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お祖父様攻略編
第78話 イベイタス様を惑わせないで
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イベイタス様を惑わせないで……?
私の腕を思いきり捻り上げたマクベスは静かな口調でそう言っていた。
やっぱりレネと続けてきた私の作戦でお祖父様の心は揺れていたんだわ。
マクベスはその様子を間近で見ていた。だから苦悩するお祖父様に思うところがあったのかもしれない。
こうなるとお祖父様を説得するならマクベスも説得する必要がある。
そうはっきりしたものの、これは――後手に回りすぎたわ。
マクベスの説得が必要ならもっと早くにリスクがあることを覚悟でしておくべきだった。
後悔の念が湧き上がるのを感じていると、みしりと腕が軋んだ。
それは関節からじゃなかった。骨そのものに負荷がかかっている。マクベスは捻り上げた腕を私の背中に押し当てて、そのまま体重をかけた。
お祖父様たちに少しでも意味のある言葉を伝えたかったのに、口を開いても出てきたのは呻き声だけだった。
「ぅ、うぁ……!」
「イベイタス様の覚悟は決まっていました。だというのに長年保たれていたそれにヒビを入れ、古傷を開いて余計に苦しませている」
「マ、マクベス」
「ですが結末は変わりません。これ以上イベイタス様を苦しませず、運命を受け入れてください」
お祖父様を思いやることを言いながらマクベスは私の腕を折ろうとしている。
そして、彼は今にも私にとどめを刺す許可をくれるようお祖父様に懇願しそうだった。そう焦ったものの、なぜかマクベスは力を込めて私を痛めつけるだけで決定的な言葉を言わない。
すると突然マクベスの語気が緩んだ。
「しかし――イベイタス様が最後にヘルガ様の話を聞きたいというなら話は別です。後悔や苦しみの根源を抱えながら生きることは、なにも不幸なことばかりではありませんから」
「え……?」
「苦しめど心の置き場所を見つけられる者も世の中にはいる、ということです。ですから……如何しますか、イベイタス様」
マクベスの言葉にずっと黙っていたお祖父様がゆっくりと口を開く。
しかし喉が乾いて上手く声を出せなかったのか、すぐには答えることはなかった。
お祖父様と目が合う。小さな頃から何度も見てきた目は酷く荒み、よく見れば目の下には隈ができていた。
マクベスの言っていた通り、お祖父様はずっと迷っていたみたいだ。
「――遺言代わりの話なら聞いてやろう」
そして、お祖父様がようやく口にしたのはそんな言葉だった。
死刑宣告にも聞こえるけれど、私はチャンスを逃すまいと拘束されながら必死になって顔を上げる。
お祖父様に伝えるべき言葉は、もうずっと昔から決まっていた。
「お祖父様はもう後戻りできないと考えているかもしれませんが、っ……そんなことはありません! 私はここで見聞きしたことを黙っていられます!」
「黙っておく? 自分の命が狙われていたというのにか。ここで一件落着したところで、それは仮初の平和だ。今後ずっと命を狙われていると警戒しながら家族を演じることになるぞ」
「それは私にとっては今まで通りの状況ですけれど……希望があります」
決定的なことさえ起こらなければ、家族を演じていることになってもいつかは和解できるかもしれない。
それにお祖父様は思い違いをしているわ。
「私は自分の命惜しさに和解したいのではありません。いいですか、先ほど言った言葉をそのまま受け取ってください。私が目指すのはお祖父様も含めて幸せな、普通の家族になることです」
普通なことは幸せなことだ。
そんな家族たちと生きていきたいっていうエゴまみれの願いをずっと抱き続けてきた。それはこの場でも変わらない。
「命が惜しいだけなら早々に逃げていましたから。それでもギリギリまで足掻き続けたのは、お祖父様とも幸せになりたかったからです」
「……」
「私を信じてください」
もう一度しっかりと伝える。
お祖父様は無言だった。
それでも額には脂汗が浮かび、ここまで音が聞こえるほど歯を食いしばっている。
迷ってくれていることが嬉しいんだから、私も大概変人よね。でもだからこそここまでやってこれたし、レネという協力者も得ることができた。
そんなレネの顔が頭の中に浮かぶ。
