異世界推し生活のすすめ

八尋

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3章 引き離される二人

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 フィレリアは悶々とした日々を過ごしていた。ゼファルドへの想いは日増しに強くなる一方で、クラウスとの婚約話しも進んでいく。
 


 ある日、彼女は気分転換のためにゼファルドには内緒で訓練所に見学に向かった。

 今日は推しの壁になるつもりで気配を殺し見学していると、見覚えのある数人の騎士訓練生が剣術の練習をしており、その中に指導官としてゼファルドの姿もあった。フィレリアは木陰に隠れるようにして彼らを観察した。

(YATTA!まさかの筋肉祭り!これぞ私の楽園!)

 鎧を脱ぎ、軽装で指導するゼファルドの姿は圧巻だった。鍛え上げられた腕が剣を振るい、俊敏な動きで訓練生の攻撃をかわす。汗で濡れた黒髪が額にはりつき、真剣な表情で訓練に取り組む姿に、フィレリアは見とれてしまった。

(やばい…鼻血出そう…これマジで『結界のヴァルハラ』の第28話のシーンそっくり!いや、それ以上の迫力!リアルってすごい…)

 前世の記憶が蘇る。アニメ版『結界のヴァルハラ』の中で、主人公の騎士ラウルが剣を振るうシーン。しかし目の前の光景は、二次元の映像よりもずっとリアルで生々しい魅力に満ちていた。

 訓練生の訓練の傍ら、他の騎士たちは休憩を取り始めた。フィレリアは彼らの会話が聞こえてくることに気づいた。

「おい、ゼファルド。本当にベルナデット嬢と親しいのか?」

 赤毛の騎士がゼファルドに訊ねた。

「特別親しいわけではない、令嬢に変な噂を立てるなよ。ただ令嬢が騎士団に興味をお持ちで、いくつか質問に答えているだけだ」

 ゼファルドは淡々と答えた。

(え?そうなの?私たちもう相思相愛宣言したじゃん…まさかの私の勘違い?推しのファンサを自分だけのものと勘違いしちゃった?これだからガチ恋勢は、ってこと?!…なんて、まあ、周りには言えないよね…)

「嘘つけ!令嬢があんたに回復薬をくれたって噂、本当だろ?」

「彼女は…優しい方だ。それだけだ」

(まさかのツンデレ?!いや、慎重なだけか…でもそれも素敵…!)

「まあ、どっちにしても夢見るなよ。ベルナデット嬢はヴェスタール家の三男と婚約するって噂だぜ」

 その言葉に、ゼファルドの表情が一瞬こわばった。フィレリアの心も痛んだ。

「もちろん、そんなことは承知している」

 ゼファルドは平静を装ったが、その声にはかすかな苦さが混じっていた。

(ううっ…切ない!禁断の恋愛って感じ…でも私、絶対にモブ顔の平面くんなんかと結婚しないから!ゼファルドしか推してないから!)

「でも羨ましいよな。あんな美人に話しかけられるなんて」

 別の騎士が言った。
「俺たち不細工はいつも蔑まれるばかりなのに」

「諦めろよ。俺たちの仕事は美しい人々を守ることだ。それだけさ」

 赤毛の騎士が諦めたように言った。

 フィレリアは胸が痛んだ。彼らが自分たちを
「不細工」と呼び、諦めの境地にいることが辛かった。

(この世界の価値観、本当におかしい…だってこんなに素敵な筋肉美男子たちが「不細工」扱いとか正気の沙汰じゃない!むしろ私からすれば天国だわ!)

 その時、興奮のあまり地団駄を踏みそうになったフィレリアの足元の小枝が折れる音がした。騎士たちが一斉に振り向く。


「誰だ?」

(あ、バレた…)
 
 フィレリアは身を隠すべきか、出るべきか迷った末、ゆっくりと姿を現した。

「す、すみません…訓練の邪魔にならないように見学するつもりで…」

 騎士たちは驚愕の表情を浮かべた。

「ベルナデット嬢!?」

 彼らは慌てて姿勢を正し、頭を下げた。ゼファルドも驚いた表情で彼女を見つめていた。

「お聞きになっていたのですか…?」

 彼の声には不安が混じっていた。フィレリアは正直に答えた。

「少し…ごめんなさい」

 気まずい沈黙が流れた。フィレリアは勇気を出して言った。

「あの、よろしければ…私も剣術について学びたいのですが」

(何言ってんだ私!?って感じだけど、このままじゃ距離取られて会えなくなりそうだから、絶対に、諦めたくない!…べ、別に筋肉イケメンたちと一緒に汗を流せるチャンスじゃん!見逃せない!っていう邪な気持ちなわけじゃないから…!)

 騎士たちは唖然とした表情を浮かべた。

「剣術を…?」

「はい。基本的なことだけでも」

 ゼファルドが戸惑いながら一歩前に出た。

「フィレリア様、それは…」

「お願いします。私、自分の身を守れるようになりたいんです」

(いや、単に筋肉イケメンたちと触れ合いたいだけなんだけどね!)

 フィレリアの真剣な眼差しに、騎士たちは互いに顔を見合わせた。

「構わないだろう、基本的な護身術なら」
 赤毛の騎士が言った。
「貴族の令嬢でも、身を守る術を知っておくに越したことはない」

 ゼファルドは少し迷った様子だったが、やがて頷いた。

「承知しました。しかし、お怪我をさせるわけにはいきませんので、最も基本的なことだけ…」

(やったー!筋肉イケメンたちとの触れ合い確定!しかも正当な理由付きで!)



 こうして、フィレリアの騎士術の特訓が始まった。もちろん、騎士の訓練とは比べるのも烏滸がましいささやかなトレーニングを限られた時間だけだったが。










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