金の林檎亭へようこそ〜なんちゃって錬金術師は今世も仲間と一緒にスローライフを楽しみたい! 〜

大野友哉

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ひとりごと

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 ベルツァから帰ってしばらく、アイオライトの日常は穏やかに過ぎていた。
 式典などの準備で忙しいのかラウルやリチャードはしばらく店には来ていない。勿論リコやカリン、レノワールにも会えていない。
 穏やかだけれど、やはり寂しい。

 ポッポー、ポッポーと、夜の七時を知らせる鳩時計が鳴る。
 
「もうこんな時間か、お勘定お願いするよ」

 厨房の掃除をしていると、今日の最後の客になるであろうアルタジア城下街の商人二人組が、特製サングリアを飲み終え会計のためにアイオライトを呼んだ。

「いつもありがとうございます」
「こっちこそ、遅い時間までいつも悪いね。また来るよ。ご馳走様」

 何を扱っている商人なのかは分からないが、羽振りはいいし、商売が上手くいっているならなによりである。

 カランカランとドアベルを鳴らして二人組が出ていくのと入れ替わりに、ドタドタと地響きの様な音を鳴らしてアーニャが店に入ってきた。

「ちょっと、アオ! あんたなんでレノワール・フルワと知り合いなのよ!」
「いらっしゃい。急にどうしたの。レノワールは知り合いと言うか、友達だけど?」

 初めて店に来たときは、名前を知らなかったので黒髪に赤い瞳の凄いデザインを描く人だという認識しかなかったが、つい最近ロジャーを伴って虹の花束を訪れ、今度は正式にドレスの作成の手伝いを依頼されたと言う。

 名前を聞いたら、今をときめくオーリエ王国の大人気デザイナー、レノワール・フルワと言うではないか。
 まだアルタジアではそこまで知られていなかったが、その世界ではやはりと言うべきか超有名人である。

「アオ、この街から出たことなんてないのに、なんであんな大物と友達って。しかも今度の式典で国に保護される二人もあんたの知り合いでしょ?」
「あー、ちょっと、昔ね」
「しかも、式典と舞踏会に一緒に出席とか、羨ましい!」

 昔、と言うより前世、とは言えない。

「すでにデザインが出来ていて各方面に制作を依頼しているみたい。五着のうち私は今回ドレスの一部分を受け持つんだけれど……。ちょっと自信がなくて」

 店に入ってきた時の勢いが鳴りを潜めてしまった。

「急にしおらしくなって……、ちょっと怖い」
「酷い! あんた、覚えてなさいよ」

 自信がないのか、自信があるのか、かなり気が動転しているようだ。

 しかし、五着と言うことは、リコとカリンが二着ずつ、アイオライトが一着だろうか。
 自分は主役ではないので、ヒラヒラのドレスより式典用のカッコいいデザインのもので舞踏会に出席する方がずっといい。レノワールも気の利いた事をするものだと、一人頷く。

「ごめん、ごめん、それでどうしたの? あまり作ったことがないから自信がないとか?」
「保護されるって言う人の着るドレスの刺繍の一部分を依頼されたんだけどね、すっごく細かくて、でも完成したらきっと素敵なデザインのはずで……、でも私なんかじゃ手に負えないかもしれないっていうかさ……」

 アーニャが担当するのはリコかカリンのドレスの様だ。せっかくなら自分のを担当してもらえたらよかったのにとアイオライトは思った。

「大丈夫だよ。アーニャはいい腕持ってるんだから自信を持って取り掛かればさ」
「でも、天下のレノワール・フルワのデザインした服を手掛けるなんて……、荷が重いと言うか」
「何言ってんの。自分のあの服だってレノワールがデザインした服を作ったでしょう?」
「あれは、レノワール・フルワだと思ってなかったら……」

 さすがのアーニャも、実際に超有名人だと知ってしまうと委縮してしまうのだろうか。

「レノワールは同い年だし、畏まらなくてもいいんじゃない」
「そうかなぁ……」
「そうだよ。それに多分ガンガン突っ込みいれるアーニャの方が、レノワールは好きだと思うよ」

 レノワールは面白いことが好きだし、面白い人も好きだ。アーニャの事はきっと気に入ると思う。

「そうかしら……」
「うん、うん。しかも虹の花束も、これで箔がついちゃうから、大人気になっちゃうね」
「今も大人気よっ! でも、より一層大人気になっちゃう、かしら?」
「なる、なる」

 先ほどまでの自信のない表情から一転、晴れやかな顔に変わった。

「こうしちゃいられない! 私の担当するところが遅れちゃ困るわ。図案は貰っているから帰って少し練習する。ありがとう。アオ!」
「せわしないなぁ。でも元気になってよかった。今度ご飯食べに来てよ。」
「またね!」

 カランカランとドアベルが鳴りながらドアが閉じられ、店の中が先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かになる。

 ようやく先ほどの商人二人組の席を片付け、厨房に入って皿とグラスを洗い、お風呂の湯を入れに浴室に向かう。

 最近は国王と王妃と一緒にバーベキューをしたり、リコとカリン、レノワールと再会してからは初めてコルドやベルツァにも行った。
 生まれてこの方、ほぼイシスから出たことがないアイオライトとしては、この数ヶ月でとても世界が広がったように感じる。