二度目でもやっぱり死ぬのは怖いし、――そのせいでレネと別れることになるのも怖い。もう一度会いたいと思ってしまう。
名前を呼びそこなったあの瞬間が最後だなんて思いたくない。
それだけ私はレネのことが好きなのね。
そう思うとほんの少しだけ口元が緩んだ。
「……お祖父様、私はレネ・アルバボロスを心から大切に思っています。ですが、その感情はイレーナ大叔母様の苛烈な愛とは異なるものです」
「……」
「私は家族だけでなく、彼とも未来を歩んでいきたい。支え合って生きていきたいんです。そんな彼と共に――お祖父様に幸せな姿を沢山見せてみせます。だから」
私に未来をください。
そうはっきりと伝えると、お祖父様は血が流れるほど強くこぶしを握った。
そして絞り出すような声で言う。
「……それは、メリッサたちをも幸せにするということか」
「はい」
「ヘーゼロッテ家を不幸にはしないと」
「はい。……お祖父様、私より長くお母様たちを見てきたならわかるはずです。お母様たちはそう簡単には不幸になりませんよ」
私はマクベスに乗りかかられたまま少しでも前へ進もうとしたけれど、まったく動けなかった。
だからお祖父様に触れることは叶わなかったものの、気持ちは伝わったと思う。
それだけでなく、今は少しでも多く言葉を届けないと。
「命乞いとしての約束ではなく、これからも家族でいるための約束をします。ここでは野盗に襲われたけれど逃げたことにしましょう、困ったことに前科があるのできっと信じてくれますよ。火事は――」
「……火事はボヤ程度になるように調整した」
「! 火が見当たらなかったのはそのおかげでしたか。それならまだなんとかなるかもしれません。それに禁薬も私の治癒で少しでも副作用を抑えれば、効果が切れた後もきっと……」
お祖父様の雰囲気が変わった。
それは虚をつかれたようなもので、目を僅かに見開いて私の言葉を頭の中で反芻している様子だった。
咄嗟の思考に集中しているのか握り締めていた手の平が緩み、ぽたぽたとさっきよりも多くの血が流れている。
お祖父様がどうしてそんな顔をするのか。
一体なにに対してそんな顔をしているのか。
突然のことに予想が立てられず、私もきょとんとしてしまう。
そして。
「……なんのことだ?」
お祖父様は、今の私の心境と同じ言葉を発した。
私の腕を思いきり捻り上げたマクベスは静かな口調でそう言っていた。
やっぱりレネと続けてきた私の作戦でお祖父様の心は揺れていたんだわ。
マクベスはその様子を間近で見ていた。だから苦悩するお祖父様に思うところがあったのかもしれない。
こうなるとお祖父様を説得するならマクベスも説得する必要がある。
そうはっきりしたものの、これは――後手に回りすぎたわ。
マクベスの説得が必要ならもっと早くにリスクがあることを覚悟でしておくべきだった。
後悔の念が湧き上がるのを感じていると、みしりと腕が軋んだ。
それは関節からじゃなかった。骨そのものに負荷がかかっている。マクベスは捻り上げた腕を私の背中に押し当てて、そのまま体重をかけた。
お祖父様たちに少しでも意味のある言葉を伝えたかったのに、口を開いても出てきたのは呻き声だけだった。
「ぅ、うぁ……!」
「イベイタス様の覚悟は決まっていました。だというのに長年保たれていたそれにヒビを入れ、古傷を開いて余計に苦しませている」
「マ、マクベス」
「ですが結末は変わりません。これ以上イベイタス様を苦しませず、運命を受け入れてください」
お祖父様を思いやることを言いながらマクベスは私の腕を折ろうとしている。
そして、彼は今にも私にとどめを刺す許可をくれるようお祖父様に懇願しそうだった。そう焦ったものの、なぜかマクベスは力を込めて私を痛めつけるだけで決定的な言葉を言わない。
すると突然マクベスの語気が緩んだ。
「しかし――イベイタス様が最後にヘルガ様の話を聞きたいというなら話は別です。後悔や苦しみの根源を抱えながら生きることは、なにも不幸なことばかりではありませんから」
「え……?」
「苦しめど心の置き場所を見つけられる者も世の中にはいる、ということです。ですから……如何しますか、イベイタス様」
マクベスの言葉にずっと黙っていたお祖父様がゆっくりと口を開く。
しかし喉が乾いて上手く声を出せなかったのか、すぐには答えることはなかった。
お祖父様と目が合う。小さな頃から何度も見てきた目は酷く荒み、よく見れば目の下には隈ができていた。
