存サバ！

箱の中.3

「ありがとうございます」
「まず一つ目、この家はたぶんカノウさんの家だとは思いますが、この家から私の必要と思う物資を持っていっても騒がないこととそれを許可してほしいということですが…どうですか？」

「構いません。これからのために必要なものはなんでもお持ちいただいていいです」

「ありがとうございます。では二つ目、そこから解放後、少なくともこの家を出るまでは私の指示にはしっかりと従ってください」

「わかりました」

「OKです。最後の三つ目です。ここからでは姿が見えないので女性なのか男性なのか判別しかねますが、そこから出たら私に指示を従ったのちに、すべての衣服を脱いで感染していないことを見せてください。私はその際に一切あなたに触れることはしませんのでそこは安心していただいてもいいですが、抵抗はあるかと思います。この条件は飲めそうですか？」

正直なところ、この条件が最もお願いしたいことではある。
感染していて、あとから発症して襲われるなんて一番避けたいことだからだ。
カノウさんは、黙ったままだ。

そうだ、もしかしたらバスカヴィル感染のことを知らないのでは…
そう思い、先ほどの質問に対してまずはと付けくわえる。

「今現在ですが、日本…いや世界中がどうなっているかはご存じですか？」

一拍ののち、「はい」と答え、感染症のことですかとカノウさんは尋ねてきた。
俺は知りうる限り、といってもこの状況に気が付いてからそこまで多くを知っているわけではないから、要点だけを簡潔に伝える。
今のところ、近隣には俺以外の人が見当たらないこと。
この感染症が世界中に蔓延していること。
そしてここでカノウさんが入っている段ボールを見つけたこと。

そこまで聞き終えて「そうなんですね」と小さくカノウさんは答え、また黙ってしまった。

それはそうだろう。
今の話にも少なからずショックをうけたはずだし、しかも誰とも知らない人に全身くまなく見せろと言われているのだ。
女性でなくとも男性だって嫌だろう。
そんなことを考えていると、カノウさんから返事がかえってきた。

「サトウさん…でしたよね、あの服を脱ぐことはその…えっと…問題ないのですが、もし私が感染していた場合はどうするのですか？」

カノウさんの問題なしという言葉に安堵したのも一瞬のことで、その次に発した言葉が俺にとっての大問題だった。
うやむやにするつもりはなかったが、それを聞かれるとは思わなかった。
相手は開けてもらえるという目先の安心に飛びついてくるとばかり思っていたからだ。
聞かれたからには答えなければいけないのだが、俺の中で答えは出せていない。

感染していたらその場ですぐに殺す、もしくは手足を拘束したのちどこかの部屋に押し込んで置いていく。
その2択しかない。
が、どうしたものか。
実際に生きた人を殺すなんて勇気もないし覚悟もない。
置いていくなんてことがしたくなかったからこうして条件まで付けて解放してあげようとしている。
どうしたら、どうしたら…時間だけが少しずつ過ぎていく。

「…構いません」

「え？」

意表を突かれた。
俺が悩んだ時間はたぶんそこまでは長くはなかったはずだが、カノウさんは俺の答えを聞く前に自らの答えを俺に発した。

「私が感染しているとサトウさんが判断した時はすぐに私を…」

今身動きの取れない相手にそこまで言わせた自分に腹が立った。
だから俺は、

「殺します」

そう短く、力強く答えた。
そして、カノウさんは「よろしく…お願いします…」と小さな声で答えた。