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嵐の襲来2
しおりを挟む「……いやっ、離して……!貴方となど絶対に嫌です……ッ!!」
「……このッ、おとなしく…ッ、」
「――……バルトさまぁッ!!」
セレスティアが勇気を振り絞り叫ぶ。明確な拒絶を示したのは大人になって初めてだった。
バルトの腕から逃れようと拳で叩き、身を捩った。と同時、異様な雰囲気の玄関ホールの空気を裂くように、突如重い扉を叩きつけ開き、叫ぶ甲高い声が響いた。
門番は彼女を端から止めなかったのか、遠巻きに見守るだけのようで、彼女――ユーリィンは髪を振り乱し、つかつかと煌びやかなドレスの裾を捌いて、セレスティアとその抵抗に瞬間的に沸騰した激昂も引っ込みあんぐりと口を開けたバルトに歩み寄った。
その顔は悋気で醜く歪み美しさを台無しにしていた。
どう見ても、バルトの方が無理やり手篭めにしているセレスティアを、ドンと突き飛ばすようにしてバルトから離す。
流石にバルトもあっけに取られたよう、あれほど離さなかったセレスティアを解放してしまう。
「――きゃっ、……ユーリィン様……」
「ちょっとあなた!!…バルト様になに縋り付いてるの!?見苦しいわね、相手にされないからって!」
「ユーリィン、なぜここに?体調が悪いと伏せっていたのでは?」
突き飛ばされたセレスティアをすかさずレオリオが片腕で抱きとめ、さりげなく背に手を当てて支える。
セレスティアはあからさまにホッとした顔で、安全なレオリオの腕の中からバルトとユーリィンを交互に見る。
「そんな、ユーリィン様……、わたくしはそのようなつもりで……」
「言い訳なんていいのよ!女狐!!……ふんっ、今更泣いてすがってもね、もう遅いんだから!」
ユーリィンは唾棄するよう吐き捨てたあと、急にニヤニヤと真っ赤な唇を笑ませた。悪役令嬢がいるならまさにこんな顔なのだろう。
得意げに勝ち誇った顔で、バルトの腕に絡みしなだれる。
「そうなんです、バルト様ぁ……、体調、悪いと思ったんですけど、悪阻だったみたいでぇ、」
「……は?」
「だから、悪阻、あなたの赤ちゃん出来たみたいで~」
わざとらしく自分の下腹部を撫でるユーリィン。
時折チラと勝ち誇ったようセレスティアに視線を向ける。
「しかし、……お前は避妊していると言っていただろう?」
「まあ!バルト様!避妊なんて絶対じゃ無いんですよ、うっかりできちゃう事くらい、ね?……赤ちゃんのこと伝えたくて、急いできちゃいました」
完全にひいているバルトに構うことなくユーリィンの勢いは止まらない。
いつまでも続けそうな内輪揉めに、まるでこの場をまとめるように、レオリオは執事の辞儀をし、
「ユーリィン様、お久しぶりです。お話を聞かせていただきましたが、もし本当でしたらお体に負担をかけてはいけません。本邸の方へお戻りいただき、跡取り様のためにもお休みいただかなければ」
「まあ、レオリオ!やっぱりあなたは優秀ね?わかってるじゃない。……そうよね、こんな女に見向きもしないのは当然だわ、私のために尽くせるなんて、やっぱり側に…」
「滅相もございません。バルト様の心のためにも、美しいユーリィン様のそばに私はいるべきでは無いです」
「あら、残念ねぇ……、耐えられず私に手を出したりなんてしたらバルト様もお辛いものね、……ま、どんなに迫られても、私はバルト様だけですよ」
「はい、ご尤もです。さあ、馬車もありますから、バルト様と本邸に戻り、領地邸に居らっしゃる公爵様にご報告した方が宜しいかと」
レオリオの目が完全に死んでいるのがセーラにはありありと見て取れるのに、肝心のユーリィンはまったく気がつかない。
「ええそうね!私が跡継ぎを産んでさしあげるんですもの、これでそこの女より私の方がよっぽど価値があると公爵様にも認めていただけるわ!」
望まぬ子供に仏頂面で押し黙っているバルトの腕をユーリィンは逞しくも引っ張り、二人は開きっぱなしだった玄関扉を出て行く。
レオリオは目配せで見送りは門番にまかせると、セーラと二人で片側ずつ可及的速やかに扉を閉めた。
嵐のようだった二人の姿が見えなくなるとやっとホッとしたようにセレスティアは息を吐く。
安堵したのは他の二人もか、緊迫した気配を緩めてセレスティアへと心配を向けてくる。
「セレスティア様、もうしわけありません、すぐに助けることができず…」
「レオリオ様!……違うんです、ほんとうならせっかく貴方が手助けしてくださった指導の成果を見せなくてはならなかったのに……、……わたくしはバルト様に触れられるだけで竦んでしまって……」
まだ青褪めた顔でセレスティアはレオリオの袖を掴む。
こうして支えてくれる腕がなかったらとっくに座り込んでしまっていたはずだ。
これまで、熱心に施してくれていた指導を活かすことができなかった事に気持ちが塞ぐ。
そんなセレスティアにレオリオは背を抱いて階段に促し、
「……まだ指導が不足していただけかもしれませんから。セレスティア様が強引に迫られた時のための返し方をお教えしていれば良かったですね」
「そ、そんな……、強引だなんて……」
先程バルトに迫られた時は血の気がひいたが、いざレオリオに強引に迫られたらと、想像すると頬が熱くなった。
血の気を無くしていたセレスティアの頬が薔薇色を取り戻した事に、レオリオも安堵すると、セレスティアを部屋に送り横になって休むよう調える。
仕事がまだあるからと、部屋を去ったレオリオを見送ると、先ほどの騒動を思い出す。
(ほんとうは良くないのだけど、タイミングよくユーリィン様がきてくださって助かりましたわ。……それにしても、子供が……、今からわたくしが身籠っても、子供が後継争いにさらされるのは、可哀想だわ。そんな事なら、わたくしが大人しく飼い殺されている方がましね。……けれど、そんなわたくしなど、何の意味があるのでしょう、……お飾りの妻としてすら不要となる場合もあるのかしら)
思ったより、ユーリィンがバルトとの子を身籠もった事にはショックを受けなかった。
ユーリィンから随分とひどい言葉を投げつけられたが、それはバルトが夫として許しているからだ。
ならば寵愛のない自分にはどうする事もできない。
これから先も、このような生活が続くのかと憂鬱さはあるが、それより胸に占めるのはホッとした安堵だった。
バルトからどれだけ冷遇されようとも触れられるよりマシだとはっきりとわかってしまった。
子がいるなら自分がするべき責務はもはやない。
それよりも、この邸でこれから先も穏やかにレオリオと過ごしたい。
そのためなら、愛人に全てを譲ってもいい。
なんならバルトがこの邸にくることで、レオリオとの秘め事が暴かれる方が恐ろしいから、もう来てほしくない、放っておいてほしかった。
だが、セレスティアは自分のこの勝手な願いが初恋に溺れた浅ましい気持ちだと自覚していた。ほんとうに愛しているならやはり望むべきではない思いだ、巻き添えのレオリオを破滅へと導くだろう。
堂々巡りの思考に深い溜息を吐いてシーツに包まると声を殺して涙を零す。セレスティアはひとつの覚悟と絶望する気持ちを抱いて、泣き疲れるまま夢へと逃げるよう眠りについた――
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