いつから魔力がないと錯覚していた!?

犬丸まお

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過度の甘やかしは虐待に等しい

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 「フラヴィア。今すぐソフィア様とサフィラスさんに謝罪なさい」

 「……ぇ、なんで? なんで私が謝らなきゃいけないの? 先に失礼なことを言ったのはあっちだわ! 私がパーシィの伴侶になれないって!」

 「ええ、其の通りよ。ソフィア様の言っていることは正しいわ。本当のことを言っているのに、暴力で黙らせようだなんてとんでもありません」

 大人しそうに見えたミラー伯爵夫人が、毅然とした態度でフラヴィアを諭している。正反対の性格かと思ったけど、やっぱりアデライン夫人と姉妹なんだな。根っこの部分は変わらない。

 「嘘よ! だって、お父様が言ったもの! パーシィの伴侶になれるのは私しかいないって!」

 「……コーネリアス様、こちらへいらしてくださいませ」

 夫人はフラヴィアに視線を据えたまま、ミラー伯爵を呼んだ。離れたところにいたミラー伯爵が慌てて駆けつける。

 「……これは、一体何があったんだい?」

 自分の娘が騒ぎを起こしていたというのに、全く気がついていなかったのか。随分と呑気なお人だな。余程フラヴィアを信用していたのか、それともここまでのやらかしをするなんて思いもしなかったのか。

 「あなたはパーシヴァルさんの伴侶にはフラヴィアしかいないと、本当に仰ったのですか?」
 
 冷静な口調が、夫人が相当に怒っているのだと如実に伝えている。ミラー伯爵はゲストたちに遠巻きにされている自分の娘の姿に困惑している。

 「あ、いや……フラヴィアが前向きになれるならと、今日のパーティで大人しく出来たら、そういう可能性もあるかもしれないとは言ったけれど……こ、これはどういう状況なのかな、エブリン?」

 「お、お父様! お母様ったら酷いのよ! 私のことをぶったの!」

 フラヴィアがミラー伯爵に縋り付いて訴える。来年学院に入学するご令嬢の振る舞いとしては、あまり誉められるものではない。

 「なんてこと……手の跡が残っているじゃないか。エブリン、何があったのかわからないが、何も手を上げることはなかったんじゃ」

 「何を仰っているの。この結果を招いたのは、あなたの責任でもあるのですよ。フラヴィアをパーシヴァルさんの伴侶にすることはないと、以前からお姉さまにも言われていたはずです。だというのに、フラヴィアはこのような場でまるで自分が伴侶にでもなるような振る舞いをして、剰えソフィア様に手を上げるなんて。サフィラスさんが止めて下さらなかったら、大変な問題になっていたわ。しかも、止めて下さったサフィラスさんに飛びかかって、髪飾りを奪い取ったのですよ」

 「フラヴィア、それは本当なのかい?」

 「だって! あの人、私はパーシィの伴侶になれないなんて言うのよ!」

 フラヴィアは打とうとしたご令嬢を思い切り指差す。指を刺されたご令嬢は、びくりと体を震わせた。すっかり顔色を無くしているが、野猿のように俺に飛びかかったフラヴィアの姿を目の前で見せられたんだから、怯えて当然だろう。

 「それに、あいつは私のものになるはずだった、竜の髪飾りを着けてるんだもの。自分のものを取り返そうとして、何が悪いの?」

 ミラー伯爵はフラヴィアの手に握られている髪飾りを見て酷く驚いた顔をすると、片手で顔を覆った。

 「ああ、フラヴィア……君はなんてことを。いや、これは私の責任でもあるのだね。すまない、フラヴィア。君はよくない事をしたんだ。しっかりと謝罪しなければいけないよ。それに、其の髪飾りは彼に返さないと」

 「どうして? 私は悪くないわ! 酷いことを言ったのはあの子だし、私のものを取ったのはあいつよ!」

 なかなかどうして、手強いご令嬢だ。そもそも、自分の何がいけないのかがまるで 解っていない。きっとミラー伯爵はフラヴィアを可愛がるあまり、彼女の全てを肯定して育ててきたんだろう。姉のジュルースさんにほとんど関心を示さなかったことも、フラヴィアを増長させた。彼女の狭い世界の中で、自分の全ては受け入れられて当然となってしまった。わかりやすい虐待を受けていた俺が言うのもなんだけど、過度の甘やかしも虐待と同じだ。将来幸せになれるどころか、破滅が待っているかもしれないんだから。幼い頃ならばともかく、フラヴィアは既に学院入学前。かなり危ないところまで来てしまっているんじゃないか?
 この状況の中、アデライン夫人をはじめ、ベリサリオ家の面々は沈黙を保っている。呟きディランさんも押し黙ったままだ。きっと夫妻の対応を見守っているのだろう。ここはミラー伯爵家の正念場だ。

 「フラヴィア、謝罪なさい」

 静かだけれど重い声が、ミラー伯爵夫人から発せられる。それに慌てたミラー伯爵が、フラヴィアに謝罪するよう促した。

 「さぁ、フラヴィア。いい子だから、ちゃんと謝ろう。それから、其の髪飾りも返すんだよ」

 「いやよ! お父様まで! どうして私が謝らなければいけないの! それに、これは私のだもの! みんなして私の嫌なことばかりして! 大っ嫌い!」

 フラヴィアはそういい捨てると、くるりと背を向けて走り去ってしまった。意地でも謝罪はしたくないらしい。今まで信じていたことを寄ってたかって覆された上に、謝れと言われても素直には謝罪できないのかもしれないけど。それに、結局髪飾りも持って行ってしまった。あれは借り物なんだけど、ちゃんと戻ってくるんだろうか?