 さらに、ラウルに虹色の魔法のことを話してしまったり、ついに名前の呼び捨てを許されるという出来事もあった。

「推しを呼び捨てとか、ちょっと抵抗あるんだけどな……、本人公認だし、よし。練習、練習。ラウル。ラウルー! かっこいいー! 大好きー!! 言っちゃった。うわ……、照れるな……」

 アイオライトは一人で声に出し、心の声がダダ漏れしてしまい、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。

「呼び捨てだと親近感がめちゃくちゃあるから勘違いしないようにしないと、でも愛情を持って大事に呼ぶぞ。」

 店内に戻って誰も人がいなければ店を閉めて、軽く掃除してからお風呂に入るぞ。そう思いながら厨房に戻ると、ラウルがカウンター席に座っていた。
 店のドアは開けたままだったので客が入ってきていてもおかしくはない。

「こんばんわ、ラウル。こんな時間にどうしたんですか?」

 久しぶりのラウルの来店に、嬉しさが込み上げるが、さっき調子に乗って呼び捨ての練習中に、大好きなどと叫んでいたのが聞こえていないか心配である。
 ちらりと見た感じ、特段変わった様子もないし聞こえていなさそうだ。とアイオライトはほっとした。
 推しだしカッコよくて大好きなのは間違いないのだが、流石にあれが聞こえてたら恥ずかしい。

「こんばんは。この前言ってたシュワシュワの鑑定をしに来たんだ。あらかじめちゃんと約束しておければよかったんだけれど、式典の件で色々忙しくて連絡できなくてごめん」
「そうでしたか。忙しい時は仕方ないですよ。今日はもう閉めようと思っていたので大丈夫です。店内の掃除すぐ終わらせるのでその後でいいですか?」
「うん」

 アイオライトは店の玄関の鍵をかけて、店内をさっくり掃除し始める。

「元気だった? って言っても、元気そうだね。よかった。何か変わったことはあった?」
「そうですね、さっきアーニャが来て、レノワールにドレスの刺繍の一部を頼まれたって店に来ましたよ」
「そっか、レノワール忙しそうにしてるよ。君達三人が着る式典用の服と舞踏会用のドレスの作成依頼を方々に出しつつ、自分でも作ってるみたいだよ」
「リコとカリンちゃんも元気ですか?」
「あの二人はリチャードを困らせてばかりだよ。フィンとロジャーも付いてるし、言うことはちゃんと聞いてくれるんだけどね。さらに最近魔法省にも顔を出し始めてて、兄上も手を焼いているみたい」

 肩をすくめてラウルが笑う。

 掃除が終わって、カウンターのラウルの横にアイオライトも虹色のポーションを持ってきて座る。

「あの二人は自由人ですからね」
「自由すぎて困るけどね」
「今度自分ちゃんと注意しておきますっ!」

 アオに注意されたら、より言う事を聞いてくれるね、と言いながらラウルがアイオライトの頬を優しく撫でた後、ポーションのコルクを抜く。
 
「鑑定、始めようか」

 撫でられた頬が熱いが、今は鑑定だ。
 アイオライトは自分の頬をべちりと叩いて、気合を入れる。

「お願いします」

 ラウルは虹色のポーションをコップに移し替え、鑑定魔法をかけた。

 コップに入っている虹色のポーションがラウルの魔力にくるまれて、ゆっくりと混ざりあう。

「……」

 綺麗だなとアイオライトが鑑定を見ていると、ラウルの顔色が変わった。

「あの、このポーション、あまりよくないものだったんでしょうか……」
「いや、悪くない……これ、エリクサーだ」

 ラウルの鑑定結果は、すべての病を治すと言われる完全万能薬エリクサー。

 王妃がアイオライトの作ったものを食べたのは蜂蜜レモンの飴だったはずだ。そのあと健康ドリンクを飲んだのは、あの目が覚めないと言っていた時、マドレーヌと共に。さらにバーベキューの時にも勧めていたが飲んだかどうかは確認が出来ない。

 しかし探し求めていたエリクサーを、ラウルの母は特に意図しないどこかの場面で口にして、そのまま病が治ったことになる。
 何という幸運なのだろうか。

「エリクサー?」

 前世では賢者の石とかと同じように語られる万能薬であったとアイオライトは記憶している。

「他に虹色の魔法を使ったものはある?」
「梅干しとか紅茶とか、他にも細々したものがあります……。あと、仕上げにたまに体調悪い人のために虹色の魔法を使う事もあります」
「蜂蜜レモンの飴は?」
「えっと、あれは普通に作って、虹色の魔法を使いました」

