夫に愛されるため努力していたはずが、初恋の執事に溺愛されていました

八尋

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君に知られたくない話2 ーレオリオ視点ー

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 あのお茶会のあと婚約の打診の準備をしている間にフォンシュタイン家の前妻、ティアの母親が亡くなった。お茶会で会った夫人は優しそうなティアによく似た人で、娘をとても大切にしているようだった。俺が結婚したいと言うと、子供の戯言にせず、受け入れてくれた。
 親子揃って素直な性格なのだろうと、また会えるのを楽しみにしていたのに。
 フォンシュタイン家にすぐに後妻が入り、俺自身も落ち込んだのと、家もそれどころじゃないだろうと、俺は常識を踏まえて婚約の打診は時期を改めた。
 そうこうするうち、驚くことに喪すらあけていないのに後妻は嫡男を産んだというのだ。
 どう考えても前妻のまだ生きている間、いつ子種を仕込んだかなど考えるまでもない。
 しかしこれで、ティアがラグノーツ家に嫁いでも後継者についてはなんら問題なくなったと打算的に喜んだ矢先、後妻の望みでティアの婚約が決まった。
 俺は既に学園に通っており、学園を卒業すれば一人前として見られることも多い、婚約の打診にしても俺の意思だとはっきり言えるし、家同士の利益だっで問題ないはずだった。
 それなのに青天の霹靂であり、父親と後妻には殺意さえ湧いた。
 ティアの悲しむ心を思って躊躇した結果がこれだ。
 失意の中、諦める気もなく婚約した相手を調べると驚いた。下半身にだらしのない獣のような輩だ、アーゼンベルク家の目的はすぐに透けて見えた。
 醜聞塗れの嫡男に嫁ぎたい高位貴族はいない。下位貴族になるがフォンシュタイン伯爵家ほど歴史のある家なら貴賤結婚にあたるまいと妥協したのだろう。文句もいえない幼い少女をあてがい、妻として先約したのだ。
 そうわかっていても、アーゼンベルクはラグノーツより家格が上である以上、すぐにどうにかするには正攻法での横槍は難しい。なによりティアの両親、後妻、父親ともに厄介払いのつもりなのだから、喜んで婚約している。
 今更薄汚い男の醜聞のひとつふたつで破棄などする事はないだろう。
 こんなことになるならなりふりなど構わず、婚約を申込み手に入れれば良かったと後悔で死にそうになった。
 俺の運命が薄汚い男に拐かされたのだ。――ならば約束通り取り戻さねばならない。
 しかし父からは助力に条件を出された。
 その条件は随分と時間のかかるもので、しかも誰かが示してくれる道ではなかった。
 俺は在学中の残り期間、当主教育とラグノーツの領地経営についても勉強し片づけた。
 経年で勉強は続くが、父も母も隠居には早く俺の性格もよく理解していたから、短絡的にならない限りは見守ってくれた。それから数年王都を離れ目的のために領地で学び続けた。
 22で王都に戻るとラグノーツのタウンハウスには戻らず、当主の勉強と称し執事としてアーゼンベルク家へ雇われた。
 嫡男以外が高位貴族の使用人や宮廷に出仕する事はよくあったが俺のような嫡男は珍しい。たがラグノーツ侯爵家は滅多に他の貴族と懇意にならないため、公爵はうちに繋がりが出来て幸いとすぐに飛びついたのだ。
 当主を受け継ぐまでの間、無駄に過ごすよりは勉強したいとの意向を、現当主は信じたのだ。
 それでも他家の者を内部にあまりに深くにおくわけにもいかないと、当主付きではなく、嫡男のバルトに付けられたのは僥倖だった。
 くだらない女絡みの問題の後始末など散々させられることとなったが、文句を表にも出さず従うそぶりでいれば、すぐにかなりの信頼を得られた。
 バルト曰く親が勝手に決めた辛気臭い婚約者、その扱いもすぐに俺に回ってきた。
 バルトは釣書すら碌に見ていないのだろう、そのうえティアはあの頃から随分痩せて笑わなくなった。
 純粋な性格を考えれば男に媚びるなど考えもしないのだ、バルトの周りに群がる女とは違う。
 そのティアの態度がバルトには不愉快でしかなく、婚約を結んでもすぐに興味を失ったようだった。
 そうでなければ立場を利用し、接触は邪魔し続けるつもりだったが、幸いデートの一つもするつもりは無かったようだ。
 手紙すら読みもしない、返信はたまにレオリオが返しておけとの丸投げな命令のみなのだから笑うしかない。
 ティアは、無理やり組まれた縁談に腐ることもなく、なんとか交流しようとバルトに手紙を送り続けてくれていたようだった。
 その誠実な手紙も、素朴な贈り物も、本来なら俺が得るべき宝だったと思えば、腑が煮え繰り返るのだが、捨てておけと言われたものは全て持ち帰り、たとえ俺宛でなくとも大切に保管した。
 得難いこれらをバルト本人は目すら通さないのだ、ティアの気持ちごと俺が拾いたかった。
 返信は、俺の言葉としてたくさん送りたかったし贈り物もあったが、ぐっと堪えて、バルトのふりで簡素な手紙を数回に一度返した。
 バルトに出来るだけ情をかけてほしくなかったのだ、姑息など今更で、逆にバルトがティアに興味を持たないよう立ち回ったのも一度や二度ではない。
 そんな事を半年ほど繰り返して、そしてティアが18になる歳の春、デビュタントのエスコートの打診が来た。
 結婚まであと半年、といった時期だ。
 婚約者がいるなら当たり前のはずなのに、ティアは都合がつけばでいいと随分謙虚な手紙だった。
 