 「フ、フラヴィア! 待ちなさい!」

 ミラー伯爵が慌てて、彼女の後を追いかけてゆく。
 夫人は深いため息をついたけれど、すぐに気を取り直してソフィア嬢に深々と頭を下げた。

 「ソフィア様、フラヴィアが大変失礼をいたしました。申し訳ございません」

 「い、いえ……特に何かあったわけではございませんから、お気になさらないでくださいませ」

 「寛大なお言葉、ありがとうございます。サフィラスさんにも、大変ご迷惑をおかけいたしました。本当に申し訳ございません」

 「俺のことは気にしないでください」

 いきなり飛びかかってくるようなご令嬢は、前世でも今世でも彼女が初めてだったからちょっと驚いたけど。

 「お姉さま、謝罪は明日改めてさせて頂きます。本日はこれでお部屋の方に下がらせて頂きますわ」

 「ええ、わかりました」

 「みなさま、大変お騒がせいたしまして、申し訳ございませんでした」

 ミラー伯爵夫人はゲストの皆さんにも頭を下げると会場を後にする。ジュルースさんも深々と頭を下げて、夫人の後を追って会場を出て行った。
 こうなってしまうと、ジュルースさんには同情する。お姉さんは至ってまともなご令嬢だ。妹が問題さえ起こさなければ、楽しい夜を過ごすことができたはずなのに。

 「あ、あの……」

 助けたご令嬢、ソフィア嬢が青い顔をして声をかけてきた。貴族のご令嬢で、あれほど激しいお嬢さんはいないだろう。あの剣幕で手を振り上げられたのだから、さぞ恐ろしかったに違いない。

 「大丈夫でしたか?」

 「はい、助けて下さって有難うございました……で、ですが、私のせいでお顔に傷が……」

 「こんなの大したことないですから、気にしないでください」

 「で、でも」

 「サフィラス様、其の傷をわたくしに治療させてくださいませ」

 アデライン夫人の隣に立っていたサンドリオンさんが、スッと前に出てそう申し出てくれた。

 「大丈夫ですよ。お気持ちだけで十分です。こんな小さな傷に治癒魔法を使うなんて勿体無いです」

 傷は冒険者の勲章だ。こんな引っ掻き傷は、放っておけば数日で治る。長く冒険者をやっていた記憶がある俺にとって、白魔法は貴重なものだという感覚が強い。だから、このくらいの傷で治癒してもらうなんて以ての外。それに、顔の傷って歴戦の戦士みたいでちょっと格好いいじゃないか。

 「いいえ、サフィラス様の美しいお顔に傷がついたままですと、ソフィア様が心からパーティを楽しめませんわ。ソフィア様の心の安寧の為にも、治癒を受けてくださいませ」

 そんな大袈裟なと口を開きかけたけど、ソフィア嬢が胸の前で手を組み訴えるような眼差しで俺を見つめている。

 「うっ……」

 「サフィラス、どうか義姉上の治癒を受けてくれ」

 パーシヴァルが促すように俺の背中をそっと押す。パーシヴァルにまで言われて仕舞えば、俺も頷かざるを得ない。

 「う、うん……えっと、サンドリオンさん、すみませんがお願いします」

 「ええ、任せてくださいませ」

 にっこりと微笑んだサンドリオンさんが頬の傷のある辺りに指をそっとかざせば、懐かしい温かさを感じた。冒険者だった時、何度かウルラの治癒を受けたことがあるけれど、其の時と同じ感覚だ。穏やかなサンドリオンさんの魔法も、苛烈なウルラの魔法も同じなんだな。魔力に性格は影響しないんだ。

 「サフィラス様、終わりましたわ」

 「有難うございます」

 パーシヴァルに顔を向ければ頷いてくれたので、傷はすっかり無くなったのだろう。

 「さぁ、サフィラスさん。次は御髪を直していらっしゃいな。スザンナ、お願いね」

 「はい奥様。かしこまりました」

 「いや、俺はもうこのままでも……」

 元々は壁に張り付いている予定だった。一仕事終えて、今頃はゆっくりしているだろう使用人の方々の手を煩わせるのも申し訳ない。ゲストのお出迎えも終わったし、このままでもいいですと言ったんだけど。完璧にして送り出した俺が、パーティの序盤でこんな姿になった事を知れば皆んなががっかりすると説得されてしまった。
 そうだった。パーティはまだ序盤なのだ。俺はもう部屋に戻って、寝台でごろごろしたい気分なんだけどなぁ。
 
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