近くにはマデュラ騎士団城塞船着き場に到着する故、身代わり人形と共にマデュラのラルフ商会へ赴く様に伝えてあります」

ポルデュラはコクンと頷いた。

「流石にアロイス殿じゃ、上々じゃな。これから半時、セルジオ様に回復術を施す。お一人で歩ける様には難しかろうと思うがな。大きな声を発する事ができるまでにはなろうて。アロイス殿、ゴンドラを先に出せるか?商船が船着き場に着く前にセルジオ様をラルフ商会へお連れしたい」

「はっ!!」

アロイスは呼応すると颯爽と商船船長室から出て行った。

「セルジオ様、暫く目を閉じて下さいますかな。少々強めの回復術を施しますからの熱いが我慢してくだされ」

ポルデュラは姿勢を正し、ベッド脇に置かれた椅子に座り直した。

「ベアトレス、ヒソップの花を」

「かしこまりました」

ベアトレスが青いヒソップの花びらが盛られた篭を手にベッドへ近づく。

「セルジオ様、ご立派になられましたね」

ベアトレスは少し震える声でセルジオに語り掛けるとポルデュラの指示で青いヒソップの花びらをセルジオに降り注いだ。




【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

セルジオが目を覚ましました。よかった!

目覚めて直ぐにこの先の行動をポルデュラから促されたセルジオ。

微笑みながらも容赦のないポルデュラに「少々お待ちください」と語り掛けた次第です。

次回はいよいよ山場を迎えます。

次回もよろしくお願い致します。
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