音色が繋ぐその先は

楓乃めーぷる

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第二章 音色が繋いだ現在の二人の関係性

24.藤川の音色

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 藤川の音色は、俺とは違って素直な音色だ。
 感情をそのまま伝えてくるし、ピアノを始めて楽しいっていう気持ちが音に乗ってくる。
 俺は、自然と藤川の音色を心地よいと思ってしまう。
 音が途切れてしまっても藤川らしさが伝わってくるし、藤川の音色は真っすぐだ。

 俺がアプリの周回を消化していると、いつの間にか母さんに見られていることに気づく。
 その顔はやたらと笑顔で、俺は嫌な予感がしてきた。

音流ねるも藤川君の音が好きみたいだし? 私は少し打ち合わせをしてきてもいいかしら?」
「は? まだレッスン時間残ってるだろうが」

 俺が訴えると、母さんは藤川に向けてごめんなさいねと手を合わせる。
 藤川は気にしないでくださいと爽やかに返事をした。

「発表会が近いでしょう? だからちょっと……」

 母さんは言いかけてからケホケホとむせる。大丈夫ですかと藤川も声をかけるが、大丈夫と笑顔で答えた。

「ごめんなさいね。音流が上手く教えられてなかったら、お月謝は割引させてもらうから」
「いえいえ、むしろ光栄です。ゆっくりと風見くんに教えてもらえるのは嬉しいので」
 
 藤川は嘘偽りなく、母さんに言いきってしまった。
 はぁ……俺でも分かる。コイツは心底嬉しそうにしてやがる。

「じゃあ、音流。後はよろしくね」
「は? いや俺はいいと言って……クソ、勝手に決めやがって」

 俺の悪態なんて聞かずに、母さんはレッスン室を出て行った。
 藤川は相変わらず嬉しそうな顔をして、俺に期待の眼差しを向けていた。

「……分かったから、座れ。じゃあ、もう一度。頭から」
「はい、風見先生」
「先生じゃねえし。それ、母さんだし」
「じゃあ……音流くん」

 名前を溜めて言われると余計に背筋がゾクゾクする。
 俺の名前呼びを許した覚えはないが、母さんも風見だから分かりづらいんだよな。
 家にいる時は仕方なく、名前呼びを許してやるしかなさそうだ。

「俺の顔を見てないで、譜面と手元を良く見ろよ」
「……はい、音流くん」
「ニヤケながら名前を呼ぶな。殴るぞ」

 俺が拳を振り上げると、藤川は少しだけ顔を引き締めて鍵盤へ両手を置いた。
 そして、すうっと息を吸い込むとゆっくりと手を動かし始める。
 少しぎこちないアラベスクだが、それも藤川らしさだ。

「……あっ」

 藤川が突っかかってしまうと、俺は藤川の手の甲をポンとはたいてやる。
 藤川はそっと俺の顔を見上げてきた。

「つっかかったくらいで文句言うかよ。間違えて当然。俺だって、ミスなしで弾くのは難しいっての」
「そうだよね。オレの実力じゃ無理か」
「お前に完璧に弾かれたら、俺の立場がないだろうが」

 藤川の指を改めて正しい位置へ導いてやると、藤川は嬉しそうに微笑む。
 その表情を見ていられず、俺はフイっと顔を逸らした。
 藤川の笑い声が聞こえた気がしたが、無視だ無視。

「じゃあ、もう一度。お願いします」
「ああ。ほら、さっさと始めろ」

 俺は藤川の隣に座り直し、真剣にピアノと向き合う藤川を見る。
 テンポが乱れても、楽しもうとする心意気は強くもあるしうっとうしくもある。
 だけど、色々なもやもやを吹き飛ばすような魅力があった。

 俺はその後も真面目に藤川に教えてしまって……レッスン時間はあっという間に過ぎていった。

 +++

「……よし。今日はこのくらいでいいだろ。って、五分も時間過ぎてるし」
「ありがとうございました。音流くんの隣で直に教わるのって、やっぱり嬉しい」
「あっそ。俺は母さんの代わりをしただけだ。別に音楽室でも弾いてるんだから大した差なんてないだろ?」

 俺がそういっても、藤川は緩く首を振る。
 一体何の違いがあると言うのだろう?
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