いつから魔力がないと錯覚していた!?

犬丸まお

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パーシヴァルの心情 その2

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  「……久々にヴァンダーウォールの鍛錬に参加したが、あれは本当に死ぬな」

 湯気が上がるほど汗をかいたディランが、足取りも覚束無く水場にやってきた。キングスリー殿の訓練はなかなかに厳しい。俺でも漸く着いていっているのだから、久しぶりに参加したディランには相当きつかったのではないだろうか。

 「随分と涼しい顔をしてるじゃないか。癪に触るなぁ」
 
 一気に水を飲み干したディランが、恨みがましげな視線を向けてくる。

 「いや、俺も着いてゆくだけでやっとだ。キングスリー殿は手加減は一切なさらないからな」

 「ああ、本当にな。久々に顔を合わせたっていうのに、遠慮も何もあったもんじゃない。こてんぱんに打ちのめされたぞ」

 朝の主な鍛錬は、重い鎧を身につけて城の周りを10周ほど走った後、休む間もなくキングスリー殿と剣の打ち合いだ。初めて参加する兵士は、まず城の周りを10周できずに倒れる。久々といいつつも最後までキングスリー殿に着いて行ったのだから、さすがディランだ。

 「そういえば、サフィラスはどうしてる?」

 「まだ寝ているはずだ。今日は朝食も部屋で取るように伝えてある」

 「ここに滞在しているゲストが帰るまでは、部屋から出さない方がいいだろうな。正直、昨夜エントランスで二人を見た時は、さすがにこれはやりすぎだろうと思ったが、寧ろあれくらいやっておかなかったら、今頃は大変な事になっていたと思うぞ。約1名、わかっていながら暴れた奴はいたけど」

 「……ああ、」

 昨夜のパーティでフラヴィアがとんだ騒ぎを起こしてしまったが、それよりも注目を集めたのはサフィラスだった。そもそも、其の稀なる美貌で人目を引いてはいたけれど、詠唱なしでの正確な転移を見せたことで、より一層ゲスト達の注目を集めることになってしまった。
 サフィラスは息をするように規格外の魔法を使う。俺はその事にすっかり慣れきっていた。だから、いとも容易く転移をやってみせたサフィラスが、ゲストの目にどう映っていたかなど、全く考えもしなかった。
 転移が出来る魔法使いは非常に数が少なく、どこでも重宝される。当然雇い入れたいと思う貴族は多い。ましてや、あれだけの才能と容姿があれば、身分はさておいても其の能力を血筋に取り入れたいと思う家が出てきて当然だ。けれど、サフィラスに俺と対の衣装を着て貰った事で、何の紹介をせずとも周囲は勝手に俺の婚約者であると誤解をしてくれた。何しろ其の左手には盟友の証も嵌められているのだ。そのおかげもあって伴侶としては諦めたようだが、それでも尚、サフィラスを紹介して欲しいと申し出た家がいくつかあったと父上から聞いた。
 伴侶としては無理でも、学院卒業後になんとか雇い入れることはできないかと熱心に申し入れて来たそうだが、サフィラスにはブルームフィールド公爵家の後ろ盾があるのだと告げてようやく諦めたという。
 そもそも、サフィラスは自由だ。例えそれが王家であったとしても、彼を従える事はできない。無理に従えようとするつもりなら、それなりの覚悟が必要となるだろう。

 「……で?」

 「で? とは?」

 「惚けるなって。2人の関係は何処まで進んでるんだ?」

 「何も進んではいないが? そもそもサフィラスには何も話していない」

 「……は? 何だって? いやいや、ちょっと待て。 それはおかしいだろう? あそこまで隙なく整えて置いて、伴侶の話を全くしていないのか?」

 「ああ、」

 ディランが天を仰ぐように考え込む。
 普通ならパーティで着用する衣装を揃いであつらえた時点で、何かしら思い当たるものだ。けれど、サフィラスからは何の反応も得られなかった。貴族の常識を学ばせて貰えなかったと言っていたので、揃いの服でパーティに出る意味を知らないのかもしれない。それとも、敢えて気がつかない振りをしているのか。

