【本編完結】ヘーゼロッテ・ファミリア! ~公爵令嬢は家族3人から命を狙われている~

縁代まと

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お祖父様攻略編

第70話 切れるのが早すぎた

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 捕まった犯人たち曰く、身に着けている金品と身代金目的で攫おうとしたという。

 それは衝動的なもので、だからこそ計画性がなかった。
 私があそこで立ち止まって隙を見せなければ実行することはなかった……と言っていたけれど本当かどうかはわからない。

 そして犯人たちはランチを食べた店にいた旅人だった。

 奥さんによるお父様と私についての爆裂トークを聞いて「こんな獲物滅多にいないぞ!」と欲が出たそうだ。
 それだけ私だけでなくお父様のことも弱そうに見えたみたいね。
 たしかに男たちはかなりがっしりしていて、しかも複数いたし普通に腕っぷしだけで戦っていたらお父様ひとりじゃ勝てな――いや、あの時の顔を思い返すと勝てたかもしれない。

 そんなことを思いながら事の次第を説明すると、お姉様が「他人事みたいに言ってるけれど襲われたのはあなたなんだから、もっと深刻になりなさい! なりすぎはダメだけど!」と肩を掴んで揺らしてきた。
 お父様にも似たことを言われたわね。

 帰宅する前に屋敷には連絡がされており、玄関の扉を開けるなりお姉様とお母様に抱き締められたのがついさっきのこと。
 お姉様は怒っているけれど、心配してくれているのがよく伝わってくる。

「す、すみません、驚きはしたんですが……なんだかこういうことに慣れちゃって……」

 そんなの慣れていいものじゃない。

 お姉様はそう言おうとしたようだったけれど、その一因を担っていることを思い出したのか一気に勢いが削れてしまった。ついでにお父様まで萎れたような様子になる。し、失言だったわ。
 お父様に関しては私を守れなかったということも気にしているようだったけれど、最後はああして救い出してくれたので私から恨んでいるなんてことは一切ない。

 アタフタしているとお母様が私の頭を撫でた。

「ヘルガ、今は落ち着いていても後から恐ろしくなることもあるわ。その時はすぐに言うのよ」
「お母様……。はい、わかりました」
「ふふ、今日は久しぶりに一緒に寝ましょうか?」

 あんなことがあった後だから仕方ないけれど、お母様もお父様も過保護――というよりは酷い目に遭った小さな子供に対する対応に近い気がする。
 数年前ならいざ知らず、今は精神年齢だけでなく肉体の年齢も上がってるのに。

 それもこれもやっぱり私が小柄なせいなのかもしれない。
 それを指摘したお祖父様の声が脳裏に蘇り、私はちらりとお母様を見た。

「あの、お祖父様は……」
「私たちと一緒に報告を聞いたから知っているわ。随分と驚いた顔をしていて……心配していたようだから後で顔を見せてあげなさい」

 やっぱり伝わっていた。

 犯人たちが例の追放された人の関係者でなかったことは良かったけれど、お祖父様に関しては下手をするとふりだしに戻ってしまった可能性がある。
 顔を出すのが凄まじく怖いわ。久しぶりに胃が痛くなってきた。
 でも、せめてアフターケアをしっかりとしておかないと回避できたはずの悲劇に見舞われるかもしれない。
 息を整えて「今から行ってきます」とみんなに伝えて離れへと向かう。

 忌み子発言もあってお父様は心配げにしていたけれど、お母様たちがいるため強く制止することはできないといった様子だった。
 危険ではあるけれど、報告に父親を伴う必要があるほど弱っているとお祖父様に思われても困るので待機していてもらうことに決めた。

 こういうことは早いほうがいいわ。
 そんな気持ちで自分の背中を押しながら廊下を進み、お祖父様の部屋のドアをノックする。一瞬の間を置いて顔を覗かせたのはマクベスだった。
 マクベスは驚いた顔をしていたものの、すぐに嬉しげな笑みを浮かべると私を部屋へ招き入れる。

「イベイタス様、ヘルガ様ですよ」

 マクベスは「誘拐未遂があったと聞いて心配してらしたんです」と囁き声で教えてくれた。お母様も言ってたけれど本当かしら。
 窓際にいたお祖父様はゆっくりと振り返る。
 表情は無表情というわけではなかったけれど、感情を推し量ることはできなかった。ポーカーフェイスとでもいうべきかしら。

 まずは心配をかけた詫びを入れ、怪我はないと伝える。
 その裏に「やっぱり忌み子だったなんて思わなくてもいいですよ」という気持ちを添えて。

「……そうか。メリッサもメラリァも酷く心配していた。これからは周りによく気を配り、気をつけなさい」
「は、はい、すみませんでした」
「謝る必要はない」

 自分の故郷とはいえ警戒心が薄すぎたことは貴族の娘として気をつけなきゃいけないことだけれど、あくまで悪いのは犯人たちってことかしら……?
 なんにせよお祖父様が変に思い詰めていないのならよかった。

 そう安堵して――ようやく緊張の糸が切れる。
 しかし、それは少し早すぎた。

 途端にめまいのような感覚に襲われ、まるで波の上に立っているような錯覚が起きてふらついてしまう。
 そういえば襲われた後はずっと動悸がしていた。
 それはお祖父様の件が気になってドキドキし続けているのだとばかり思っていたけれど……結局、慣れたなんて言っても他人の悪意に晒されて身の危険を感じたのに平気なままってわけにはいかなかったらしい。

 なにかに掴まろうとしたけれど間に合わず、転倒しかけた私をマクベスが支える。

「ヘルガ様、血の気が引いています。お部屋で休んだほうがいいのでは……」
「っありがとう、……そうね、ごめんなさい。そうするわ」

 お祖父様にこれ以上弱々しい姿を見せるわけにはいかない。

 手を借りてなんとか立ち上がったところでお祖父様がマクベスに「部屋まで送っていきなさい」と言った。
 ここはひとりで帰れることをアピールしなきゃ、と思ったものの、再び倒れそうなほど不安定なのが自分でもわかる。
 情けないけれど廊下でもう一度倒れるよりは素直にマクベスの手を借りて戻ったほうがよさそうだ。

 私はお祖父様にお礼を伝え、ふらつきながら部屋を後にした。
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