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赤竜の城塞
見えたるは漆黒 (2)
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「じゃろうなあ、残念じゃよミルドレッド、実に残念じゃ」
「何をおっしゃられているのか」
そう言いながら、ミルドレッドが腰を浮かす。
「そんな状態で、妾が獅子身中の虫を疑わんとでも思ったか! たわけっ!」
スカーレットの怒りが爆発すると同時に、ミルドレッドが右腕をスカーレットめがけて伸ばした。
「ちっ」
ケントがヒップホルスターから四十五口径を抜いて突きつけ、撃鉄を起こすのとほぼ同時に、ミルドレッドの袖に仕込まれていた手のひらほどの水撃銃がスカーレットに向けられる。
「じゃからもう少し軽いのにしておけと、いつも言うておるのに」
ソファーの背もたれに体を預けてケントの顔を見上げながら、のんきな声でスカーレットがボヤいた。
「それで、どうするんだ、これ」
「妾としてはこ奴はこ奴で優秀じゃから、金さえ作ってくれるならそのままでも良い気もするのじゃが。お主はどう思うミルドレッド」
あっけに取られたような顔をして、ミルドレッドがゆっくりと立ち上がる。
「たかが合成麻薬程度、別にお主がきちんと稼いでくれるなら大目に見てやっても良いと思っておるんじゃがのう、ククク」
その笑い声を聞きながら、彼女の背後に立ってはいたが、スカーレットがどんな顔をしているのか、想像がついた。縦に細くなった真紅の瞳と……そう、捕食者そのものの笑顔だ……。
「な、なにを」
その笑顔に狼狽しながら、ミルドレッドがドアへ向かって下がって行く。
「失礼します」
その時、扉の外から雪梅の声がした。
「入るが良い」
何事もないようなスカーレットの声に、ドアが開く。
「え、所長? きゃあっ!」
盆の落ちる音がする。ガシャンと音を立て、最近では見ることも少なくなった陶器の器が砕け散った。
「動くな!、動くなよ?」
雪梅を盾に、ミルドレッドが扉の外へとジリジリと下がってゆく。人質を盾にするなら銃はこっちに向けとけよ……と、ケントは彼女に銃を突きつけているミルドレッドを見ながら、そんなことを考えていた。
「スカーレット?」
「殺すな」
その返事を聞くなり、ケントはミルドレッドのこめかみ少し横を狙って引鉄を引く。
「ひっ!」
雪梅の放つ悲鳴は銃声にかき消され、背後の壁が火花をあげる。
「くそっ!」
ミルドレッドが毒づき、こちらめがけて雪梅を突き飛ばして、扉の向こうへと姿を消した。
「ひ、ひ」
ペタリと床に座り込み、ワナワナと震える彼女にケントは声をかけた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫? 人殺し! 撃ちました、撃ちましたね?」
「当てる気はなかったから、問題ないだろう」
「そ、そういう問題じゃ、きゃあああっ!」
ドンっ!と腹に響く音が鳴り響き、窓の外で爆炎があがった。雪梅が悲鳴をあげ頭を抱えて床に伏せる。窓の外で再度爆発音がしたかと思うと、続いて外壁をたたく金属音がひびいた。
窓の外に目をやれば、リディの乗った装甲リムジンがケントたちのいる建物の上階を、トランクから生えた電磁機関銃《リニアガン》でなぎ払っているのが目に入る。
「お嬢! 大丈夫ですか?」
短機関銃を抱えたタナカ総務部長と、老年の社員二人が応接室に駆け込んできた。
「妾はの。状況は?」
「営業部の三分の二が敵です、三階の運航部の新入社員も何人か裏切り者が」
「うまくやられたの、総務の女子社員は?」
「怪我をしてもこまりますので、非常口から逃しました」
「ふむ、ようやった。しかし、まったく上手くやられたものじゃな」
そう言って呵々と笑いながら、スカーレットがバサリとドレスの裾を跳ね上げ、太もものホルスターから大ぶりの熱線銃《ブラスター》を引き抜く。チラリと見えたレースの利いたガーターとパンツは黒だ。
「見たな?」
「黒だった」
「たわけ」
馬鹿なやり取りにズムン! と腹に響く爆発音が合いの手を入れる。
「我々三人がここは何とか、お嬢は撤退を」
「戦力差は?」
「我々に、お嬢とお連れをいれても三倍ほどかと」
「なら、さっさと逃げるにかぎるの、お主らも気張らずとも良い、さっさと撤退せよ」
そう言ってから、へたりこんでいる雪梅にスカーレットは目を向ける。
「来るか、残るか選ぶが良い」
「へ? あの? ええっと、行きます行きます、ついていきます」
「タナカ、ナカマツ、グエン、大儀じゃがたのむぞ」
先程まで猫背の気の抜けた老社員だったタナカ総務部長たち三人が、不敵な笑みを浮かべて敬礼する。
「タナカ、もう来やがったぞ」
廊下に半身を乗り出して見張っていた老兵が、廊下の敵めがけて掃射、跳弾の音が響き渡った。
「お嬢、おはやく」
タナカの言葉に、小さく頷いてからスカーレットが熱線銃を窓に向けた。
「伏せておれ」
キョトンとた顔をする雪梅に、ケントがかぶさるようにして伏せた瞬間、スカーレットの細腕に握られた熱線銃が火を吹いた。
眼の前を焼き尽くすような熱波があたりを覆い、耐熱ポリマー樹脂でできた窓とチタニウムの外壁をまとめて焼き飛ばして大穴をあける。
「熱くなってるので気をつけるがよい」