 「だけど、サフィラスだって薄々気が付いてはいるんだろう? 身分がない事を気にしてパーシィから言い出すのを待っているんじゃないのか?」

 そうだったのだとしたら、話は簡単だっただろう。それこそ、俺の伴侶になって欲しいと一言告げるだけでよかった。ヴァンダーウォール辺境伯の一族に名を連ねる事は、身分の無いサフィラスを守る事にもなる。
 
 「それはない。彼はかつての婚約者に酷い目に遭わされている。きっと伴侶など求めていない」

 「そうかもしれないが、それは相手にも拠るだろう。少なくともサフィラスは、パーシィに全幅の信頼を寄せているように見えたが?」

 「信頼と伴侶を選ぶ感情はまた別のものだ」

 何者にも縛られず、赴くままに旅をする冒険者になること。それこそがサフィラスの望みだ。そんなサフィラスが必要とするのは、共に旅する仲間であって伴侶では無いはずだ。

 「伯母上の気持ちは嫌と言うほどわかるんだがな、肝心なパーシィの気持ちはどうなんだ? お前はサフィラスの事をどう思っている?」

 「‥‥…それは」

 初めてサフィラスと出会ったとき、彼と共にいるべきだと俺の直感がそう告げた。だからこそ、サフィラスと並び立てる存在となり、彼の目指すものを共に目指したい。
 俺の剣など、サフィラスの強大な魔法に比べれば取るに足らないものだ。それでも、俺の存在が彼にとっての剣であり盾であればと望む。 だがそれは、彼を伴侶として求める想いとは別だ。何よりも、そんな感情をサフィラスに向けていいのだろうか。

 「ああ、ああ、わかったわかった! パーシィは難しく考えすぎだ。本当に真面目だな。いいか、もし、サフィラスがパーシィ以外を伴侶に選んだとしたらどう思う? 心の底から祝福できるのか? サフィラスが幸せなら、なんてことは考えるなよ。ただ、お前の気持ちだけを考えろ」

 「俺の気持ち、か」

 サフィラスは自由で柔軟だ。其れ故に誰にも縛られることはない。そのサフィラスが伴侶を得る。仲間を何よりも大切にするサフィラスだ。きっと伴侶と決めた相手を誰よりも深く慈しみ愛することだろう。
 そんなサフィラスが伴侶と想い合う様を心から祝福し、今と変わらぬ気持ちでサフィラスの隣に仲間として立つことが俺に出来るのか?
 あのしなやかな腕が誰かを抱きしめるのか、それとも華奢な体を誰かに委ねるのか。考えようとすると言いようのない不快感に襲われ思わず拳を握った。
 ……いいやそれは無理だ。考えただけで心の臓が握られたようで息が詰まる。
 サフィラスの隣に立つのは、俺だけであって欲しい。無防備に笑い、心を許すのは俺の前でだけあって欲しい。そしてそのサフィラスを守るのは、願わくば俺の剣であってほしい。

 「……どうやら自覚したらしいな。それが答えだよ。パーシィも大概真面目だからな。サフィラスの気持ちを優先しようと思っているんだろうが、時には押す姿勢も必要だ。サフィラスを伴侶に望むものはこれからいくらでも出てくるぞ。本気で陥しにかかる奴がいつ出てくるとも限らん。伯母上がどんなに周囲を固めても、それだってサフィラスの気持ち次第でいくらでも覆る。気が付いたらサフィラスの隣にお前じゃない誰かが居た、なんてことが無いともいえない」

 「……」

 「そんな情けない顔をするなって! 今のところ、サフィラスはお前と同じで色恋ごとには全く疎そうだからな。言ってはなんだが、彼の頭の中は魔法と食べ物のことがほとんどだろう。だからこそ他に意識が向く前に、お前の気持ちだけでも伝えておいたほうがいいんじゃないか?」

 ディランの言うことは最もだ。何よりもサフィラスの魅力は、魔法や容姿だけではない。彼の懐の深さと、真っ直ぐで大らかな性格はこれからも多くの者の心を掴むだろう。
 だが、仲間だと思っていた相手から、突然伴侶として望んでいるのだと告げられたらサフィラスはどう思うだろうか。
 
 「……ディラン、ひとつ訂正しておく。サフィラスは魔法と食べ物のことばかりを考えているわけじゃない。もっと様々な事を考えている」

 「いや、本当にお前は真面目だな」
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