マクベスの言っていた通り、お祖父様はずっと迷っていたみたいだ。
「――遺言代わりの話なら聞いてやろう」
そして、お祖父様がようやく口にしたのはそんな言葉だった。
死刑宣告にも聞こえるけれど、私はチャンスを逃すまいと拘束されながら必死になって顔を上げる。
お祖父様に伝えるべき言葉は、もうずっと昔から決まっていた。
「お祖父様はもう後戻りできないと考えているかもしれませんが、っ……そんなことはありません! 私はここで見聞きしたことを黙っていられます!」
「黙っておく? 自分の命が狙われていたというのにか。ここで一件落着したところで、それは仮初の平和だ。今後ずっと命を狙われていると警戒しながら家族を演じることになるぞ」
「それは私にとっては今まで通りの状況ですけれど……希望があります」
決定的なことさえ起こらなければ、家族を演じていることになってもいつかは和解できるかもしれない。
それにお祖父様は思い違いをしているわ。
「私は自分の命惜しさに和解したいのではありません。いいですか、先ほど言った言葉をそのまま受け取ってください。私が目指すのはお祖父様も含めて幸せな、普通の家族になることです」
普通なことは幸せなことだ。
そんな家族たちと生きていきたいっていうエゴまみれの願いをずっと抱き続けてきた。それはこの場でも変わらない。
「命が惜しいだけなら早々に逃げていましたから。それでもギリギリまで足掻き続けたのは、お祖父様とも幸せになりたかったからです」
「……」
「私を信じてください」
もう一度しっかりと伝える。
お祖父様は無言だった。
それでも額には脂汗が浮かび、ここまで音が聞こえるほど歯を食いしばっている。
迷ってくれていることが嬉しいんだから、私も大概変人よね。でもだからこそここまでやってこれたし、レネという協力者も得ることができた。
そんなレネの顔が頭の中に浮かぶ。
二度目でもやっぱり死ぬのは怖いし、――そのせいでレネと別れることになるのも怖い。もう一度会いたいと思ってしまう。
名前を呼びそこなったあの瞬間が最後だなんて思いたくない。
それだけ私はレネのことが好きなのね。
そう思うとほんの少しだけ口元が緩んだ。
「……お祖父様、私はレネ・アルバボロスを心から大切に思っています。ですが、その感情はイレーナ大叔母様の苛烈な愛とは異なるものです」
「……」
「私は家族だけでなく、彼とも未来を歩んでいきたい。支え合って生きていきたいんです。そんな彼と共に――お祖父様に幸せな姿を沢山見せてみせます。だから」
私に未来をください。
そうはっきりと伝えると、お祖父様は血が流れるほど強くこぶしを握った。
そして絞り出すような声で言う。
「……それは、メリッサたちをも幸せにするということか」
「はい」
「ヘーゼロッテ家を不幸にはしないと」
「はい。……お祖父様、私より長くお母様たちを見てきたならわかるはずです。お母様たちはそう簡単には不幸になりませんよ」
私はマクベスに乗りかかられたまま少しでも前へ進もうとしたけれど、まったく動けなかった。
だからお祖父様に触れることは叶わなかったものの、気持ちは伝わったと思う。
それだけでなく、今は少しでも多く言葉を届けないと。
「命乞いとしての約束ではなく、これからも家族でいるための約束をします。ここでは野盗に襲われたけれど逃げたことにしましょう、困ったことに前科があるのできっと信じてくれますよ。火事は――」
「……火事はボヤ程度になるように調整した」
「! 火が見当たらなかったのはそのおかげでしたか。それならまだなんとかなるかもしれません。それに禁薬も私の治癒で少しでも副作用を抑えれば、効果が切れた後もきっと……」
お祖父様の雰囲気が変わった。
それは虚をつかれたようなもので、目を僅かに見開いて私の言葉を頭の中で反芻している様子だった。
咄嗟の思考に集中しているのか握り締めていた手の平が緩み、ぽたぽたとさっきよりも多くの血が流れている。
お祖父様がどうしてそんな顔をするのか。
一体なにに対してそんな顔をしているのか。
突然のことに予想が立てられず、私もきょとんとしてしまう。
そして。
「……なんのことだ?」
お祖父様は、今の私の心境と同じ言葉を発した。
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