「……バルト様、婚約者のセレスティア様から、デビュタントのエスコートについてうかがいがきております」
「……?……もう18なのか、ほー、ならそろそろ多少は女らしくなっているか」
 
 この男なら、婚前交渉などなんとも思っていないだろう。
 
 漏れそうになる殺気をなんとか飲み込むと、
「……今まで全く交流がなかったので、デビュタントを機にデートなどしたいようですよ、お嬢様は。それから、フォンシュタイン伯爵からはくれぐれも結婚までは節度を守った付き合いを、との事です」
 
 そんな内容など手紙には微塵もなかったが、さらにいえば伯爵は娘について我関せずだが。
 けれど、手紙すら見ない、自らフォンシュタイン家の人間に関わりを持とうとしないバルトにわかるわけがない。
 いまさら女との付き合いで、肉体関係抜きのデートなどしたくはないのだろう。
 バルトは俺の進言に眉間を寄せ、苛々と執務机を小突いた。
 
「はァ?小娘と健全にデートをしろだと?……煩わしいにも程があるな。無理やりヤれば大人しく破談に出来るんじゃないか?傷物になったなど親も娘も口外できないだろからな」
 
 良く殺意を我慢できたなと、我ながら思う。
 
 憤怒の表情を堪えるあまり目が笑っていない笑みを浮かべると、
「あくまで口外できないだろうとは予測の範疇なので、金欲しさに訴えられたりすれば、遊びの域を超えています。当主様はこんどこそ、分家から養子をもらってでもバルト様を後継から外されるかと」
「くそッ、面倒だな……、デビュタントなど勝手に父親とでも行けばいいものを」
「都合がつかないようです。それに婚約者がいるのにと言われれば、返す言葉がございません。……そこで、私から提案なのですがデビュタントの日、ユーリィン様とご旅行にいかれては?」
「ユーリィンと?」
「ええ、以前から都合がつかないのかと、こちらにも不満を伝えにこられていたのです」
 
 恋人がわざわざ、一介の家令に、というのはいささか不自然だろう。
 この顔で、それなりの爵位があるせいか、色目を使われる事はたびたびあった。
 それが自分の恋人ともなればバルトも重い腰をあげる。
 
 顰めっ面で椅子から立ち上がると、
「餌と罰が必要だな。旅行の手配をしておけ」
「畏まりました。あと、デビュタントの方は私の方が処理しても構いませんか?」
「ああ、俺が面倒なエスコートやらずに済むならお前の好きなようにしろ」
「仰せのままに」
 
 恋人の元に行くのだろう、ならば供など不要だ。部屋を出ていくバルトに頭を下げ、俯いた顔はニヤリと笑う。
 デビュタントの日はラグノーツ家の方で用があると休みを申請しなければならない。
 もうデビュタントの舞踏会まで2週間もないが、ティアに送るドレスも靴も装飾品も全て数ヶ月前から準備していた。
 こちらでエスコート役もドレスも何もかも準備するとは二ヶ月も前に返信済みなのだ。
 思い人の晴れ舞台と、やっとまともに会うことのできる喜びとで、先ほどの不快なやり取りも早々に記憶の彼方に追いやられた。






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