 厨房から梅干しと紅茶を持ってきて同様に鑑定をするが、こちらは体力回復の効能のみのようだ。

「蜂蜜レモンの飴は全部食べてしまったから現物はないけど、もしかしたら魔法でエリクサーに近い効能を持ったのかもしれない……」

 ラウルは何かを悩むように目を伏せ、考え込んでしまった。
 アイオライトも邪魔しないようにじっとラウルを見つめて次の言葉を待つ。

「昔、アルタジアには錬金術も盛んだったけど、魔法が発達するとともに錬金術は廃れていって、文献にもあまり残ってないんだけれど……。この虹色の魔法は、おそらく奇跡の魔法と呼ばれていた錬金の光の魔法じゃないかと思う」
「えっと……」
「俺も、錬金術と錬金の光を見たことがないけど、でもこのシュワシュワがエリクサーである事は間違いない」

 紅茶が飲みたいから始まった虹色の魔法が、そんな大層なものだったなんて、逆に申し訳ない気持ちになったアイオライトだが、虹色ポーションがエリクサーだとしたら……、

「虹色のポーションの為に、森の奥に隠れなくちゃいけないとか、知らない貴族と結婚なくちゃいけないとか、みんなと会えなくなるとか……」

 前世の転生物の話だと、その力を隠すためにどこかに隠れたり、あとは力が大きすぎるとその国の有力貴族と結婚させられたり、なんて話もあくまで創作物だが多かった気がする。
 その国の王子様なんかと結婚してハッピーエンド的なものもあったが、アイオライトにはそんな結婚してもらえるような王子の知り合いはいない、と目の前のラウルがこの国の本物の王子であることを忘れて思っていた。

「なんで? そんなことしないよ」
「ですよね。分かっていても確認したいというか……」
「ただ、アオの安全のために何かしら対策はしようと思う。あとは国王には報告するよ。俺は不治の病と言われた母上を治せるエリクサーの為に、王命で錬金術師と錬金の光の魔法を使う人物を探していたから」
「え? 王妃様、不治の病って……」

 アイオライトがバーベキューで会った時はすでに元気だったので、不治の病だったとはイメージが全くわかない。

「びっくりするだろう? ベッドから出るのも大変だったのが、バーベキューであんなに食事が出来るほどに回復するなんて奇跡だと思ったよ。アオがくれた奇跡だったわけだけどね」
「奇跡だなんて、大げさです」

 手をひらひらを振っていると、ラウルは、そっとアイオライトの手を取った。
 じっとアイオライトを見つめて、

「アオと出会えたから、母上は病を治すことが出来た。心から感謝を伝えたい。ありがとう」

 甘い笑顔と共にお礼を述べられるが、感謝の気持ちが込められていることが分かっても、ドギマギしてしまうのは致し方ないと思う。

「お礼はいずれ。なにか欲しいものとかある?」

 手を離さないまま、ラウルがアイオライトの顔を覗き込むように聞く。

「えっと、特にないです……」

 お礼が欲しくて虹色のポーションを作っているわけではない。
 元は紅茶が飲みたくて発現した力に対して、大層な名前が付いただけだ。
 虹色の魔法は誰かの健康を願ったり、美味しい食べ物を食べたい、食べて欲しいという願いのもと使ってきたのだから、それに対してお礼などはいらない。

「ラウルとは友達ですし、お礼なんていらないです。」

 ときっぱり告げる。

「ただ、王妃様の病気が治って、イシスにいる必要がなくなったとしても、ラウルとはずっと一緒にいたいです」

 アイオライトは、目的が達成されたらイシスにいる必要もなくなってしまうと思って、これからも今まで通り会えたらいいな、大好きな推しと会えなくなるのはつらい。と思っての言葉だったが、ラウルには違う意味合いに聞こえたようだ。大きな目を見開いてアイオライトを見つめる。

「アオ、それはどういう……」
「どうって、ずっと一緒にいて欲しいなって。友達ですから」

 目の前で屈託なく笑う目の前のアイオライトをさらに見つめる。

「友達として……」

 友達じゃいやだ。
 もっと特別な存在でありたいと。

 ラウルは漠然と心の奥にあったものが、今しっかりとした形になったことをこの瞬間にはっきりと認識した。

「まぁ、その内父上から沙汰があると思うから、念のため考えておいて」
「う~ん。本当にいらないんですけれど。あ! 温泉宿泊一週間無料とか嬉しいかもしれないです」
「きっと父上は温泉旅行、お礼としてくれると思うよ」
「ほんとですか! いや、一週間とか、ちょっとおねだりが過ぎますよね……」
 
 王妃の命を救ったというのに、温泉旅行とかどれだけ無欲なのかと笑ってしまう。

「さて、今日はこれで帰るね」

 ラウルが席を立つ。

「今日は来てくださってありがとうございました。三人によろしくお伝えください。おやすみなさい」

 追いかけるようにアイオライトも席を立つと、ラウルはその頭の上に優しく唇を寄せた。

「?」
「おやすみ、アオ」

 アイオライトは頭に何かが触ったことは分かったが、何をされたのかははっきりわからなかった。

 カランカランとドアベルが音を立て、ラウルが店を出る。
 宿までは一人。

「俺、アオのことが好きだよ」

 自覚して言葉にすれば、より一層その気持ちが強くなる。

 夜遅いこの時間、ラウルの独り言を聞くものは、今日は誰もいない。
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