こともなげにいって、その穴からスカーレットが飛び降りる。レストランのハンバーグのプレートかよ! 思いながらケントも二メートルほど下のひさしめがけて飛び降りた。
「何をおっしゃられているのか」
そう言いながら、ミルドレッドが腰を浮かす。
「そんな状態で、妾が獅子身中の虫を疑わんとでも思ったか! たわけっ!」
スカーレットの怒りが爆発すると同時に、ミルドレッドが右腕をスカーレットめがけて伸ばした。
「ちっ」
ケントがヒップホルスターから四十五口径を抜いて突きつけ、撃鉄を起こすのとほぼ同時に、ミルドレッドの袖に仕込まれていた手のひらほどの水撃銃がスカーレットに向けられる。
「じゃからもう少し軽いのにしておけと、いつも言うておるのに」
ソファーの背もたれに体を預けてケントの顔を見上げながら、のんきな声でスカーレットがボヤいた。
「それで、どうするんだ、これ」
「妾としてはこ奴はこ奴で優秀じゃから、金さえ作ってくれるならそのままでも良い気もするのじゃが。お主はどう思うミルドレッド」
あっけに取られたような顔をして、ミルドレッドがゆっくりと立ち上がる。
「たかが合成麻薬程度、別にお主がきちんと稼いでくれるなら大目に見てやっても良いと思っておるんじゃがのう、ククク」
その笑い声を聞きながら、彼女の背後に立ってはいたが、スカーレットがどんな顔をしているのか、想像がついた。縦に細くなった真紅の瞳と……そう、捕食者そのものの笑顔だ……。
「な、なにを」
その笑顔に狼狽しながら、ミルドレッドがドアへ向かって下がって行く。
「失礼します」
その時、扉の外から雪梅の声がした。
「入るが良い」
何事もないようなスカーレットの声に、ドアが開く。
「え、所長? きゃあっ!」
盆の落ちる音がする。ガシャンと音を立て、最近では見ることも少なくなった陶器の器が砕け散った。
「動くな!、動くなよ?」
雪梅を盾に、ミルドレッドが扉の外へとジリジリと下がってゆく。人質を盾にするなら銃はこっちに向けとけよ……と、ケントは彼女に銃を突きつけているミルドレッドを見ながら、そんなことを考えていた。
「スカーレット?」
「殺すな」
その返事を聞くなり、ケントはミルドレッドのこめかみ少し横を狙って引鉄を引く。
「ひっ!」
雪梅の放つ悲鳴は銃声にかき消され、背後の壁が火花をあげる。
「くそっ!」
ミルドレッドが毒づき、こちらめがけて雪梅を突き飛ばして、扉の向こうへと姿を消した。
「ひ、ひ」
ペタリと床に座り込み、ワナワナと震える彼女にケントは声をかけた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫? 人殺し! 撃ちました、撃ちましたね?」
「当てる気はなかったから、問題ないだろう」
「そ、そういう問題じゃ、きゃあああっ!」
ドンっ!と腹に響く音が鳴り響き、窓の外で爆炎があがった。雪梅が悲鳴をあげ頭を抱えて床に伏せる。窓の外で再度爆発音がしたかと思うと、続いて外壁をたたく金属音がひびいた。
窓の外に目をやれば、リディの乗った装甲リムジンがケントたちのいる建物の上階を、トランクから生えた電磁機関銃《リニアガン》でなぎ払っているのが目に入る。
「お嬢! 大丈夫ですか?」
短機関銃を抱えたタナカ総務部長と、老年の社員二人が応接室に駆け込んできた。
「妾はの。状況は?」
「営業部の三分の二が敵です、三階の運航部の新入社員も何人か裏切り者が」
「うまくやられたの、総務の女子社員は?」
「怪我をしてもこまりますので、非常口から逃しました」
「ふむ、ようやった。しかし、まったく上手くやられたものじゃな」
そう言って呵々と笑いながら、スカーレットがバサリとドレスの裾を跳ね上げ、太もものホルスターから大ぶりの熱線銃《ブラスター》を引き抜く。チラリと見えたレースの利いたガーターとパンツは黒だ。
「見たな?」
「黒だった」
「たわけ」
馬鹿なやり取りにズムン! と腹に響く爆発音が合いの手を入れる。
「我々三人がここは何とか、お嬢は撤退を」
「戦力差は?」
「我々に、お嬢とお連れをいれても三倍ほどかと」
「なら、さっさと逃げるにかぎるの、お主らも気張らずとも良い、さっさと撤退せよ」
そう言ってから、へたりこんでいる雪梅にスカーレットは目を向ける。
「来るか、残るか選ぶが良い」
「へ? あの? ええっと、行きます行きます、ついていきます」
「タナカ、ナカマツ、グエン、大儀じゃがたのむぞ」
先程まで猫背の気の抜けた老社員だったタナカ総務部長たち三人が、不敵な笑みを浮かべて敬礼する。
「タナカ、もう来やがったぞ」
廊下に半身を乗り出して見張っていた老兵が、廊下の敵めがけて掃射、跳弾の音が響き渡った。
「お嬢、おはやく」
タナカの言葉に、小さく頷いてからスカーレットが熱線銃を窓に向けた。
「伏せておれ」
キョトンとた顔をする雪梅に、ケントがかぶさるようにして伏せた瞬間、スカーレットの細腕に握られた熱線銃が火を吹いた。
眼の前を焼き尽くすような熱波があたりを覆い、耐熱ポリマー樹脂でできた窓とチタニウムの外壁をまとめて焼き飛ばして大穴をあける。
「熱くなってるので気をつけるがよい」
こともなげにいって、その穴からスカーレットが飛び降りる。レストランのハンバーグのプレートかよ! 思いながらケントも二メートルほど下のひさしめがけて飛び降りた。
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